クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識 (講談社ノベルス)

著者 :
制作 : take 
  • 講談社
3.70
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本棚登録 : 5188
レビュー : 513
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061822504

感想・レビュー・書評

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  • やっぱりこの文体には慣れないなあと思いつつ読み始めたが、あっという間に読みきってしまった。なんとも言えぬ読後感。いーちゃんの内面を考えながらもう一度読みたくなった。

  • この本は割と何度も読んでたから、意外と内容覚えてた。
    とはいえ、言い回しとか、今まで気付かなかったこともいくつかあったかなあ。
    おもしろかった。

  • 前作クビキリサイクルと比べると伏線の仕掛けも回収もより洗練された印象です。ただ読後感の悪さもなかなか。例えるなら~囲われた世界とかの不快感に近いかなー。とても面白く読めた半面、心理的な不気味さが後に残るような一作でした。

  • ミステリーだと思って読んだらすげぇつまんない。とんだお門違いってやつ。

    ラノベだし、キャラで成り立ってると思うから、純粋なミステリー好きは読んじゃだめだよね。
    お話としてはたのしい。シリーズでは一番好き。

    人識くんのためのクビシメロマンチスト。

  • 世界から超越論的とも呼ぶべき距離によって隔絶してしまっているかのような無の一点から無限に吐き流される反語、以て自己を世界を、無際限に否定し打ち消し階層化していく、虚無という縁の無い穴に放り込んでいく、殆どニヒリストと云っていいアイロニスト。かたや、世界と自己との間に一切の間隙が無いかのような、まるで世界とその内包がぴったりと一致してしまっているかのような、無意味な世界が差し出す安いハリボテ同然の物語への陶酔・忘我・合一を希求し無邪気にその可能性を疑わないでいられる、ロマンチスト。

    前者には、後者の無邪気さは『甘え』であった。しかし前者にも後者と同根の『甘え』があった。

    ロマン主義とは、ロマン主義的アイロニーを通じることで、ニヒル・アイロニズムの"起源"ではないか。それは決して経時的な意味でも因果的な意味でもなく、精神の機制の変容という意味での。ロマン主義は自己を断片化する世界の即物性に対して、自己の絶対的な全体性を希求する。世界が自己に強要する即物的規定に捕捉されまいと自己否定し続けるロマン主義的アイロニー。その無際限の自己否定の運動の果てに、ついにはロマン主義的な美への無邪気な肯定性は摩滅し、ニヒル・アイロニズムだけが自己と世界への否定運動だけが残された。

    前者は後者に自らの"起源"の影を視たのではないか。もはや自分が生きることのできない生の機制を生きているロマンチストに。そこにはロマンチストの無邪気さへの屈折したルサンチマンがあったのではないか。羨ましかったのではないか、もはや羨ましいとすら思えなくなってしまった自分と比したロマンチストの無邪気さが。あの断罪は羨望の裏返しでしかなかった。だとするならば、甘えていたのはニヒル・アイロニストのほうだ。そのことに彼は自覚的であるし現にそう述べているが、そのことは何の免罪符にもならない。『甘えるな』と自責しながら彼は女に甘え続けるだろう。ニヒル・アイロニストのポーズを取りながら。

    ニヒル・アイロニズムとは異なる反語、トーマス・マンやチェーホフ的な「それでもなお」の反語、不可避的に絶対的な絶望に終わらざるを得ない世界の即物性との闘争にそれでもなお赴かずにはおれない者が呟く或いは大声で笑いながら叫ぶ反語。

    無邪気であることが不可能であるという諦念の上での、反語。

  • いっくんの怖い部分が出てきた回って感じでした。
    巫女子ちゃんも純粋ないい子でいかにもキャラクターって感じかと思ってたら、女の子なりのずるい部分が出てて、現実っぽさも感じられました。

    西尾維新さんの作品は、現実にないだろーって設定で、ぶっとんでる感じがするけど、ところどころで精神的にぐっと突かれる部分があるから、読んでいて共感できる部分があっておもしろいです。

  • 当時読んだときは面白かったんだけど、
    今となっては「なんだかなあ~」な感じ(´・ω・`)

    シリーズの中ではこれが一番好きだった。
    この頃はまだ一応推理物だったんだがなあ。

  • 貴宮の殺人に対する認識の薄さに疑問を感じた.

    貴宮の殺害動機はとても理解できる.
    親友のためであれば,誰を殺そうとためらうことはない.
    いーくんは戯れ言によって巫女子を追いつめ,殺した.
    貴宮の親友である巫女子を殺した.
    だから,いーくんを殺す.

    失った親友に対する復讐.
    それは,貴宮にとって確固たる意思だったのではなかったのか.
    殺人犯の戯れ言,サディスティック的見せしめごときに
    掻き乱され,見失う程度の動機だったのか.

    いーくんの戯れ言は,殺人鬼や殺人犯の心を動かすまでの
    強大な力を持っているという安い設定をしてしまえば,話は
    簡単に済んでしまう.しかし,もしその設定がなければ,
    実は,貴宮の殺人衝動は真に心の底から沸き上がったものでは
    ないことになる.

    それが貴宮むいみの人為なのだろうか.
    私は納得できない.

    • 寝虚さん
      初めまして、レビュー見回っていて少し気になったのでさしでがましいですがコメントさせていただきます。

      レビューでは具体的にどこら辺に得心がい...
      初めまして、レビュー見回っていて少し気になったのでさしでがましいですがコメントさせていただきます。

      レビューでは具体的にどこら辺に得心がいかないのか分からないですが、私的な見解では、
      戯言遣いは、むいみちゃんがしている殺人は『巫女子ちゃんの為の復讐ではなく、巫女子ちゃんを理由に使った自分の為だけの憂さ晴らし』で、

      法廷で殺人犯が『被害者なんぞ知ったこっちゃないけど自分が死にたいから死刑にしてくれ』というのに似て、戯言遣いは殺しても痛め付けても反省も後悔も感じない、むしろ死は望むところだ。と、『その方法では復讐にはならない』ことを見せ、

      『ぼくを殺しても一時的にうさが晴れるだけ』で、根本的にその後に何が残るかって『何も残らないし変わらないよ。』

      と、理論の上ではコトの始まりの大義名分、動機(過去)、なぶり殺す事で戯言遣いが巫女子ちゃんを傷つけたことを後悔してくれるという憶測(現在)、戯言遣いを殺した後の充足感(未来)を全否定され、

      結局むいみちゃんは巫女子ちゃんの為ではなく、自分の為の殺人ができず、正気を保つ拠り所にしていた巫女子ちゃんへの想いも動機ごと否定され、戯言遣いに示された未来に耐えきれず崩れたのではないかと感じました。

      文を見ると、確かに折れるには若干弱い気もしますが、少しでも得心がいく部分があれば幸いです。
      2012/05/05
    • mysteriumさん
      寝虚さん

      初めまして!
      こんなしょうもないレビューにコメントありがとうございました!笑

      どこら辺に得心いかないのか分からないとのことです...
      寝虚さん

      初めまして!
      こんなしょうもないレビューにコメントありがとうございました!笑

      どこら辺に得心いかないのか分からないとのことですが、
      寝虚さんは十分にわかってらっしゃいます。
      私が納得いかなかったのはただ一つ。殺意に溢れていた貴宮むいみが、
      どうしていーくんを前に戦意喪失してしまったのか。その理由です。
      大分前に読んだ上に、友達に返してしまってもう読み返せないため、
      おぼろげな記憶を頼りに書いてみます。間違ってたらすみません。

      とは言うものの、寝虚さんの主張はとても筋が通っていると思います。

      『ぼくを殺しても一時的にうさが晴れるだけ』で、根本的にその後に何が残るかって『何も残らないし変わらないよ。』

      このセリフは聞き覚えがありますし、このセリフを境に貴宮むいみの態度が
      変化したような気もします。全否定されてしまっては思い留まる気持ちも
      わからなくはありません。

      まず、むいみの殺人動機および意識はあくまで巫女子のためであって、
      むいみの私情から湧き出たものではないと記憶しています。
      誰かを殺す前には「○○を殺したい」と殺人の欲望を抱いたのは間違いなく、それはむいみの私情に他ならないかもしれません。しかし、どのケースに
      おいても根底には巫女子の存在があり、裏を返せば彼女がいなければ
      いかなる殺人も起こらなかったと考えられます。

      巫女子のためであれば、誰であろうと容赦なく殺す。
      巫女子を溺愛していたからこそ、むいみの想いは測り知れません。
      その中、最後にむいみはいーくんと対立します。
      『何も残らないし変わらないよ。』は至極最もな意見ですし、
      普通の人ならば「確かにそうだ。私は間違っていた。」と思い直す可能性は
      十分にあります。しかし、繰り返しますが、むいみは巫女子を溺愛して
      いました。少なくとも、いーくんを殺すことで自分の中での巫女子の
      弔い合戦に終止符を打て、果てしない充実感がそこには残ったはずです。
      巫女子のために尽くせたわけなので、一切後悔や虚無感が残ることは
      ありません。むいみは「狂人」なのですから。

      したがって、そんなむいみがいーくんの戯言ごときの前にひれ伏すとは
      到底考えられませんでした。「狂人」のむいみは、あくまでも自分の信念の元に動く。

      「何も残らないし変わらないよ。」
      「そんなことはない!お前を殺して巫女子の復讐を果たす。
       自分の使命を果たす。あたしが望むのはそれだけだ!」

      そして、いーくん殺害。
      これが本来想定されうる流れだと思います。

      もし寝虚さんの主張が正しくて、むいみの動機が巫女子の復讐と
      見せかけた私情によるものだと作中で公言されていたとしたら、
      私の考えは全て間違っていることになります。
      寝虚さんの記憶の方が信頼性あると思うので、
      私の読み間違い、あるいは読み飛ばしの可能性が高いと思います。

      果たして真相はいかに。もう一度読みたくなってしまいました笑
      長くなりましたが、改めてコメントありがとうございました!
      またお気軽にコメントしていただければと思います。
      2012/05/17
  •  再読。
     以前はわくわくして読んだものだけれど、再読してみれば、真実が分かるせいか非常に冗長でまどろっこしい。んー。シリーズ全体構成を考えると、シリーズキャラクターの顔見せの部分も大きいのかな? なんだろ。
     ヒロインが可愛かった。アオイイミココってどんな罰ゲームな名前だよってきもするけどね(笑)

  • 前作はいまいち・・・と思ったけど、これは面白かった。
    主人公の壊れっぷりも、前は「げー」と思ったけど、慣れたと言うか、面白く感じました。

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著者プロフィール

西尾 維新(にしお いしん)
1981年生まれの小説家、漫画原作者。立命館大学政策科学部中退。
2002年に『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で、第23回メフィスト賞を受賞しデビュー。
主な代表作に、『クビキリサイクル』をはじめとした戯言シリーズ、『化物語』をはじめとした物語シリーズ、『刀語』などがある。

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