1973年のピンボール (講談社文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 155
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061831001

感想・レビュー・書評

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  • 初期3部作の中でも本作が一番好き。
    もう何度と読み返してます。

    各々理由は違うが共に問題を抱えている僕と鼠。しかし、双子との出会いやピンボールとの再会で救われる僕と、唯一の救いだった女をも捨てて町を出る救われない鼠の対比がとても切ない。

    ちなみに、本作を読むことで前作「風の歌を聴け」が直子が自殺した数ヶ月後の話であることなどがわかる。

  • ピンボールにはまりまくった時期があるなあと遠い目。
    実機がなくなってからパソコンでも遊んでた。

  • 「風の歌を聴け」の続編に当たる作品らしいし、実際前作を読んでいないと意味がわからない。そのはずなのだが、全くの別物として読んだほうが、むしろ読みやすいかもしれないとも思う。

    私は前作を「時がとまったみたい」と評したが、こちらは前作で吹いていたいたその風さえ、止まってしまったようだ。
    季節は秋から冬へ。
    軽やかな憂鬱は、凍える倦怠へ。

    前作より抽象の世界へ入った本作では、「僕」も「鼠」も濃い霧の中で眠ってしまいそうに頼りない。
    彼らは自分の探しているものがわからず、しかしそれが見つかるとも思っていないので、本気でそれを探そうとも思っていないのだと思う。
    ただ偶然に出会ったもの、自分を柔らかく受け入れてくれた思い出だけを頼りに、彼らはすっぽりと霧に包まれている。

    感傷的である。手探りである。「風」が吹いていない霧は、いつまでも晴れる気配がない。ぐっしょりと全てが濡れていく。


    冒頭の「見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった」というフレーズが、私も病的に好きだ。

    • yuu1960さん
      ノルウェーの森の出版後に読んだ小林信彦さんの書評に、直子の死は「ピンボール」で既に触れられているとあり、驚きました。読み返してみて、自分は何...
      ノルウェーの森の出版後に読んだ小林信彦さんの書評に、直子の死は「ピンボール」で既に触れられているとあり、驚きました。読み返してみて、自分は何を読んでたんだろうと呆れたものでした。
      ピンボールは直子の死に対し、言うべき言葉を見付けられず、物語が止まっているんじゃないかとも思います。

      2012/08/09
    • 抽斗さん
      私はこの作品の直子が『ノルウェイの森』の直子と同一人物とはあまり思えず、さらっと読み飛ばしてしまっていたのですが、なるほどこの作品全体を覆っ...
      私はこの作品の直子が『ノルウェイの森』の直子と同一人物とはあまり思えず、さらっと読み飛ばしてしまっていたのですが、なるほどこの作品全体を覆っている「凍える倦怠」は、彼女の死のせいと読むとなんだか納得しました。
      コメントどうもありがとうございます。yuuさんのコメント、毎回とてもうれしく思っています(^^)。
      2012/08/12
  • 1973年9月から始まる。
    僕は24歳になり鼠は25歳に。
    2人の物語がバラレルに書かれている。
    内容としては意味が分からなかった。

    僕は双子の女の子との生活、のめり込んだピンボールとの再会、双子との別れまで、鼠は女と出会い、別れ、街を出るまでの心象がこれ以上にない表現で描かれている。

    いつもながら、村上春樹の表現、比喩は最上級だと思う。

  • 驚いたのは、自分がいつのまにか鼠や僕と同年代になっていたこと。
    十代でこの本を初めて読んだ時、自分よりはずいぶん大人の物語だと思っていたのに。

    何度も読み返したけれど、今日初めて、
    あ、もう同い年になる、と感じた。
    生きてる世界が違いすぎて信じられないけど。

  • 学生時代、当時カノジョだった今のヨメから借りて、そのまま俺のものになった本。

    青春三部作の第2弾。

  • これを初めて読んだときのことをよく覚えている。
    あまりに難解で絶句したのだ(笑)

    けれど、今にじゅううんちゃら年色んなものを通り過ぎて生きてきた私は、久々にこれを読んで、どこか救われたような感覚を覚えた。
    ピンボールと僕の対比に気付いたときにはぞわっと戦慄が走って、後に切なさと諦観と救済が残った。

    「何処に行く?」と僕は訊ねた。
    「もとのところよ。」
    「帰るだけ。」
    〜中略〜
    「本当に帰るところはあるのかい?」
    「もちろんよ。」と一人が言った。
    「でなきゃ帰らないわ」ともう一人が言った。
    (『1973〜』より)

    同じことのリピート、繰り返し繰り返しの中で、私はどこへ向かい、どこへ行き着くのだろう。
    その答えはまだ出ていない。
    静かに風の音を聴くだけだ。

  • 青春を描く三部作のうち、第二弾。

  • 春樹はこれしか持ってない

  • 本作を読むと、ピンボールがしたくなって困ります。

    まだ初期作品らしい、つっけんどんさが堪らない作品です。
    ぶつ切りで纏まりの無い作風も変わっていません。
    それなのにも関わらず、流れるように読めるというのはすごい事です。

    本作から、村上春樹氏の持ち味である「比喩」の巧みさが多く見られるようになります。
    ある何かを、独特の表現で見事に言い表す手法は、他の追随を許しません。

    本作の中には、村上作品の魅力を表す一文があります。<BLOCKQUOTE>文章はいい、論旨も明確だ、だがテーマがない</BLOCKQUOTE>確かに、論文としてであれば、これは致命的でしょう。
    けれど文学としては、これは長所になり得るものだと思います。
    現に、村上氏の作品にとって、これは明らかな長所です。

    とはいっても、themeが全く無いわけではありません。
    幾つかの「薄い」テーマが重なり合って、本作は成立しているからです。
    ただ、そのthemeは、一般的にはthemeにはなり得ないものばかりなだけです。

    魅力的なものは沢山あります。
    美味しそうなビールであったり、愛嬌あふれる双子であったり。
    そして何よりも、「スペースシップ」というピンボール。

    たぶん、村上作品に共通して言える事だと思います。
    どんなに言葉を尽くしても、この魅力は絶対に伝わらない。
    そこに描かれた作品を読み、その"beat"を感じなければ。
    その"beat"に共鳴できた人のみが、この作品の持つ「何か」を「飲める」のだと思います。

    決して難解な作品ではありません。
    むしろ安易で、軽くて、取りとめの無い薄っぺらい作品と言えるかも知れません。
    けれど、本作を「飲んだ」人にとっては違うのです。
    確実に「何か」を受け取り、積み重なっているはず。
    そしてそれこそが、村上作品の魅力、そのものだと思います。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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