QED 六歌仙の暗号 (講談社ノベルス)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 457
レビュー : 42
  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061820630

作品紹介・あらすじ

「明邦大学・七福神の呪い」-大学関係者を怯えさせる連続怪死事件は、歴史の闇に隠されていた「呪い」を暴こうとする報いか!?ご存じ、桑原崇が膨大な知識を駆使し、誰も辿り着けなかった「七福神」と「六歌仙」の謎を解き明かす。そして浮かび上がった事件の真相とは?前作「百人一首の呪」に続く驚異のミステリ。

感想・レビュー・書評

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  • 前作もそうであったが、本作も期待にたがわぬ面白さであった。六歌仙・七福神そしてそれらの時代背景に至るまで、ものすごい知識量を背景にきちんとした論理展開がされており、リアルとフィクションとの境目が分からなくなるほどだ。これには脱帽。

  • ハマる歴史ミステリシリーズ。推理ものの本筋より七福神のくだりがゾクゾクするほと面白い。

  • 2018.01.20 start ⇒ 2018.01.23 fin.
    QEDシリーズ読み返し月間第二作目。

    一作目に続いて和歌絡み。

  • 2000.01.01

  • 日本の怨霊信仰を学ぼうシリーズ。平安時代の見方が変わるし、古くから伝わる物のヤバさを感じる…。実に興味深い。



     今度京都に行ったら、清水寺だけでなく鳥辺野にもいってみようかな。怖い。


    _____
    p14 敵は本能にあり
     これは良い。アレルギー反応は体の免疫過剰反応である。花粉症の敵は本能にあり!

    p18 たたる
     崇という主人公の名前、たたるっていう感じっぽいからそのあだ名がついた。私、崇って字はたたりとも読むと思ってた。祟りって「出」だったんだね。
     とはいえ、崇高な字と祟りという字に似せるあたり、昔の人はやるなぁ。

    p32 呪
     呪とは言霊である。曰くがついたことは、なんとなくそんな気がしてくる。幽霊が出る場所と言われると、なんとなく背筋がぞっとするような雰囲気を感じる。人間のプラシーボ効果を利用した物が「呪」である。

    p51 犠牲とは
     キレイな泉を守るためには、美しい川の下流は悪ガキの遊び場にならなくてはならない。もし下流まで全域進入禁止なんてしたら、悪いやつはその奥地まで侵入してくる。それは物珍しさなのか、仕返しなのかはわからないが、正々堂々としないことが実質的には最大の防衛策になる。
     犠牲とはそういう物だ。隠れ蓑なのだ。

    p59 遅効性
     フグ毒とトリカブト毒を同時に服用すると互いに拮抗しあって遅効性が生まれる。その時間差でアリバイ工作がされる。コナン君に出てきそう。

    p79 清水の舞台
     京都清水寺の舞台は死体投棄場だった。
     平安時代に庶民の墓はなかった。知り合いが死んだらその死体を清水の舞台から放り投げた。清水の坂を下ると鳥辺野という今日の葬送の地である。鳥辺野は死体を鳥葬に処す場だからその名を持つらしい。京都で○○野と名のつく場は風葬の場らしい。
     清水の場から放られた魂は浄土に旅立つのである。また、自殺者が自分の命を試すためといういわれもあるが、それこそ、清水寺は死にまつわる場所だったということである。今ではあれだけの観光地なのに、すごいな。
     奈良の長谷寺と鎌倉の長谷寺にも清水と同じ舞台がある。初瀬(はせ)という言葉には「死者の霊が宿る場所」という意味がある。これらの寺には十一面観音や阿弥陀堂や大黒天などが祀られるという共通点がある。
     大黒天!

    p86 宝船の仕事
     「宝船は獏の符」であると言われている。獏は悪夢を食べるといわれる、宝船も悪しき者を船に積んで持ち去ってくれる浄化作用があるものとされた。
     宝船の絵には回文が書かれている。
    「名がき夜の 遠の眠りの みな目覚め 波乗り舟の 音のよきかな」この歌は睡魔を払うための呪であるといわれる。
     元日の初夢もこれに関連している。初夢は新年二日目の夢のことを言う。初日の枕の下に宝船の絵を敷いて寝て、邪を宝船で持ち去ってもらった後に、良い初夢を見る。というのが、新年の祈りを込めた風習だったらしい。

    p93 七という数字
     日本の始まりは「神代七代」である。寺では、七堂伽藍、七重の塔、七面菩薩など。死後の裁判は七日ごとにあり、閻魔様の判決は七七=四十九日に行われる。正月七日に七草粥を食べて解毒する。七夕…、ほかにも日本の古いしきたりには七が多く残る。
     「七」は古くから呪に使われてきたと思われる。「七」は良いことに使われる。それは怨霊を敬い封じるためである。
     和歌の五七五七七の語数も魔封じの意味があるのかも…。

    p99 大黒天は死神
     長谷寺の大黒天は鬼の形相をしている。もとはインドの神様マハーカーラであり、冥界の王である。大黒天は欲界のシヴァ神の化身とも言われている。シヴァ神はヒンドゥー教の破壊の化身である。大黒天はそういうキャラ。

    p101 大国主命
     八十神の末弟で、兄の迫害を受けて二度死ぬ。その後、素戔嗚尊の住む黄泉の国に逃亡した。そこで、素戔嗚尊の娘:須勢理姫を略奪し葦原中国に戻り、八十神を追放し出雲を平定する。そこに高天原から天照大御神から命を受けた建御雷命と布都主命が降臨し、国譲りが起きた。
     ここにも怨霊信仰がいっぱいつまっている。というか、ここが始発点か。

    p103 右に折れる参道
     神奈川県鶴見にある総持寺は曹洞宗の本山である。そしてそこには大黒天がいる。
     そこの参道は不思議な形をしている。右に大きく折れている。昔、怨霊は真っ直ぐにしか進めないという迷信があった。総持寺から怨霊が出ていけないようにこんな形になっているのだろうか…。
     また、総持寺では参拝方法がお焼香になっている。葬儀と同じ参拝方法である。ちなみに総持寺は後醍醐天皇によって官寺として認められ、彼を尊像する御霊殿がある。尊氏によって配流された天皇が祀られているのである。

    p109 弁財天
     弁財天もインドの神:バラスバティーである。インドの大河の化身で、八手に武器を持つ恐ろしい女神であった。彼女はかつて恋仲の君との間を引き裂かれたという恨みを持つ女神で、彼女の側にカップルで近づいてはいけないと言われる。
     恨みを持つ女神…。

    p114 毘沙門天
     サンスクリット語でベイシュラマナという。
     毘沙門天は宇宙創造主の孫であった。彼の弟は嫉妬深いラーヴァナといい、全世界の王に君臨した毘沙門天を妬み、謀略によって兄を王宮から追放した。命辛々ヒマラヤ山脈に逃げ込んだ毘沙門天、まるで大國主命のようでもある。

     そういや毘沙門天は戦いの神で上杉謙信や楠木正成が信仰した。武士に祀られる血なまぐさい神である。そんな彼が宝船に乗っているという意味は…

    p128 恵比寿さん
     もとはイザナギノミコトとイザナミノミコトの最初の子供であった。しかし、イザナミがイザナギに声をかけたのは女にあるまじき行為と天の神の祟りを受ける。最初に生まれた子供が「蛭児」という手足の動かない障害児だった。イザナミはその蛭児を葦船に浮かべて川に捨てた。
     恵比寿は蛭子とも書く。こういった悲劇を持つ神なのである。
     他にも大國主命の子供という説や一寸法師が蛭子説などもある。
     結局、水難に遭う。水死体をえびすさんという地方もある。

    p136 示 しめすへん
     示 という字の象形の意味は、丁という台の上に生贄を供えて、その血が滴っている図である。示 しめすへんは神聖な感じに使われるが、神聖なモノには生贄がささげられる。恐ろしい一面持っているのである。
     むしろ、神と崇められるものは、生贄を必要とする何かであるという事実である。

    p146 ○藤さん
     藤○さん系の人よりも、後に藤がつく○藤さん系の人の方が藤原系列であることが多い。

    p177 六 という数字
     陰陽道で六は陰の数字である。読みを考えると、六=霊であり、六道=髑髏であり、「六字になる」とは「南無阿弥陀仏」という隠語である。つまり死ぬ。
     ちまり、六とは不吉な数字なのである。

     そんな六という数字を冠にもつ六歌仙は呪われた歌人たちなのである。

    p208 僧正遍照
     遍照は桓武天皇の孫である。俗名は良岑 宗貞(よしみねのむねさだ)といい、任明天皇の寵愛を受けて蔵人頭を務める。しかし天皇の崩御とともに出家する。天皇に忠誠をつくしたからという理由だが、実際は同時代人の藤原良房らの政治対決に敗れたからという裏の理由もあるのではないか。
    「みな人の花の衣になりぬなり苔の袂よかわきだにせよ」という歌を詠んだが、これは仁明天皇からあっさりと文徳天皇に鞍替えする政治猛者を非難する歌である。

    p214 小野小町
     史実的系譜は不明だが、様々な謂れのある絶世の美女。
     遍照の宮廷追放と同じ時期に小野小町も宮廷を追放された。天皇の更衣だった小町には更衣田という老後の財産が与えられるはずが、それもなく、見知らぬ土地で行き倒れたといわれる。
     小野小町は仁明天皇と恋仲にあったといわれる。当時の天皇の愛人というのは政治的権力を持つ存在だった。だから藤原良房らにとっては脅威になりうる存在だった。
    「天つ風雲吹き払え久方の月のかくるる道まどはなん」
     という歌を歌ったが、これは月(天皇)にまとわりつく雲(藤原)が失せてほしいという隠喩ともとれる。
     小野小町は雨乞小町と呼ばれるような妖力を持つ女とされていた。そんな女に呪いの和歌を詠まれた藤原一族は身の毛がよだつ思いだったであろう。
     そんな女を宮中には置いておけないと、追放したのだろう。

     史料が無いというのも、政治工作の匂いがして、小野小町のアンタッチャブル感がわかる。

    p215 文屋康秀
     文屋康秀も小野小町と同時期に左遷を食らっている。
     文屋一族は良房一族に辛酸をなめさせられた一族である。

    p218 在原業平
     業平の父:阿保親王は平城天皇の第三皇子だった。つまり桓武の血を引く、遍照と親戚関係にあたる。そして、薬子の変の際に阿保親王は太宰府に左遷された。
     承和の変という藤原良房の陰謀に加担して阿保親王は中央への復帰を図ったが、結局取り上げられることはなく、失意の中で死んでいった。ハンガーストライキの自殺ともいわれる。
     貶められた一族の好き放題プレイボーイを謳歌した在原業平。良房が清和天皇の皇后に据えようとした高子と駆け落ちを図り(失敗し東国に一時落ち延びた)まるで良房の野望をかく乱させるかのような事件も起こしたと言われる。業平橋というものが関東にあるが、それはこの東下りの時の端であろう。

    p231 応天門
     応天門は大伴氏の氏門と言われる。 氏門とは、その氏族が天皇に忠誠を誓う証として天皇に献上する絢爛豪華な門である。「おおとも」の音を変換して応天門という。ちなみに陽明門は山氏、美福門は壬生氏、待賢門は建部氏の氏門である。
     応天門の変で門に放火したとされるのは冤罪をかけられた源信ではなく伴善男であるとされるが、自分の一族の氏門に自演で火を放つとは考えにくい。この応天門の変で大伴氏や紀氏が数多く排斥され、これで有利になったのが藤原良房の一族である。
     良房一族の勢力削減を図ったはずが、逆に陥れられた伴善男…。

     この辛酸をなめた大伴一族の大伴黒主が六歌仙にいる!

    p272 マッカーサーの置き土産
     ブタクサ(キク科:北米原産)現代日本で花粉症を引き起こしている。戦後花粉症が初めて起き始めたのはコイツラのせいらしい。
     進駐軍が持ち込んだからという説もあり、此の諱がある。

    p293 きせん
     喜撰法師の「きせん」は「貴船」であり「黄泉」であり、「紀仙」だったのではないか。
     あと、今回の事件の犯人の木村さんは紀邑(きむら)という紀氏の流れをくむ一族だったのではないか。
     ミステリーの臭いがすごいね。

    p311 七福神まとめ
    「大黒天」大きな黒、地獄の王であり、大國主命と神仏習合される。
    「弁財天」元は龍神である、嫉妬深いの女神。
    「毘沙門天」万能の神だったが弟に追放される。ヒマラヤに逃げ込み新たな神となり四天王のひとりとなった。
    「福禄寿=寿老人」同体でともに禍々しい凶星である。人命を司る、陰陽道の神である泰山府君である。
    「恵比寿」イザナミに捨てられた蛭子。水死体の象徴
    「布袋」契此(かいし)という弥勒の生まれ変わりという僧がモデルになっている。大きな袋持ってるおっさん

    p313 六歌仙まとめ
     六歌仙は大伴、紀、小野、文屋、在原と藤原良房に恨みを持つ者で構成されている。
     六歌仙は怨霊慰撫の意味が込められているのか!?
     また、紀貫之が編纂した「古今集」。醍醐天皇の勅撰和歌集だが、メインプロデューサーは惟喬親王(良房の政略で天皇になれなかった皇子)の息子:兼覧王(かねみおう)であるとされる。彼は古今集で六歌仙の鎮魂と藤原一族への呪と編んだのである。という説。


    p319 藤原元方
     村上天皇の外戚になったが、藤原師輔(道長の祖父)の娘の産んだ憲平親王が冷泉天皇として、皇位を横取りしてしまった。師輔との政争に敗れ失意のうちに死に怨霊化したとされた。
     のちに冷泉天皇の家系の者が次々病死する。
     
     このように兄弟で皇位を争い、弟が兄を差し置いて即位した際には怨霊が生まれやすいという例が多い。
     六歌仙の怨霊慰撫も妥当なのである。

    p326 七福神=六歌仙
     六歌仙+惟喬親王の七人が七福神に当てられる。という説。

    p328 なぜ七福神に女が一人いるのか
     弁財天=小野小町という等式。
    (p331、弁財天は芸能の神でもある。小野小町は七小町といわれる能や謡曲の作品ができている。)

    p329 大黒主
     大伴黒主=大黒天(大國主命の化身。)

    p332 小町踊り
     江戸時代に京都で怨霊慰撫のために少女たちが着飾って踊られた七夕踊りである。盆踊りはこれと念仏踊りが融合してできたといわれる。

    p335 弟に追放されし者
     惟喬親王=毘沙門天の等式。どちらも弟に王位を追放されている。
     毘沙門天が四天王から一人だけ選ばれたのはこの境遇を持っていたからか。

    p336 蝦夷(田舎)に関係する者
     文屋康秀=恵比寿の等式。文屋康秀は三河掾に左遷された。当時の東国(蝦夷:えみし)に飛ばされた。
     「えみし」と「えびす」ということか。
     文屋康秀はその人というよりも、文屋宮田麻呂という藤原良房に財産没収・伊豆流罪の目に合わされた、怨霊になりえそうな先祖を持つ男だから六歌仙に選ばれた可能性が高い。

    p341 呪老人
     在原業平=寿老人という等式。
     在原業平は藤原家に対して呪いの歌をたくさん作った。藤原基経(高子の兄で、業平と高子の駆け落ちを咎めた男)の40歳の賀に贈った歌
    「桜花散り交ひ曇れ老いらくの来むというなる路まがふがに」これの句の頭を抜き出して並べると「桜散老来路」になる。基経の40歳は花も散り老いがやってきたのだと暗示する呪がこもっている。
     また、藤原良近という人物の饗宴に坐して藤の花を見て詠んだ歌
    「咲く花の下に隠るる人おほみありしにまさる藤のかけかも」これの句の頭を並べると「藤あり人下咲」となる。藤原氏が人の上に立っているという天皇を操る藤原氏をディスる歌になる。
     和歌が巧すぎて、呪いにも使えるようになってる。

    p347 泰山府君は桓武天皇が祀る神様
     在原業平は桓武の曾孫である。また、僧正遍照は桓武の孫になる。
     寿老人と福禄寿が同体なのは、ともに泰山府君に関する二人を表している。

    p349 和歌は気安く読めるものではなかった
     平安時代、和歌は呪でもあった。だから奥が深い。
     解釈次第で良くも悪くもなり、それ次第で罪を着せられることもある。恐ろしい。

    p357 紀氏は復活する
     喜撰法師=布袋(弥勒)という等式。
     喜撰法師だけは怨霊ではない。布袋は弥勒の化身であり、弥勒は56億7000万年後に復活するという神様である。つまり、弥勒と紀氏を等しく扱い、紀氏の復活を呪に込めたのである。

    p363 喜撰法師の歌
     喜撰法師の歌「我が庵は都の辰巳しかぞ住む世をうぢやまと人はいふなり」これの区切りを変えてみる。

    「我が庵は 都の辰 み鹿ぞ住む 世をうぢやまと 人はいふなり」

     平安時代の平安京は現在の京都御所を基準に考えると、南南西にズレテ存在していた。その位置から見ると、宇治山は辰の方向にある。
     そうすると喜撰法師の歌は「み」が浮く。これをつぎの「鹿」にくっつけると、「み鹿」=「みろく」と読める。すごくすごい。

    p364 黄檗山万福寺
     京都宇治市五か庄にあるお寺。徳川家綱が創建させた。日本でも有数の「布袋像」がある。
     宇治山!布袋像(弥勒)!

    p365 現代と古来の参拝の違い
     現代は寺社に参拝するのは気軽なものである。しかし、古くは交通機関もなく、体を張って寺社までたどり着き、祈りをささげるものだった。
     よく考えりゃあ、昔の病は怨霊の仕業といわれ、気の滅入りで起るものだった。気落ちして運動不足になって体力が落ち、都会の悪い空気の中にいればそれは悪化する。
     健康祈願のための参拝は、実質トレーニングである。参拝によって体力が強化されて健康になる。また、きれいな空気の中で療養すればげんきになる。
     じつに合理的である。

    p367 七福神の呪
     六歌仙=七福神であり、藤原良房に恨みを持つもので構成された怨霊慰撫のための信仰である。
     しかし、喜撰法師だけは布袋さんが当てられており、怨霊になっていない。これは、他の大伴氏や小野氏とは違い、紀氏だけは復活してほしいという独善的な祈りが込められているのである。

     独りよがりな願掛けは、他氏に洩れてはいけない。だから紀氏の木村さん(紀邑)はその事実を隠すために自家製毒で口封じをしてきた。それが今回の殺人事件である。という、おまけの殺人事件の真相でした。

    _____

     この巻は非常に面白かった。前回の百人一首は微妙だったけど、これはすごく納得がいった。
     百人一首が賞を取ったみたいだけれど、こっちのがずっと良い。
     今回は殺人事件がそれほどおまけになっていないのもGoodでした。

     日本史と古典の知識が無いと難しくなるかな?そんなことないと思うけど。逆にこれをきっかけに日本市や古典に興味でそうだなと思う。

     とりあえず、藤原良房がいっとーすごいことが伝わってくる。

     ぼくもこんなふうなのろいのうたをつくってみたくなりました。(小並感)

  • 図書館にて借りる。全ての謎がババババっと解き明かされていくところにおお~っとなる。すごくすっきりするわ~。

  • またしても仕事を押しつけられたが、向こうでまた会う予定。
    そこに論文のために彼に話を聞きたい、という学生も参加して
    今回は3人かと思いきや…前回でてきた、体の大きな人も。

    六歌仙、と副題についているのに、出てくるのは七福神。
    一体これとどこの関係が? と思ったら、最後にやっと繋がりました。
    今回は前回と違って、かなり話が興味深かったです。
    清水寺は神様への奉納のための場所だとばかり思っていたのに
    そんな使い方だったとは…。
    江戸時代、願いを叶えるために、というのは聞いた事がありましたが
    『願いを届ける』という点ではあってるのかも知れません。

    そして小野小町。
    夫がいなかったための最後かと思ったら、俸禄みたいなものが
    きちんと出ていたのですね…。
    それすら貰えなかったとは、昔がどれほど感情的な世界かが
    よく分かる仕打ちです。

    事件そのものよりも、そちらの方がやはり記憶に濃いです。
    結局どういう成分だったのか、どういうものだったのか。
    そこが気にまりますが。

  • 今回は”六歌仙”に関する謎という題名ではありますが、最初は七福神についての話がメイン。最後に全てを繋げてくるあたりは脱帽です。殺人の方の謎については動機がいまいちピンときませんが、それは仕方ない気も。しかし久しぶりに読み返したら、まだあまり携帯が普及してない時代だったんだなーと。まあ、タタルは普及してようが持たない気もしますが。

  • 七福神の証明面白かったです。
    でも読み終えたら、せっかくの細部が
    曖昧になったので、もう一回読まなくちゃ。

  • 本作は、QEDシリーズの二作目。

    本作もまた、前作同様に
    推理小説の形をとる歴史ミステリーである。

    今回は、前作よりも推理小説と歴史ミステリーの融合が
    うまくいっているように感じた。

    とは言え、評価は前作基準。
    トリックもこじ付けに近く、稚拙で、
    やはり推理小説としては、物足りなさを感じてしまう。


    特に、ふいに湧いて出てくる
    荒唐無稽のアイテムによってすべてを解決するのは、
    推理小説として致命的なのではないかと思っている。。。



    ただ、やはり歴史ミステリーとしては、面白い。


    今回、扱っているのは、
    知る人が知る程度の知名度だと思われる"六歌仙"と、
    誰もが目にしたことがある"七福神"の謎。


    本作冒頭に挿入されている
    「古今和歌集」の選者 紀貫之が書いた
    「古今和歌集」の序文「仮名序」。

    この「仮名序」には、"六歌仙"と後に称されるようになった
    6人の歌人が列挙され、貫之による評価が記載されているのだが、
    その評価がひどい。

    曰く、その他の歌人よりも6人はマシ(超意訳)



    では、なぜ、
    紀貫之は、この6人をあえて序文で列挙したのか。



    また、"七福神"は、なぜ"7"で、
    なぜ、あの7神の神が選ばれたのか。




    本作を読み進めるにつれ明らかになる
    "六歌仙"の生い立ちと、"七福神"の成り立ちを繋ぐ糸に
    いつの間にか引き込まれ、

    最後にはきっと、
    へー!!という驚きと共に、、
    なるほど!!と感心してしまうのではないだろうか。




    本作では、前作とは違い、和歌自体を扱ってはいないため、
    前作で和歌に苦手意識を感じた方も、
    すんなり入っていける内容になっている。

    また、前作もそうだったのだが、
    本作でも、"神"や"仏教"や"密教"などの宗教が深く関わってきている。
    それらに興味がある方にも、本作は面白いのではないかと思う。

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著者プロフィール

昭和33年東京都生まれ。明治薬科大学卒業。『QED 百人一首の呪』で、第9回メフィスト賞を受賞しデビュー。

「2018年 『千葉千波の怪奇日記 化けて出る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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