ぼくのメジャースプーン (講談社ノベルス)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 1911
レビュー : 374
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061824782

感想・レビュー・書評

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  • ふみちゃんもぼくもなんて大人な小学生なのでしょう。
    私よりもずっと大人。
    秋山先生、市川雄太になんて言ったのでしょう?

  • 「凍りのくじら」と本作の読む順序を間違えてしまったが問題なかった。
    「凍りの〜」が、私には面白くなかったので、本作も期待せずに読み始めたが、こちらは良かった。
    不思議な力という点では「ツナグ」的な感じ。
    心理学なのか禅問答なのか、私にはよくわからない「条件」と「罰」のやりとりや取り決めが難しかった。
    「凍りの〜」で頻出し過ぎで気になって気になって仕方なかった「苦笑」という単語、本作でもやはり「苦笑」「苦笑い」が結構出てきた。
    辻村氏、よほどお好きな言い回しなのだろうか。

    なるほど、「子どもたちは夜と遊ぶ」を読んでから読むと面白い。

    切なく、深い話。

  • 2013年12月17日読了。
    『子どもたちは~』の最大の謎がここで明かされることになろうとは。

  • ふみちゃんや「ぼく」が人間的にできすぎていて、普段些細なことでイライラして思いやりに欠ける自分が情けなくなりました…。秋先生と「ぼく」の対話が、毎回深くて静かで心地よかったです。超常的な力や先の展開が気になるなど物語としての面白さはもちろん、復讐や誰かを想うことなどについて、少し考えさせられました。ラストの場面ではこっちまで緊張で心臓が早鐘を打っていました。痛みと優しさでじんわりしみました。

  • 辻村さんの本をいくつか読んだ。

    毎回思うことは、「きっともっと深い場所に思いや考えがあるんだろう。僕じゃそこまで読み解くことは出来ないだろう」というコトで、今回もそう。

    それにしても、わずか10歳の『ぼく』の覚悟には感服したな。
    こんなダブルバインドは、思いもつきませんでした。

    もっかい読みたい。

  • 辻村さん、好きかも。

    ある「力」を持つ、小学校4年生の男の子が主人公。
    尊敬し、憧れている友達のふみちゃんがひどい事件に遭遇。
    ショックで心が壊れてしまったふみちゃんを救うため、ぼくが選んだ方法は・・・。

    この「ふみちゃん」のキャラクターの作り方が見事です。
    すごく魅力的でかっこいい女の子。
    それだけに、ふみちゃんを助けたいという「ぼく」の気持ちにこっちも感情移入。
    ふみちゃんとのエピソードのどれもがリアルで胸に迫る。

    「ぼく」は同じ能力を持つ先生のところで自分の力について学ぶんだけど、その過程は道徳の授業のようにテーマが深い。
    善悪とか、命とか、罪と罰とか。
    サンデル教授の白熱教室のような展開です。
    どうしようもない悪、常識が通用しない相手にどう立ち向かうのか?

    最後はじわじわ感動が押し寄せてきて、子供たちの純粋さに涙。

  • すばらしい小説でした。
    一息に読んでしまった。
    最初の一章で読者を見方につけ、主人公と一緒に悩み、葛藤し、喜び、悲しむ。そしてなんでもないシーンでも主人公の思いを自分のことのように感じ、涙が出る。主人公は小学生なのに、彼のほうが自分よりよっぽど強いんだと思い知らされた。

    本書ではいくつかの、身近な問題提起がされています。
    ひとつめに、生の重さについて。生き物をどこまで殺せるか?いつもは豚を食べるけど、飼っている豚は食べられるか?スーパーに並んだ豚肉と飼い豚の違いは?蚊やアブラムシは殺せるのに、蝶を殺すのはなぜ?
    なにかのきっかけに、ふと考えるこの問題を、秋山先生の繰り返される質問によって、読者も考えることとなります。考えるのも難しい問題ですが、筆者の導きがとても上手いのです。
    ふたつめに、復讐について。復讐の目的は何か?それは加害者のためか、自分のためか?相手を殺せば満足か?相手に反省させれば満足か?復讐相手の家族に復讐されるのでは?
    これは物語全体のテーマでもあります。いろいろな復讐のかたちが登場し、明確な答えはない。主人公が選んだ答えは人にやさしく自分にきびしい、でもちょっとまわりがみえない、すこし子供らしい一面も持ったものだと思います。

    「ぼくのメジャースプーン」は、みんなにおすすめしたい本です。

  •  まったくもって自炊やお菓子作りといった物事に縁がないため、恥ずかしながら「メジャースプーン」というものが何なのか知らなかった。
     だから『ぼくのメジャースプーン』を読んだのを機に調べた時には結構驚いた。メジャースプーンとはつまり「計量スプーン」の事だったのだな。ああ、それなら一応知っている。調味料の量を測る時に使ったりする「大さじ」や「小さじ」のことだ。メジャーというのは巻き尺のメジャーと同じメジャー(measure)だったんだ。
     無知な僕は大リーグのメジャー(major)と同じだと勘違いしていたため、当初は「でかいスプーン」の事だと思っていた。よく知っている人から見たら、そんな事も知らない僕はひどく常識を知らない人に見えるのだろう。

     「せんせい、人間は身勝手で、絶対に、誰か他人のために泣いたりできないんだって本当ですか」

     小学4年生のぼくは、ある不思議な力を持っている。しかしそれは恐ろしい力なので使ってはいけないとお母さんに強く言い聞かせられている。
     しかしある日、ぼくの大好きなふみちゃんを理不尽で凶悪な暴力が襲った時、ぼくはこの力を使って犯人に復讐する事を画策し始め、そんなぼくを見て心配したお母さんはぼくをある「先生」の元へ連れて行く。
     そしてぼくと先生は、一週間に渡り対話を重ねることになる。正義とは何か、復讐とは何か、罪とは何か、罰とはなにか。議論の果てにぼくが見つけた答えとは。

     倫理学や法律論の世界でも結論の出ない大きな問いを、小学4年生の主人公が背負う過酷な物語。そこに描かれるのは人間の闇の部分と立ち向かう恐ろしさと勇気だ。
     ストーリーの大半は「ぼく」と「先生」の対話シーンによって描かれる。「力」を使えばきっと容易に犯人に罰を与える事が出来る。しかしそうすることに何の意味があるのだろうか。そもそも犯人にはどんな罰がふさわしいのか。そしてそんな判断する事がいったい人間にできるのか。
     そうだ。メジャースプーンとは人が心の中に持つ尺度のことなのだ。罪を量る立場に人が立った時、どうやって何を判断すればいいのだろうか。それは調味料の適当な量を決めるように簡単にはできないし、失敗してしまったらやり直すことはできない。恐ろしい立場であるが、そこに立つことはどうしようもない魅惑のようでもある

     作者は丁寧な筆致で主人公が置かれた理不尽な状況を描写していく。個々のエピソードを積み重ねていくことで、主人公たちが暮らす子供社会を立ちあがらせる。
     感覚が擦り切れた大人には疑問に感じる事すらできないような事も、子供の目で見るとひどく奇妙な事のように見える。なぜ、人を不幸にして喜ぶ人がいるの?子供からのそんな問いに、我々大人はどう答えるべきなのか。復讐は正義なのか?明確な答えを持っている大人がどれだけいるだろうか。

    「自分のために怒り狂って、誰かが大声を上げて泣いてくれる。必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを知って欲しい」

     お互いがお互いの事をわかり合える世界。当り前で簡単なようだけど、ひどく難しいこと。メジャースプーンにほとんど触ったこともない僕は、料理やお菓子作りの大変さを知らない。こんな些細なレベルでさえ、他人の気持を知る事は難しい。
     作者はインタビューにおいて「悪はいつまでたってもどうしようもない悪のまま」だろうと語っている。作者は僕と同じ年に生まれたまだ若い女性だが(1980年生まれ)、醒めた目で人間の本質を見つめている。そして、それでもしかし絶望には着地したくないという。そこに作者自身が藤子・F・不二雄の影響を認めている事に少し驚きを感じたが、よく考えてみると納得いく気もする。
     少年たちの微妙な心の動きを、彼らに寄り添って彼らの視点で描き続けた点はきっと共通しているからだ。

     もしも人を裁く力を持ったら、我々は何を考えるだろうか。人のために一生懸命になれるだろうか。人のために泣くことはできるのか。
     物語が進むにつれて周到に張られた伏線が意味を持っていく。ミステリー的な仕掛けも施されている。単純な謎解きものとは一線を画しているが、人間の心の奥深くという大きな謎を扱っているともある意味いえるのかも知れない。

     痛切な心の軋みが圧倒的に胸に迫るミステリー。刺々しくてなお繊細なストーリーが人の弱さを浮き彫りにする。

    「そうやって、『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです」

  • 不思議な力を持ってる僕、小学生。 学校で買ってたウサギ殺戮直後にいあわせたふみちゃん。ふみちゃんの様子がおかしくなり、犯人に力を使って復讐しようとする僕。ふみちゃんは「凍りのくじら」にちょこっと出てくるね。
    秋山先生に力について、教わる。「子どもたちは夜遊ぶ」の月子と恭司も出てくる。名前は出てこないけど、まーわかるな。で、同作で謎だった部分も明らかになる。 秋先生は、ゼミの生徒になんと言って、大学に来ないようにしたのか。へー、みたいな。
    僕はもちろん、前もって秋先生に教えたことを犯人に言わない。別のことを言う。
    秋先生は怒ってるけど、犯人の行く末になんとなく、すっとするのであった。
    もっとも、秋先生が犯人になんと言ったのか、わかんないんだけど。

  • 賢い子供を書かせたら辻村さんに適う者はいないと思う。
    うさぎ殺しという残虐な事件を、少年の不思議な力を通して、死、罰、被害者、復讐…など考えさせられる事が沢山あった。

    「子どもたちは夜と遊ぶ」で出てきた秋山先生、名前は出てこないけど月子ちゃん、恭司など出てきて嬉しかった。秋山先生の考え方、やっぱ好きだなぁ。そして、あの時のあの言葉、言い回しに少し違和感感じてたんだけど、なるほどなぁと思った。
    秋山先生は優しいのに底知れない冷酷さも持っていて、やっぱり素敵だと思いました。

    主人公「ぼく」の下した決断に頭が上がらない。頑張った…!
    最後は泣いてしまいました。

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著者プロフィール

辻村深月(つじむら みづき)
1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業後、2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、2017年『かがみの孤城』で「ダ・ヴィンチ ブックオブザイヤー」1位、王様のブランチBOOK大賞、啓文堂書店文芸書大賞などをそれぞれ受賞。本屋大賞ノミネート作も数多く、2018年に『かがみの孤城』で第6回ブクログ大賞、第15回本屋大賞などを受賞し、2019年6月からコミック化される。他の代表作に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『名前探しの放課後』『ハケンアニメ!』『朝が来る』など。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。2020年、河瀬直美監督により『朝が来る』が映画化される。

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