鴉の死 (講談社文庫 き 11-1)

著者 :
  • 講談社
3.33
  • (2)
  • (0)
  • (3)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 17
感想 : 2
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061835771

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 終戦後、日本人の去っていった朝鮮半島では
    南北にふたつの政権が分かれ、長くにらみ合うことになったが
    そのころ、南の済州島でも、また別の厄介な問題が持ち上がっていた
    一部住民が独立運動を開始したのだ
    これに対して米韓のおこなった弾圧はやがて
    四・三事件と呼ばれる大虐殺へ発展していった
    金石範は在日朝鮮人の立場から
    事件へのこだわりを小説にしたためてきたのだが
    その文章は固いリアリズムで
    くだくだしい一文のなかに時系列が錯綜したり
    また感情の先走るせいか、あまり適切とは思えないレトリックが出たり
    要するにまあ読みにくいんだけど
    かえってそれが、時代に翻弄された人々の実感を思わせる

    「看守朴書房」
    日本統治の時代は、召使いのような仕事で食ってた朴書房
    戦後、済州島にわたって留置場の看守に出世した
    出世したはいいが、彼は童貞だった
    留置場には、パルチザンの家族たちが集められ
    スパイ容疑で処刑される日を待っていたのであるが
    その中にいるひとりの若い女に、朴書房は惚れてしまった

    「鴉の死」
    主人公は済州島の出身だった
    英語ができたので、通訳として米軍に勤務するようになった
    しかしやがて済州独立運動がはじまり
    パルチザンになった友人と密通するようになった
    スパイである
    ところがある日、現地警察の処刑場に立ち会わされ
    かつての恋人が両親もろとも射殺される現場を目撃してしまった
    独立運動なんてしなければ彼女まで巻き込むことはなかった
    彼は自らの立場に限界を感じ、ある行動に出る

    「観徳亭」
    大量虐殺は終息を迎えつつあり
    「でんぼう爺い」は警察からの仕事を失った
    素性がわからないパルチザンの首をもって市街を練り歩き
    関係者のタレコミを募る仕事であった
    しかし、天涯孤独でガクの無い爺いには
    それがいかに恥ずべき行いであるものか、わからなかった

    「糞と自由と」
    内鮮一体、一視同仁
    すなわち日本と朝鮮半島は一体であり
    すべて皇国臣民として平等なのだ、とされる時代があった
    もちろんそんなものはタテマエ論でしかない
    同じ時期
    国外では「民族主義」の金日成が排日運動をおこなっており
    朝鮮プロレタリアートに希望を与えていた
    そういったわけで、強制徴用の蛸部屋からは脱走が絶えなかった
    これは、汲み取り式便所のなかをくぐって逃げようと試みる人の話

    「虚夢譚」
    おれのはらわたがヤドカリに食われちまった
    そんな奇妙な夢を見て
    かつての宗主国に、今なお暮らしている人が
    自らのレゾンデートルに思いをはせる
    表題はコムタン(朝鮮の内臓スープ)に引っ掛けた駄洒落かしらん

  • 済州島4・3事件に材をとった金石範の小説といえば、『火山島』。でもさすがに手が出ないので、こちらの短編集にしました。収録作品は表題作のほか、「看守朴書房」「観徳亭」「糞と自由と」「虚夢譚」。いちばん印象に残ったのは、やはり表題作です。スパイとしての身分を隠しながら米軍政に協力するという2重生活を送るうちに、いつの間にか底知れぬ残酷さを身につけてしまう男のかなしさ。鴉の死で終わる幕切れも鮮やかです。
    だけども短編集全体として高い評価ができないと思ってしまうのは、体制の前で息をひそめていようとする男を揺り動かす存在が、多くの場合、若い女への思慕とされているから。絶対的な権力の前で、どれだけ多くの女性が性暴力の犠牲になってきたかということを考えると、ちょっとこういう女性の客体化には異をとなえたくなってしまいます。

全2件中 1 - 2件を表示

著者プロフィール

1925年生まれ。小説家。「鴉の死」(1957)以来、済州島四・三事件を書きつづけ、1万1000枚の大長編『火山島』(1976~97)を完成。小説集に、『鴉の死』(新装版1971)、『万徳幽霊奇譚』(1971)、『1945年夏』(1974)、『遺された記憶』(1977)、『幽冥の肖像』(1982)、『夢、草深し』(1995)、『海の底から、地の底から』(2000)、『満月』(2001)、『死者は地上に』(2010)、『過去からの行進』(2012)など。『火山島』の続編『地底の太陽』(2006)に続き、2019年に続々編「海の底から」の連載(岩波書店『世界』)を完結。その他に『満月の下の赤い海』、『新編 鴉の死』(共にクオン 2022)。評論集には、『ことばの呪縛――「在日朝鮮人文学」と日本語』(1972)、『民族・ことば・文学』(1976)、『「在日」の思想』(1981)、『故国行』(1990)、『転向と親日派』(1993)などがある。

「2023年 『金石範評論集Ⅱ 思想・歴史論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

金石範の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×