不当逮捕 (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061838376

作品紹介・あらすじ

戦後という波乱に満ちた、無秩序だか半面において自由闊達な気風に溢れていた時代、新聞記者はスターであり、英雄であった。とりわけ、読売社会部の立松和博は数々のスクープで乱世に光彩を放っていた。その立松記者が、売春汚職報道の"誤報"で突然逮捕された。第6回講談社ノンフィクション賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 昭和32年(1957年)10月24日、読売新聞社会部記者の立松和博は逮捕される。国会議員を売春汚職に関連していると実名をあげて報道したことが、名誉棄損にあたるとしてのものである。しかし彼の逮捕の背景には、検察内部の権力争いや、政治家と検察の癒着等があった。彼の逮捕は不当であるとして、マスコミこぞっての抗議が起きるが、読売新聞は彼に冷たかった。彼の逮捕を新聞で丸一日報じなかったのだ。その後、名指しされた国会議員は結局逮捕・告訴されず、少なくとも公的には汚職の事実はなかったことになり、読売新聞は間違いを認め、記事を全面的に取り消すことを、紙面に大きく掲載する。
    立松和博は、戦後の読売新聞社会部のスター記者であり、多くの特ダネをものにしている。その生い立ちや人となりからして、記者としてばかりではなく、輝く存在でもあった。しかし、この事件を経て、立松は読売新聞に裏切られたと感じ(実際に、ある意味で裏切られたのであるが)、麻薬におぼれる。麻薬を断ち切った後も、閑職に追いやられ、かつての輝きを取り戻すことのないまま、昭和37年(1962年)10月、事件から5年後に亡くなってしまう。
    筆者の本田靖春は、大学卒業後、読売新聞社会部に勤めることとなり、立松に可愛がられる。この事件についても、立松に近い位置で見ている。本田靖春は、その後、読売新聞社を退社するが、「立松和博を売春汚職とのかかわりを中心にして、いずれ何らかの形で書かなければならない」との決意を果たし、この作品を書き上げる。
    本書の発行は昭和58年(1983年)であり、事件から26年、立松の死からも20年以上の月日が経過している。筆者もあとがきで書いているが、それだけの時間を経過しているからこそ、筆者の立松への強い想いを前面に出すのではなく、成熟したノンフィクション作品として仕上がったのだと思う。読みどころは沢山ある。立松という魅力的な人物の物語、事件をめぐる検察内部の権力闘争の物語、検察と読売新聞の闘い、新聞記者とはという話、それらを含めた戦後時代の物語として、等々。どのように読むかは読者次第であるが、ノンフィクションではあるものの、私は小説のように読んで楽しんだ。

  •  ちょっと前に、後藤正治さんの「拗ね者たらん」を読んで、ともかく本田靖春さんの著作を読んでみたくなりました。で、まず手に取ったのが、代表作のひとつを言われている本書です。
     確かに緻密な事実の堆積に加え、それを描き切る本田氏の並々ならぬ筆力を感じますね。評判どおりの力作だと思います。

  • 戦後長らく放置されていた売春を取り締まるために、売春防止法が制定されようとしていた前夜、それを良しとしない既得権益者が代議士に賄賂を贈り便宜をはかってくれるよう働きかけた。

     その特ダネを検察筋から入手した読売新聞の社会部記者の立花(この本の主人公)は詳細を記事にする。読売は代議士の実名入りで逮捕間近と朝刊で報道した。

     しかし、当の代議士はしらばっくれて名誉毀損の訴えを起こす。そして検察は立花を逮捕した。
     通常、証拠の隠滅、逃亡の恐れがない場合、被疑者は身柄の拘束はされない。よりによって新聞記者が逮捕されるなんてことは異例中の異例。新聞各社はこれをマスコミに対する弾圧だと激しく抗議。なぜか当の読売だけが腰が重く、他社に追随する形でようやく抗議する。

     検察が立花を逮捕したのにはもちろん訳がある。当時の検察は内部の権力闘争が激しく、岸本派と馬場派の主導権争いで、お互いの粗探しに躍起だった。立花のニュースソースが馬場派の人間であると確信していた岸本が、情報源の人物の名前を吐くことを釈放の条件として、立花を厳しく攻め立てたのだ。
     しかし、記者にとってニュースソースの秘匿は絶対条件であり、矜持でもある。それをした場合は、記者としての信頼を失う。記者としては死んだも同じ。

     立花は絶対に口を割らない。しかし国家公務員法違反の秘密漏洩容疑で馬場派の失脚を狙う岸本は何としても情報源の名を吐かせたい。
     攻防の末、軍配は立花に上がるが、その後に読売は立花の記事を誤報と認め、疑惑の追求をやめ、責任者を左遷するというマスコミとしての責務を放棄したかのような処断をオーナーの正力松太郎の指示により下す。

     立花は記者としての第一線を退き、社内での飼い殺しのような処遇から、やがて麻薬中毒になり、しばらくして亡くなる(自殺とは書いてないが、そんな感じを受ける)

     事件としての要約はこんな程度だけれど、この時代の社会部記者たちの泥臭い仕事ぶりと、記者という職業に対して誇りの強さが、随所に熱く描かれていて、面白い。生き方が格好いい。組織の人間としてときには協力もするけど、基本的には一匹狼。上に楯突いてなんぼの世界。いつの間にか雇われ根性にどっぷり浸かった自分みたいな会社員には、記者たちの仕事っぷりは痛快だ。

     あっ、これ半沢直樹をみてる感じと一緒だ。

     昨今の、遠くから正義面して政権批判して、憂国の士を気取って満足してるだけの記者も見習って欲しい。もっと地に這いつくばって、砂を舐めながら、国を揺るがしかねない情報を掴んでこい!

  • 立松和博、すごい人がいたものだ。
    検察の岸本・馬場派閥争いに至るまでの前史も凄まじい。

    最後部分になって若かりし筆者が出てくる。戦後の既成基盤がなくなってから昭和30年初頭の保守政治体制が出来上がるまでの一時代にだけありえたこととクールに締めくくる。
    新聞記者の役割、特に立松という稀有な人心収攬に長けた記者が政治当局から特ダネを引き出すという新聞華々しい時代の記録。

  • かつての読売新聞のスター記者が誤報道により凋落さる様を描いたノンフィクション。彼のそれまでの成功も、たった1度の失敗が官の立場にある検察からのリーク情報に基づいていたという点で、以降の新聞報道は民からの情報収集に基づく取材手法を採用するようになったという点が興味深かった。

  • こわかったです。でも、途中でやめられない迫力がありました。使われている語彙の豊富さにも圧倒されました。

  • 相変わらずの、昔は良かった口調。でも、やっぱり良かった。

  • もともとはヤングジャンプというコミック雑誌に連載されていた「栄光無き天才たち」で出会った話です。
    検察という巨大権力に翻弄されたスター記者の栄光と挫折。
    私も記者稼業・・・しかも、この主人公と同じ司法記者をしていたこともありますが、栄光もさることながら、ここまで派手な挫折も味わうことなく過ごしてしまいました。

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著者プロフィール

1933年、旧朝鮮・京城生。55年、読売新聞社に入社。71年に退社し、フリーのノンフィクション作家に。著書に『誘拐』『不当逮捕』『私戦』『我、拗ね者として生涯を閉ず』等。2004年、死亡。

「2019年 『複眼で見よ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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