暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 1298
レビュー : 172
  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061822061

作品紹介・あらすじ

模倣犯/運命の少女/そして待ち受ける圧倒的救済…。奈津川家きっての価値なし男にして三文ミステリ作家、奈津川三郎がまっしぐらにダイブする新たな地獄。

感想・レビュー・書評

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  • ハチャメチャ!やってくれたな三郎というきもち 破綻しまくっている物語に途中何度か挫折しそうになったけれど、読み終わるとこの物語にものすごい愛着がわいてきた 前作に続き、(前作以上に?)バイオレンスでひとがぽろぽろ死んで血みどろで、脳内麻薬がどばどば〜だった

  • この疾走感はたまらない!他の作者の本を読むには、舞城作品を読んだ後、1日何も読まないようにして、身体を慣れさせないといけない。

  • 『煙か土か食い物』の続編。
    絶対に順番に読むべき。じゃないとほぼ理解不能。
    というか、読んでても理解不能。
    それでも心を強く惹きつける、不思議な魅力がある。

  • 破綻して破綻して破綻して肯定する。本当を書け本当を書け本当を書けと言って「だから俺は嘘を書く」。
    救いがないことが救い、という小説だと私は思っているが、人によってはこの結末は本を投げたくなるかもしれない。そういう本である。
    舞城さんは物語=虚構という問題の闇を、もうこの段階で書いてたんだな……。

    ↓↓↓ 以下、ネタバレ ↓↓↓

    この本の主人公・三郎は自分の価値を稼ごうとするが、結局のところそれはあり得ない形での「肯定」によって、全て台無しになる。あるいは、全てが成就されてしまう。
    それは絶望でありながら救いで、同時にどん底の孤独だ。自分の主観が全てを決定し、そこに他者の価値観はない。だから自分以外の意思は存在しないし、ゆえに否定も存在しない。
    「俺は生きていると思うので生きているのだ。愛していると思うので愛しているのと同じように」。
    舞城作品の主観的・感情的な作品世界の闇がここにあり、舞城さんはこの作品でそれを非常に自覚的に書いたのだと私は思う。三郎は孤独のまま、自分はハッピーだという。しかしそれは嘘なのだ。しかしそれは、嘘による彼のリアルなのだ。そんなわけない、という形の現実。それを三郎は生きているのだ。

    「それらの物語に含まれていた真実とはつまりコミットすることとデタッチすることの同時性についての問題に関する何かだっただろう。誰かと一緒にいながら本当の意味では一緒にはいないということ。他人との隔たりと密着が同時に起こるということ。」

    他者は存在するが、同時に存在しない。しかし、存在しないからこそ、存在する。
    それは三郎が自身を肯定「してしまう」ことによって他者から切り離されるパラドックスそのものである。主観を肯定し他者を必要としなくなった時点で、逆に彼は世界から否定されてしまうのである。

    「ある特定の物事は、際限なくどんどん悪くなるんや。そういうのには、最悪の状況とか果てとか底とかはないんや。どんどんどんどん悪くなって、さらに悪くなり続けるんや」

    自分を肯定するための世界を、それでも必要とするか否か。虚構を生きるというテーマは、村上春樹作品に通ずるものがあると思う。

  • 長門有希の100冊より、舞城王太郎。デビュー作「煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices」(未読)の続編。最近、まわりには舞城王太郎のファンだと言う人がいて、一度は読んでみたいと思っていたのだが、しかし、その独自の文体にはどうにも馴染めず、もう読まないと思う。

    物語自体は、謎の少女マリオとの邂逅、謎の連続殺人事件の解決、二郎らしき人物との対決の 3部構成。しかし、相互の関連は薄く、全体的に筆の赴くままに書き散らしたといった印象で、小説としての完成度はかなり低い。まあ、個人的にはこういう若気の至ったオナニー小説は嫌いじゃないし、あの文体にしては十分に読みごたえがあるし、好きだという人がいるのは理解できる。

  •  物語としては破綻しているのだけれど、作者がその後も繰り返し取り組んでいくテーマがほとんど全て示されてもいいと思う。家族、子供、愛、運命、考えること行動すること、精神病、暴力、それぞれが提示されたまま投棄される様は、清涼院流水のジョーカーを彷彿とさせる。一つ一つのエピソードの破天荒さと面白さは本作の方が圧倒的に上ではあるけれど。虚構然としていることが却って現実味を帯びるという著者の言葉は、まったくその通りに作用していて、三郎はスーパーヒーローにはなれず、ユリオにも相手にされず、カエデは三郎がぼうっとしているから何度も妊娠して中絶して、本当に日常的に繰り返されていく救いのない現実がありありと描かれていくのは、読んでいてとてもつらい気持ちになる。狂ったような殺人者たちも社会の一員で、笑ってしまうようなトリックを次々に開陳してくれるのだけが唯一の救いなのだ。悪いことが起これば、どんどん悪くなっていくというのは本当にそうなのだなと思う。

  • 暗い主人公。

  • 途中で読むのをやめた。
    「本当のことは嘘でしか語れないこともある」?
    語った嘘が他人に伝わるかどうかは、全く別の話。
    語ったつもりなのかもしれないが、伝わらない。

  • 舞城王太郎はやはりこのシリーズが一番だと思います。特にこの話が良いです。

  • 圧倒的救済はどこからもたらされるのか。偽物の言葉にそれは宿らないのか。「大丈夫大丈夫」とささやき続けた三郎はこれじゃいかん、と自分の身を動かすことで圧倒的救済を求める。というか、そういう風に四郎に言われる。偽物の言葉じゃ駄目なのに、でも「ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ」嘘をつき続けるしか、ユリオは救えなかったのか。もっと大きく考えると、これらは全て虚構だったのか。行き場をなくしたユリオへの二次創作的救済なのか。ならばそれは“圧倒的”なのか。全てに疑問がつきまとう。なぜ、最初からフィクションとわかっている小説作品に、(主人公にとっての)現実と虚構が持ち込まれるのか。それらの区別に対してなぜ僕が興味を持ってしまうのか。当たっているかわからないが、この二つに関しては答えを持っている。三郎の抱える問題は可哀想に一生つきまとう問題なのだ。この世ならざる問題を生み出すときに、きっと一生ついて回るのだ。可哀想と思うと同時に、早くそのステージにたどり着きたいものです。

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著者プロフィール

1973年、福井県生まれ。2001年『煙か土か食い物』で第19回メフィスト賞を受賞しデビュー。03年『阿修羅ガール』で第16回三島由紀夫賞を受賞。『熊の場所』『九十九十九』『好き好き大好き超愛してる。』『ディスコ探偵水曜日』『短篇五芒星』『キミトピア』『淵の王』『深夜百太郎』『私はあなたの瞳の林檎』など著書多数。12年には『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦著)の25周年に際して『JORGE JOESTAR』を刊行。近年は小説に留まらず、『バイオーグ・トリニティ』(漫画・大暮維人)の原作、『月夜のグルメ』(漫画・奥西チエ)の原案、トム・ジョーンズ『コールド・スナップ』の翻訳ほか、短編映画『BREAK』や長編アニメ『龍の歯医者』の脚本、短編アニメ『ハンマーヘッド』の原案、脚本、監督などをつとめている。

「2018年 『されど私の可愛い檸檬』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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