間宮林蔵 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (462ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061839120

作品紹介・あらすじ

謎多き探検家の波瀾万丈の生涯を描く歴史長編。樺太は島なのか、大陸の一部なのか?世界地理上の謎であった同地を探検して島であることを確認し、間宮海峡を発見した間宮林蔵。その苦難の探検行をリアルに再現し、幕府隠密として生きた晩年までの知られざる生涯を描く。史実の闇に光をあてる長編傑作。

感想・レビュー・書評

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  • この著者2作めですが(1作めは前野良沢を主役にした冬の鷹)、司馬遼太郎並みに筆力あるので外れ無し。
     世界で唯一といってよい日本人名のついた外国の地名’’間宮海峡’’なんですが、2度の樺太探検(+国禁を破ってロシアに上陸)が探検小説として抜群に面白い。伊能忠敬とも交流あるし。
     後半の隠密としてのシーボルト騒動やらは実像だったんだろうけど前半に比べてスケールが小さくなったのは勿体ない。

  • 間宮海峡って、こんなに行きにくいところだったんだ。

  • 樺太が半島ではなく島であることを確認した旅の過程のすさまじさが間違いなく前半のハイライトですね。ここまでの話の運びはすごくよかったです。
    ただエトロフに上陸したロシア人になす術もなかった経験から攘夷思想を持っていたのが、晩年の友人達を通して開明的に変わっていく過程とか、その自分より若い友人達が投獄され倒れていくのを見た時の思いとか、記述が簡単であまり伝わってこなかったのが残念です。
    個人的にはシーボルトって好きじゃないんですけど、彼が「日本」で紹介してくれなければ間宮海峡はどうなってたんでしょうね。

  • 林蔵は、幕府の命により、樺太が半島ではなく、島であることを探検により立証した。また、アムール川下流沿岸の探索により、当時、樺太はロシアの支配下になく、清が治めていたこともあきらかになった。幕府は、引き続き、樺太踏査の経験から対ロシアの来襲に関する隠密を命じた。林蔵は、北海道から、北陸、九州鹿児島まで駆け巡るなど多忙を極めることになる。そして、薩摩藩は、琉球を介し中国との密貿易を行い、各藩から膨大な利益をうけとっていたことを掴み、大きな功績につなげる。江戸に滞在中は、伊能忠敬から教えを請い、緯度計測など正確な測量の技術を学ぶ生活を送っていた。幕府の命による隠密は、シーボルトの資料隠匿を密告した者と噂されたが、帰国後、シーボルトは、樺太が半島ではなく、島であることを間宮林蔵が発見した事実を世界に伝え、世界地図に間宮海峡と命名し、功績を称えたことが知られている。実直で、責任感が強く、信念を貫き通す精神力は、戦国の世に生き、北条家臣として最後まで力を尽くした武将のDNAなのだろうか。不思議に気分が晴れる。

  • 間宮林蔵の生涯を詳細に追った小説。

    200年前の北海道がどれほど未開の地だったか、改めて感じさせられるなど資料としては面白いものの、小説として読者を引き込む力はあまり感じなかった。

  • 間宮林蔵が樺太を探検した人だというのはもちろん、小学校のころから知識として知っていることではあるが、実際にどういう探検をしたかについてはこれまで考えてみたこともなかった。

    本書はその足跡を丹念に追った歴史小説。農民の生まれから幕府の下級役人になり、測量のために北海道にわたったこと。樺太が島であることを確認するために、3度にわたって北上を試みたこと。また海峡を渡ってアムール川を遡上し、清国が支配する街まで行ったことなど、興味深いことがいろいろとあった。

    その後は隠密としても活動し、シーボルト事件にも関係があったなど、いろいろ勉強になった。

  • 林蔵が、「樺太が島であること」を発見したということは歴史の授業で、1行程度により簡単に紹介され、知っている事実ではありますが、その背後にあった大変な冒険談は極めてドラマティックな内容です。そして極寒の地での探検を続ける上で協力をもらうことが不可欠であったアイヌ、またキリヤーク人との心の交流など心温まる話です。彼らの命を恐れない協力と、林蔵の強い意志がないと実現できない事実譚です。アムール川を遡って清帝国の領域まで足を伸ばしたのも驚きです。樺太の北端の岬から全面に広がる海を見たときの感動、アムール川を下って河口からの大海へ流れ出す雄大な水の流れを見たときの感動はジーンとくるものがあります。恐らく林蔵の気持ちを見事に再現したものだと思います。後半は一転して名声を獲得した林蔵がシーボルト事件の摘発者として白い眼で見られたり、幕府隠密として長崎、薩摩、浜田藩などへ足を運んだりと蛇足のように思えるのですが、最終的にシーボルトが彼を樺太海峡発見者として評価して紹介したことが世界的に評価として確立したことを示すためには必要だったのでしょうか。

  • 2012.9.24(月)¥252。
    2012.9.26(水)。

  • 読み始めは辛かったんだけど、慣れてしまえばサクサクと進んだ。 小説としての面白さというより、題材の面白さだな。 間宮林蔵の行った仕事と、生きた時代がすこぶる面白いのだ。 (「四千万歩の男」とか「菜の花の沖」とリンクするのもたまらん)

    でも、小説としては淡白だなぁ。 「ここ、池宮だったドラマチックに描くだろうなぁ」 と思う場面がたくさんあった。 史実をドラマにする気はないんだろうな、この人は。

  • 全世界地図の空白部は樺太北部のみであった(北西航路がまだ発見されてないからこれはきっと違う。。。)

    1785前;東韃靼と地続きの樺太半島、西方にあるサハリン島(和蘭陀製全世界地図)
    1787;東韃靼と地続きの樺太半島、サハリン島はない(樺太西岸を北へ。北からの潮流がないため湾と断定)/フランス人ドウ・ラ・ペルーズ
    1804;北部太平洋探検航海記/樺太半島/イギリス人ブロートン
    1804;世界周遊記/樺太半島/ロシア人クルーゼンシュテルン
     ↓
    林蔵の目的は「樺太半島がどのように東韃靼大陸とつながっているかを調査すること」であった

    --間宮林蔵--
    ・1806[27歳];エトロフ島測地
    ・1808[29歳];第1回樺太探索(松田伝十郎、北知床岬~白主~ラッカ)
    ・1808[29歳];第2回樺太探索(白主~トンナイ~リョナイ~トッショカウ~リョナイ~トンナイ)
    ・1809[30歳];第3回樺太探索(ラロニ、トンナイ~ウショロ~リョナイ~ノテト~ラッカ~ユクタマー~ナニオー~ノテト)
    ・1809[30歳];東韃靼探索(コーニ、ノテト~ラッカ~トムシボー~ムシホ~タバマチー川~キチー~アムール河~コルベー~ジャレー~ウルゲー~デレン~ジャレー~キチー~カターカ~アオレー~シュシュ~ホル~バット~サンタンコエ~カルメー~デボコー~ワーシ~ヒロケー[樺太は明らかに島]~アムール河口~チョーメン~オッタカバーハ~ラッカ~ノテト)
    ・1814[35歳];第1回蝦夷測地(松前~江差~イワナイ~オタルナイ~石狩~ノッシャム~宗谷~枝幸~モンベツ~常呂~網走~斜里~国後島~箱館)
    ・1815[36歳];第2回蝦夷測地(箱館~オシャマンベ~釧路~厚岸~花咲半島~根室~ノサップ~箱館)
    ・1817[37歳]~1821[41歳];第3回蝦夷測地(内陸部)
    ・1825[45歳];捕鯨船調査(銚子~福島県江名浜)
    ・1827[47歳];捕鯨船調査(伊豆七島)
    ・1831[51歳];通詞とオランダ商館員との癒着調査(長崎)
    ・1835[55歳];異国船(=捕鯨船)来航時の藩主対応の実態調査(津軽、松前藩領)
    ・1835[55歳]~36[56歳];松前藩警備の巡見使、奥州・山陰・九州・四国の海岸防備&政情を探る旅
    ・1845[65歳];没

    蝦夷地開拓の和人も「壊血病」になっていた
    アイヌ人は壊血病にならない→魚と海草を食べていたため?
    熊の毛皮は雪が凍りつく、犬の毛皮は氷が落ちる

    1903-06;北西航路発見/アムンゼン
    1909;北極点到達/ピアリー
    1911;南極点到達/アムンゼン

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著者プロフィール

吉村 昭(よしむら あきら)
1927年5月1日 - 2006年7月31日
東京日暮里生まれ。学習院大学中退。在学中、大学の文芸部で知り合った津村節子と結婚。
1966年『星への旅』で太宰治賞、1972年『深海の使者』で文藝春秋読者賞、1973年『戦艦武蔵』『関東大震災』など一連のドキュメント作品で第21回菊池寛賞、1979年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、1985年『冷い夏、熱い夏』で毎日芸術賞、同年『破獄』で讀賣文学賞および芸術選奨文部大臣賞、1987年日本芸術院賞、1994年『天狗争乱』で大佛次郎賞をそれぞれ受賞。吉川英治文学賞、オール読物新人賞、大宅壮一ノンフィクション賞、新田次郎文学賞、太宰治賞、大佛次郎賞などの選考委員も務めた。
徹底した資料調査・関係者インタビューを背景にした戦史小説・ノンフィクションで、極めて高い評価を得ている。上記受賞作のほか、三毛別羆事件を題材にした『羆嵐』が熊害が起こるたび注目され、代表作の一つとみなされる。『三陸海岸大津波』は2011年の東日本大震災によって注目を集め再評価を受け、ベストセラーとなった。

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