戻り川心中 (講談社文庫 れ 1-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061830639

感想・レビュー・書評

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  • 連城三紀彦の作品を初めて読んだのは2年前、『恋文・私の叔父さん』でした。
    特に「私の叔父さん」には、なんでこんなに泣けるんだろうと不思議に思うくらい、涙がとまりませんでした。ただただ哀しくて優しいストーリー展開、そして美しい文章に心底参ってしまったのです。
    それからというもの作者の作品を見かけると、読んみたい気持ちと読みたくない気持ちが交差し、なかなか手が出ませんでした。「私の叔父さん」以上の胸に響く作品であってほしい、いやいや「私の叔父さん」が最高であってほしい。そんなわけのわからない、我が儘な気持ちになっていたからです。
    この作品面白かったから、次の作品もすぐ読みたい……そんな気持ちになれなかった、どこまでも余韻を引きずる初めての作家、それがわたしにとって連城三紀彦でした。
    それがやっと今、妖しく、しめりけをたっぷり帯びた作者の文章を手に取ることができたのです。きっとこの梅雨入りのせいでしょう。

    「──人は誰もその死に際まで散らすことのできない一輪の花を体のどこかかたすみに咲かせて生きているのではないか──。
    その散らない花を、あえて自分の手を染めてまで散らせようとした七人の犯人を、七つの動機を、七つの花に託して書きたいと思います。
    あくまで主人公は花のつもりです」(抜粋しました)

    解説によると、作者が七編からなる短編“花葬”シリーズについてこのように語っていたそうです。そのうち、本書には五編が収録されています。

    「藤の香」
    大正の末のころ、寂れた色街「常夜坂」。代書屋として、読み書きの満足にできない女達が故郷へと送る手紙などの代書をしている男がいた。あるとき、常夜坂で三件の殺人事件が連続して起こり、その容疑者として代書屋の男が警察に連行される……

    「桔梗の宿」
    昭和三年の九月、警察学校を出て刑事となった男。初めて担当した事件の被害者は、娼家の裏路地に沿って流れる溝川へと、桔梗の花を掴んだ手を伸ばした姿勢で殺されていた。事件について何か知っていると思われる、十五、六の少女・鈴。客を装い鈴に会いにいった刑事は、彼女の部屋に桔梗の花がコップに一輪挿してあることに気づく……

    「桐の柩」
    奉公してきた鋳物工場をクビにされた男は、萱場組の貫田という男に助けられ、弟分として貫田の「手」となる。ある晩、貫田は「抱いてもらいたい女がある」と男に告げる……

    「白蓮の寺」
    自分の幼年時代の記憶が、はっきりと思い出せない若者。ただ今だに忘れることのできない記憶の一つに、母が手に持った刃物で男を殺した場面があった。やがて母が病で亡くなると、若者はその真相を知るため自分の記憶に向き合う……

    「戻り川心中」
    大正歌壇の寵児・苑田岳葉は二度の心中未遂事件で二人の女を死なせ、情死行のさまを二大傑作歌集に結実させたのち自害する。女たちを死に追いやってまで岳葉が求めたものとは……
    尚、この作品は「菖蒲の舟」というタイトルで発表される予定だった。

    どの短編も、登場人物は孤独と哀しみの影を纏っています。それは、大正末期から昭和初期にかけてという時代が醸し出すほの暗さに見事にマッチしていました。美しくしっとりとした文章はやはり素晴らしく、全編通して濃厚な花の香りが罪を犯した人物に、そして読者に絡みつくのです。

    それでも、もし一つ作品を選ばなければならないとしたら、わたしは「戻り川心中」でしょうか。
    闇のなかで鮮やかに咲き誇る花菖蒲。
    岳葉の歌人としてしか生きることの出来なかった業の深さが、推理によって明らかにされていきます。その真相も衝撃的ではありますが、わたしの胸に宿るのは、女たちそれぞれが心に抱いた哀しみや切なさでした。一緒にいるのに淋しい……そんな想いだったのではないかと思うのです。女たちが欲しかったものは、死してなお手に入れられなかったんだろうな、そんなやりきれなさで胸がつまる思いでした。

    犯人たちは胸のうちに宿る罪深き花を、誰にも見せることなく散らしてしまいます。
    散らされてしまった花びらを一枚一枚集めるように、動機を追究していくホワイダニットは、趣のある文章によって、儚さ、切なさが見事に描き出されます。その美しくも哀しい犯人たちの情には深いため息が出ました。
    絶望的なのに浪漫を感じる、そんなミステリ集でした。

    • まことさん
      地球っこさん♪こんにちは。

      『戻り川心中』いいですよね!
      連城三紀彦さんの作品は20代の初め頃、かなり昔ですが、はまって当時出ていた...
      地球っこさん♪こんにちは。

      『戻り川心中』いいですよね!
      連城三紀彦さんの作品は20代の初め頃、かなり昔ですが、はまって当時出ていた本は全部読みました。
      内容はうろ覚えなんですが、幻想的な雰囲気のミステリーに酔いしれていました。
      私の大好きな作家の伊坂幸太郎さんとお会いした時に「ラッツシュライフ」が連城三紀彦さんの作品に似ていますね。と言ったら、「実はファンなんだ」と伊坂さんもおっしゃられていました。
      2020/07/01
    • 地球っこさん
      まことさん、こんにちは!
      コメントありがとうございます。

      まことさんも連城三紀彦さん、ハマられた時期があるんですね。
      もし、わたし...
      まことさん、こんにちは!
      コメントありがとうございます。

      まことさんも連城三紀彦さん、ハマられた時期があるんですね。
      もし、わたしが20代のはじめ頃に連城作品と出逢っていたら、もう酔いしれて戻ってこれなかったかもしれません 笑
      それほどまでに美しく妖しい雰囲気ですよね。

      そしてそして、伊坂幸太郎さん!
      わぁお話、羨ましいです(〃▽〃)
      それに「ラッシュライフ」から連城作品を導き出す、まことさん素晴らしいです!
      2020/07/01
    • まことさん
      地球っこさん♪こんばんは。

      お返事ありがとうございます。
      連城三紀彦さんは、やっぱり代表作は『戻り川心中』ですよね。
      他にも、美し...
      地球っこさん♪こんばんは。

      お返事ありがとうございます。
      連城三紀彦さんは、やっぱり代表作は『戻り川心中』ですよね。
      他にも、美しくて妖しいお話がいっぱいですが…。

      伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』が連城さんの『暗色コメディ』に似ていると思っていたんです。
      その時お話したのと同じことが、あとから発売された伊坂さんのムック本にも載っていてびっくりしました。
      あの日のことは一生忘れられない思い出です。(その日の飲み会の幹事を私はやらせていただいていたので、役得でした♡)
      2020/07/01
  • 連城さんっていろっぽ~いってイメージであまり読んではきませんでしたが、文春の「死ぬまで使える・・・本格ミステリー100」にかなり上位でこの本が紹介してあり、やっとGET。
    確かにこれはミステリーです。
    しかも、往年の谷崎文学や川端文学に雰囲気が似ている気がして
    結構ぐっときました。
    血を見るのは苦手ですし、○○組のナントカも苦手ですが、
    「桐の柩」が好きです。

  • 男女の情愛が絡んだミステリーを書いて、この作者に叶う人はなかなかいないと思う。

    大正から昭和初期を舞台にした短編が5作。どの作品も雨が似合うような湿っぽさと哀しみや虚無を孕んでいる。どぶ川の匂いが立ちこめる軒の連なった貧民街の景色がまるで映画のように心に色を落としていく。

    特に、「藤の香」と「桐の柩」に感銘を受けた。
    匂いフェチである私にはこの作品は興奮しっぱなしだった。
    エロティックで、どろりと鼻腔に女の芳しい体臭が入り込んでくるような、そんな錯覚を何度も感じた。物語のトリックの詳細は忘れてしまっても、この匂いは忘れられない…… 笑

    この作品を読んでいるときに、たまたまバルトークの弦楽四重奏曲を聴いていたのだけれど、この曲が作品にばっちりはまった!
    音楽と小説のそれぞれお互いを相乗的に劇的にする効果があった。

  • しっとりとした文体で人の心の謎、闇、不運な巡り合わせを美しく描いた大正時代を背景にした短編ミステリ。トリック云々ではなく、犯罪が「なぜ」「どうして」行われたのか、心理面を深く掘り下げられている。どこかうらぶれた世界に生きる人々の心の在り様は痛々しく、辛く、苦しく感じる。なかでも一番印象に残ったのは『桔梗の宿』。遊興町裏手に流れる川沿いで男が死体で発見された。事件を追う刑事が訪れた娼家での聞き込み中に出会った少女。何か隠している様子が気になり、身元を偽って再び娼家を訪れ少女に近づく。このことが更なる悲劇を生むことになるとも知らず…。この世の喜びを知らぬまま汚れた町で埋もれていた少女・鈴絵の心があまりにも切なく胸が痛んだ。事件の裏に秘められていた彼女の心が、最後の先輩刑事からの手紙で明らかにされた手法も、劇的だ。その他『藤の香』『桐の柩』『白蓮の寺』『戻り川心中』も秀逸。単なるミステリというよりも、文学的なエッセンスが色濃い作品群だ。

  • 時代劇っていうだけでまだ苦手。

  • 全編通して、からっと晴れた快晴! みたいなシーンがなかった気がする。とにかく全編通して、もやかかってるような悪天候か、夜だった気が……。
    推理小説というよりかは、ミステリーにちかい感じ。

    (クリスマスイヴなのに、何読んでるんだろう……と思った気がしないでもない)

  • おもしろかった。

    情感豊かに、という表現になるのかな…しっとり美しくほの暗い。時代背景も相まって、世界観に没入してしまう。
    トリックも華麗、動機もせつない。美しいミステリーだなーー

  • 2015年12月23日読了。
    2015年232冊目。

  • 読んでる時、自分の息がこの美しすぎる感覚を壊しまいそうとも思った。読み終わると、仄かの隔世感が覚える。

  • 推理作家協会賞短編賞受賞の表題作を含む5編の短編ミステリー。どれも殺人を含むミステリーだが、物語の中心に薄幸な女性がおり、その背景が悲しく読後に余韻を残す。

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著者プロフィール

連城三紀彦
一九四八年愛知県生まれ。早稲田大学卒業。七八年に『変調二人羽織』で「幻影城」新人賞に入選しデビュー。八一年『戻り川心中』で日本推理作家協会賞、八四年『宵待草夜情』で吉川英治文学新人賞、同年『恋文』で直木賞を受賞。九六年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受賞。二〇一三年十月死去。一四年、日本ミステリー文学大賞特別賞を受賞。

「2022年 『黒真珠 恋愛推理レアコレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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