愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)

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著者 : 村上龍
  • 講談社 (1990年8月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (542ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061847408

作品紹介

世界恐慌を迎えた1990年、世界には奇妙な動きが相次いだ。日本でもパニックとクーデターが誘発する。暗躍する巨大金融企業集団「ザ・セブン」に全面対決を挑む政治結社「狩猟社」が企てたのだ。若きカリスマ、トージの意識が日本を動かし始める。この危険な小説に描かれた世界はすでに現実である。

愛と幻想のファシズム(下) (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • システムに抗する主人公
    しかしながら、そのシステムに抗する為に作られた
    政治結社「狩猟社」は主人公を中心にシステム化されている。その事に気づき愕然とする主人公。
    「ザ・セブン」という明確な敵があるにも関わらず、ラストは主人公が一体何を目指すのかが良く分からなくなった印象。

    あとがきで著者が経済書の類を大量に読んだと述べていたように、読み応えのある作品だった。著者は以前からシステムに対して憎悪のようなものを感じておりそれがメインテーマとして経済とともに書かれたのが本作品。
    らしいが、単純な自分の感想では著者はアメリカがとても嫌いなんだなと思った。それとも経済の中心はやはり、アメリカということでアメリカ=システムということだったのだろうか。
    経済に関する人・金などの様々な動きにも興味を持ったが、それ以上に人が一人の人間として生きている意味というか、理由というか、価値というか・・・主人公の極端な発言を読んで深く考えた。


    日本はアメリカやソビエトと対等にものが言える国ではない。(中略)アメリカは強者だ、その強者のアメリカに気に入られようと愛想笑いをして、冷たくされるとヒステリーをおこして、アジアの同盟だと声高に叫ぶ、弱虫のやることだ

  • 2014.1.4
    90年以降の現実の世界情勢との符合がかなりあるね。ザ・セブンとかグローバル企業が国家よりも力があるとか、今そういう感じだもの。

  •  下巻は、北海道で〈ゼロ〉が覚醒してから、〈ゼロ〉が主催するイベント「巨大な祈り」が始まるまでの時間を描く。ブツクサいいながら、とりあえず一息に読み終える。

     「あとがき」で作者は、この小説のテーマは「閉塞感」だと書いた。だが、上下合わせて1000ページを超える物語を費やしてもなお、その「閉塞感」の根源を本当には見定め得ていないことこそが問題ではあるまいか。
     作者は、「閉塞感」の場所をさまざまに提示する。戦後民主主義、アメリカによる占領、国際金融資本、米ソ二極支配、南北問題、地球人口の過剰、そして〈農耕〉……。だが、いずれもがその根本的な原因ではないし、トウジたち狩猟社は、非合法的な暴力を武器に圧倒的なスピードで〈問題〉を片づけているように見えて、じつは何一つ輪廓を明らかにできてはいないのだ。

     この物語のはじめにトウジは、標的としての〈黄金のエルク〉のイメージを思い描き、その姿がなかなか具体的にならないことに苛立つ。だが、いよいよ姿をあらわしたラスボス=多国籍資本のリーダーが世俗的な権力の座に就こうとする手前で、作者はこの物語をやめてしまうのだ。「閉塞感」を打破すると主張する男根的でマッチョな主体性は、何を突破すればよいのさえわからず、シンセサイザーによるシンフォニーが鳴りひびくわけの分からない正体不明の祝祭イベントの中で、途方に暮れるだけである。

  • 日本人のハンターが政治結社を作ってテロとかなんやかんやで独裁国家を作る話。

    そんな馬鹿なって展開もあるけど面白い。

    父親を乗り越えみたいなテーマがエバンゲリオンの元ネタらしい。

  • なぜ、この本に引き込まれたのか、ようやくわかった。トウジが、ぼくが敬愛するゲバラと被ったのだ。ゲバラは社会的格差を縮めるために、ブルジョワになるチャンスは幾度となくあったのにも関わらず、プロレタリアートとして巨大権力といつシステムと闘った。トウジは閉塞感、停滞、資本主義というシステムと闘った。もちろん、違いは多々あるし、むしろ類似点の方が少ないかもしれない。ただ、小規模集団が巨大勢力に果敢に挑む姿は同じだ。社会的弱者には希望に映っただろう。意図せずとも、それはたまらなくかっこいいのだ。

    ゼロ、フルーツには常にどこか、
    イノセンスなようなものを感じてて、フルーツは掴みどころのない透き通った水みたいにきれいなままだったけど、ゼロは汚れた、消えそうな存在から最期は本当に少年のようなきれいなイノセンスの印象を受けた。トウジは、やはり強烈なオスの印象が強かった。かなりピュアでイノセンスだったのではないかと思う。野生の捕食者のように。

    下巻は上巻に比べ、すごく暴力的な言い方をすると歴史的で史実を並べただけの印象が残るのだけど、それは規模が上巻は日本だけだったのが、物語が地球全体に展開して、ぼくが全体像をいまいち掴めてなくて、ぼんやりしていたからかもしれない。

    様々な面で世界が急速に繋がりだしている昨今の世の中、どんな思惑が世界を、日本を飛び交っているだろうと思った。繋がり過ぎて動くに動けないないのが現実なのか。相対的に個人に自由が認められているこの国は、そんな風に自由と言うと聞こえはいいが、簡単に動けずスピードがでないのでないか。まさに、閉塞感に包まれているし、停滞だ。シンガポールのように国民を淘汰して、言論の自由を奪った方が国際競争力という面で見るいいのかなあと読後の感想が残った。

  • 小説は、フィクションの形をとることでより鮮明に現実をあぶり出すものだ。ファシストが混乱の中で嫌悪・恐怖されながらも大衆に支持されていく過程が、戦前の歴史や大衆心理を考える上で大変勉強になった。描かれる政治・経済の世界の精緻さと現代との類似が読者に物凄いインパクトを与える。
    しかし、気分は悪い。まどろっこしい民主主義やヒューマニズムや弱者と根気良く付き合うことを苦痛に感じることは、誰しも確かにあるんだろうが、その感情を正当化するのは、同時に弱者である自分の首を絞めることだ。その事に多くの弱者が無自覚なのは、本当に何でなんだろ。若者の間でのニーチェ流行りも何でなんだろ。などなど、色々考えさせられる作品。

  • ただ一言、「”本当に”面白かった」。”本当に”面白いって言える小説は数少ない。まず、考慮すべきなのはこれが1987年に出版されたこと。当時は冷戦があり、資本主義⇔社会主義という二極化した世界にあった(まぁ終結しかかっていたけど)。「ザ・セブン」に描かれているようなアメリカの巨大企業が政治を牛耳るような世界観が描かれていた。日本にも不況の波が押し寄せ、ストライキが相次いでいた。そんな中で「テロ」という過激な手段を使い、ファシズムと罵られながらも、トウジをはじめとした狩猟社は日本の中枢に近づいて行く。
    これを読んでいる最中、自分は「Occupy Wall Street Movement」のことを思いながら読んでいた。当時の村上龍がここまで予想していたとは思えないが、『愛と幻想の〜』で描かれている世界観は非常に現状の世界情勢と似通っている部分が多い。"We are the 99%!"と声高に叫び、金融の中枢であるウォール街に多くの若者、失業者が押し寄せている。トウジは「弱者は滅べるべき」という、非常にシンプルなダーウィニズム的主張を唱える。それが仮に正しいのなら、Occupy Wall Streetに参加している人たちは弱者であり、いずれ淘汰される人ということになる。本当にそれは正しいのか?
    非常に残念ながら、この作品の結末は狩猟社がクーデターなどを経て、日本の中枢に達し、これから日本を動かして行くというところで終わっている。小説でも最終的に強者が弱者を駆逐し、世界がシンプルに二分されるところまで行っていない。現実は小説と違って、終わりが無い。だとするとこれから世界が進む方向こそ、この小説で描ききれなかった”続編”ということになるのかもしれない。

  • 政治経済の話が難しかったけれど、面白いかった。
    80年代後半の世界情勢ってこんなだったんだなぁ。
    日本の政治経済は、今もかなり危機感ある雰囲気だけど、
    読んでいると今のことを言われているように感じる。

    自分の生きている世界は少なくとも表面上はとても平和で、
    実は大きな力を持った人(企業)の思うように設定された世界なのかな。

    この表面上の平和は少し皮を向けば、ものすごい犠牲が詰まっているんだろうなぁ。

    ガーナのカカオ農家はものすごく安い賃金で酷使されているけれど、そんなこと知らずに僕はチョコレートを食べる。
    歴史の流れで、今のシステムがそうなっている以上、生きている間はずっと奴隷のような生活が続く。
    それを壊したいという気持ちは自然なことだと思う。

    主人公のその後がとっても気になる。

  • ニュー・ヴォイス、ツパマロス・ヤパーナ、玉城誘拐、クーデター、万田、巨大なる祈り。ST班活躍、時代先取り感

  • 1990年に発表され、政治・経済といったテーマへの著者の関心がシフトするきっかけとなった大作。

    政治・経済といったテーマは、数十年経てば独自の面白さがあるだろうが、約20年という中途半端な時間の経過では、その面白さも中途半端なものになってしまう感じがある。大作であり、かつ加速していく物語のドライブ感が読み物として麻薬的な興奮を与えてくれるのは間違いがないのだけれど。

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