短篇集(1) (村上春樹全作品1990~2000)

  • 講談社 (2002年11月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (318ページ) / ISBN・EAN: 9784061879416

作品紹介・あらすじ

待望の第2期刊行開始!

第1巻 短篇集1
●日本初発表 「青が消える(Losing Blue)」収録
●全篇加筆訂正 ●著者による書下ろし「解題」入り

『TVピープル』は位置的に見て、僕にとっては重要な意味を持つ短編集である。内容的に、というよりはあくまで位置的に。個人的に。――(「解題」より)

みんなの感想まとめ

独特の言い回しと深いテーマが織りなす短篇集は、読者を特別な世界へと誘います。初めて村上春樹の作品に触れる人も、彼の言葉のリズムや雰囲気に魅了されることでしょう。特に「青が消える」や「グッド・ニュース」...

感想・レビュー・書評

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  • 【目次】

     TVピープル
     飛行機――あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか
     我らの時代のフォークロア――高度資本主義前史
     加納クレタ
     ゾンビ


     ホルン
     鉛筆削り(あるいは幸運としての渡辺昇①)
     フリオ・イグレシアス
     タイム・マシーン(あるいは幸運としての渡辺昇②)
     コロッケ
     トランプ
     新聞
     ドーナツ化
     アンチテーゼ
     うなぎ
     高山典子さんと僕の性欲
     タコ
     虫窪老人の襲撃
     スパナ
     ドーナツ、再び
     夜のくもざる
     ずっと昔に国分寺にあったジャズ喫茶のための広告
     馬が切符を売っている世界
     バンコック・サプライズ
     ビール
     ことわざ
     構造主義
     大根おろし
     留守番電話
     ストッキング
     牛乳
     グッド・ニュース
     能率のいい竹馬
     動物園
     インド屋さん
     天井裏
     もしょもしょ
     激しい雨が降ろうとしている
     嘘つきニコル
     真っ赤な芥子
     夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について


     使いみちのない風景


     ふわふわ
     青が消える(Losting Blue)

    解題

  • 明治図書の『教育科学 国語教育』で、中学3年生の授業実践が紹介されていたのを見て、「青が消える(Losing Blue)」を読んだ。三省堂の『精選 国語総合』に掲載されていたようで、中学3年生に読ませるには、かなり背伸びさせる必要があるように思う。

    語り手の「僕」は、数十分後に西暦2000年になる「新しいミレニアムを迎える記念すべき夜」に、青色が見えなくなってしまう。身の回りにあった青は、すべて白になってしまい、青が消えてしまったのである。

    「アイロンをかけているときに、青が消えた。青はだんだんかすんで薄くなっていって、それからすっかり消えてしまった。ちょうど機械のバッテリーがあがってしまったときみたいに。あるいはまるでオーケストラの指揮者が演奏の途中で気を変えて、突然指揮棒を降るのをやめてしまったみたいに。メロディーが中断したあとも、いくつかの楽器はまだ名残惜しそうに断片的な音を出していたが、それもやがて力なく消えて、あとには居心地の悪い沈黙だけが残ったーーという風に。」(p277)

    どう対処すればいいのか分からなかった「僕」だったが、この奇妙な現象が自分だけに起きているのかどうかを確認するべく、別れたガールフレンドに電話をし、地下鉄ブルーラインの駅員に話を聞く。しかし、ガールフレンドは、こんなめでたい夜になぜそんな「ロクでもない話」を電話してくるのかと怒り、駅員は、「政治のことは私に聞かないでください」と取り合わない。
    あきらめた「僕」は、最後に内閣総理府広報室に電話をかける。コンピュータ・システムによって再現された総理大臣が、国民の疑問や苦情に、一つひとつ個人的に答えてくれるのである。

    「かたちのあるものは必ずなくなるのです、岡田さん」(p281)
    「岡田さん、どうして青がなくなってはいけないのですか、岡田さん。明るい面に目を向けなさい。何かがひとつなくなったら、また新しいものをひとつ作ればいいじゃありませんか。その方が経済的だし、それが経済なのですよ、岡田さん」(p282)

    青とは、いったい何だったのか。それは、「僕」が「昔から好きだった」色であり、「みんなも僕には青がよく似合うと言っ」てくれた色だった(p278)。もしかしたら、「僕」にとっての青は、自分が思う自分と、周囲の人が「似合う」と言ってくれる自分が一致する、唯一のものだったのかもしれない。「僕」の青に対するこだわりは、見る人によっては異様にさえ見える。

    「そのときアイロンをかけていたのはたまたま青とオレンジのストライプのシャツだったので、青が消えたことに僕はすぐに気づいた。」(p277)
    「僕は寝室のクローゼットの中を見てみることにした。僕はそこにいくつかの青の服を持っていた。青いシャツや、青いネクタイや、青いスーツ。」(p277〜278)
    「僕は引き出しの中も覗いてみた。そこには青いTシャツがあり、青い靴下があり、青いセーターがあり、青いスカーフがあるはずだった。」(p278)

    「僕」が身につけていたものには、青が溢れている。異常事態に気がつくとすぐに、本当に青が消えてしまったのかを確認するために、これだけの数の青いものに思い至るのである。相当好きだったのだろう。
    この物語では、世界から青が消えてしまったのかどうかは結局のところ分からない。「僕」に起きたことは、もしかしたらやっぱり「視力が一時的に狂ってしまった」だけで、世界には今まで通り青は残っているのかもしれないし、世界中から青が消えてしまったのかもしれない。ただ、間違いなく言えることは、「僕」の見える世界からは青が消えてしまったのであり、それを誰も気にしてくれる人は誰もいないということである。

    「でも青がないんだ、と僕は小さな声で言った。そしてそれは僕が好きな色だったのだ。」(p282)

    自分にとって大切だったものが、他の人にとってはそうではなかった。そして、自分にとって大切だったものが、なくなってしまったのか、そうでないのかということにすら、気を止めてもらえない。
    その孤独感に、とても共感する短編だった。

  • 何気に初村上春樹。「ふわふわ」と「青が消える」だけ読む。
    独特の言い回しにはついていけないと感じることも多いけど、それも含めて、就寝前や休日などにこの世界に浸るのも贅沢な時間の使い方かなと思う。

  • 末尾の解題によって、執筆時の背景が理解でき、作品の捉え方も変わった。

  • 「激しい雨が降ろうとしている」「グッド・ニュース」が特に好きだなあ。
    と、述べることって効果的な自己紹介ですよね。
    どうも、私の好きなお話はこの2編でした、宜しくどうぞ〜って。

    この作品刊行の前に書かれたノルウェイの森と相反して、脱力感に溢れたこの超短編は、村上春樹さんのスキル幅の広さを感じると同時に、隠れた背景が気になってしまう。

    その答えは解説にあり、ノルウェイの森のミリオンセラーで作品が書けなくなるほどの深い傷を負うことになったという。

    村上春樹ファンとしては、再び作品を出版してくれていることがとても幸せ。春樹さんが今も小説家である事実は、当たり前ではないなと。

    また、それと、一体この世の中は何が成功なのか、何が幸せなのか、わからなくなった。

  • 「使い道のない風景」と「青が消えた」が良い〜〜

  • 『青が消える』

    「僕」にとって大切な「青が消えてしまった 」という点と、総理大臣が「僕」に言った若山牧水の短歌についてなぜその歌を歌ったのかという二つの点をおさえて考察をした。
    まずなぜ青がなくなったのか、についてだがこれは「青」といった色というよりは「青」という色で表現された「昭和」という時代に置き換えているのではないかと考えた。またこの「青」という色が「僕」にとって好きな色で大切な色だった、つまり価値があるものだった、ということから「昭和」という時代の色が好きであった、ということではないかと考える。
    そして本題の「価値」についてだが、価値があるというのは、人それぞれ価値観というものがあるから、人によってはその物について魅力が感じられなかったりまたは、その価値について共感できなかったりすることは多くあると考える。例えば、今回の物語でもそう言えると考える。「青」という色(昭和)を必死に探す「僕」しかし、他人から見れば「青」という色の価値が分からない(昭和の価値<2000年である)つまり、昭和という価値が分からなかったり、魅力がなかったりし「白」という色(何にも染まっていない、いわばこれから新しい色に染めるというような)2000年という年号の価値の方が高く、たとえ「青」(昭和)が無くなったとしても「青」(昭和)に興味がない人にとってはそれが無くなったとしても差し支えないのだ。例えば、趣味でも好きな歌、アーティストでもそうである。その人の心に残ったりするから価値があり魅力がある。しかし、そのアーティストからなんの価値も魅力も感じられない人にとってはそのアーティストは必要なくなる。このように人々はその物に価値をつけ、見つけることによって価値を位置づけ大切であると感じるようになると考える。
    それを踏まえ、もう一つの若山牧水の短歌について考えた。
    総理大臣が「美しい短歌」というのは、若山牧水の「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 」である。なぜこの短歌を歌ったのかということだが、これは若山牧水が歌った短歌の反対で「青」を白に染める(昭和という時代を2000年という新しい年号(平成)という色に塗り替える)という意味なのではないかと考えた。これは本来、若山牧水が歌ったような「可哀想」というような同じ意味表現としてもこの作品にも使用されたのではないかと考える。つまり、「青」という色を求めるイコール「昭和」の思い出などを求める「僕」(「僕」以外から見れば、まだ昭和に置いてかれていて可哀想な「僕」)と、年号が2000年になるというので盛り上がっている「僕」以外の考えや感じ方の対比であると考える。これは先ほども言ったようにお互いの価値観があるのでお互いの意味は分かることはないと考える。また、「僕」に対して総理大臣が「形あるものはすぐになくなる」それは時が進むことによって存在していたものはなくなるという意味で、本文でも書かれている通り、時が経てば二十世紀がなくなる、あの天才であるジョンレノンでさえ死に至り今は生きていないということ、神様という概念だっていつかは消えてしまうということ、スィング・ジャズ、LPレコード、人力車なども時が進んでいくに連れて考え思想、物事は変わっていくのだと言いたいのだと考える。つまり「僕」以外は新しい2000年という年号を待ちわびていて、「僕」は「昭和」という時代の中にいているというイメージ。つまり、まだ「昭和」という時代を惜しんでいる事について「可哀想」という表現が入っていて、いつまでも昭和というものにすがるなとでも言っているように考える。しかし、初めの方でも言ったが、価値観というのは人それぞれ違うのである。これは「僕」が「年号が2000年になったからといっていったい何が変わるというのだ」ということ考えていることと、「僕」以外が青を探すこともなければ「青」の価値などを分かろうとしてないことからもこの二つの人種が対比していることは一目瞭然だが、逆に言えば「僕」も「僕」以外も同じ立場であると言えると考えるのだ。
    この事から言えるのは、時が進み事によっていろんな考えや物は消え無くなっていくという事、また、自分にとって大切なものというものは自分にとってどれだけ価値があるものでも自分の気持ちは誰にもわからない、ということをこの作品を通して伝えたかったのだと考える。

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA59788460

  • 「使い道のない風景」は、作家と通じるものがあった。村上春樹のとらえる「旅」の神髄に深く共感した。「ふわふわ」も村上春樹の作品らしくない、リアリティを感じさせる地に足の着いた作品だったと思う。身近な猫の描写から、その猫に関わる一人の人間の「幸せ」が感じられる。こういう書き方をした作品に触れると、村上春樹に親近感を抱いてしまう。

  • ” 青が消える. ”
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  • 解題 僕はノルウェイの森とダンス・ダンス・ダンスというふたつの長編小説を発表したあと、かなり長い精神的な落ち込みの状態に入り込んでしまった。…
     その二冊の本を書くこと自体はとても楽しかった。もちろんそれなりにきつい作業であったけれど(長編小説を書くことがきつい作業でなかったとしたら、いったいこの世界で何がきつい作業なのだろう?)


    TVピープル
     TVピープルが僕の部屋にやってきたのは日曜日の夕方だった。
    …彼らは全部で三人だった。

    飛行機―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか

    我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史
     僕は1949年に生まれた。1961年に中学校に入り、1967年に大学に入った。そして例の派手などたばた騒ぎのさなかにめでたく二十歳を迎えることになった。

     女の子について話そう。ほとんど新品の男性用生殖器を身につけた我々と、その頃まだ少女であった彼女たちとの、どたばたした愉快で物悲しい性的な関係について。それが子の話のテーマのひとつである。
     まず処女性について(「処女性」という字の感じは僕に天気の良い昼さあがりの春の野原を想像させる。どうしてだろう?)

     これは僕の知り合いの話である。
    …僕と彼とはあろうことかルッカという中部イタリアの町で出会った。
    …彼は家具の買いつけにルッカまで来ていた。

     彼と藤沢嘉子はいわば精神的な双生児だった。
    「あなたのことを好きよ、とても。でもそれとこれとはまったく別のことなの。それは私にとってきちんと決まっていることなの。悪いとは思うけど、我慢してね。お願い。私のことが本当に好きだったら、我慢できるでしょう?」

     女というのは男の人より成長が早いのよ。そして早く老化するの。あなたにはまだ世の中というものがよくわかっていないのよ。私たちが大学を出てすぐに結婚しても、きっとうまくはいかないわ。私たちはきっと今のままではいられないわ。もちろん私はあなたのことを好きよ。生まれてからあなたの他に好きになった人はいない。でもそれとこれとは別なの(それとこれとは別というのが彼女の口癖だった。)

    加納クレタ

    ゾンビ
    「私の耳にひょっとしてほくろがある?」
    「ほくろ?」と男は言った。「ひょっとしてそれは、右の耳の中にある品のないみっつのほくろのことかな?」
     彼女は目を閉じた。つづいているのだ。

    ホルン

    鉛筆削り(あるいは幸運としての渡辺昇①)
     渡辺昇はバッグの中にいつも交換用の新品の鉛筆削りを入れて持ち歩いているのだ。

    フリオ・イグレシアス

    タイム・マシーン(あるいは幸運としての渡辺昇②)

    コロッケ
    「セックスが駄目なら、他に何か私にできることをやらせてください。とにかく二時間たっぷりサービスするようにって上の人に言われてきたんです。カラオケなら唄えます。サザンの「いとしのエリー」なんか上手いですけど」
    「じゃコロッケつくります。コロッケ作るのすごおく得意なんです」
    「いいねえ」と僕は言った。僕はもうなんてったってコロッケが大好きなのだ。

    トランプ

    新聞

    ドーナツ化

    アンチテーゼ

    うなぎ

    高山典子さんと僕の性欲

    タコ
     やれやれ、と僕はため息をついた。渡辺昇はまた僕と誰かをとり違えているのだ。

    虫窪老人の襲撃

    スパナ

    ドーナツ、再び
     上智大学ドーナツ研究会というところから-まったく最近の大学生はいろんなことを思いつくものだ。―ドーナツのあり方について語りあいたいのだけれどシンポジウムに参加してはもらえまいか、という電話がかかってきた。

    夜のくもざる

    ずっと昔に国分寺にあったジャズ喫茶のための広告

    馬が切符を売っている世界

    バンコック・サプライズ

    ビール

    ことわざ

    構造主義

    大根おろし

    留守番電話

    ストッキング

    牛乳

    グッド・ニュース

    能率のいい竹馬

    動物園

    インド屋さん

    天井裏
     家の天井裏に小人が住んでいると妻が言い出したのは正月の元旦のことだった。

     私は板をもとに戻して押し入れから出てきた。喉がひどく渇いていた。ビールが飲みたかった。でもそこはもう私の家ではなかった。そこにはテレビもなく、冷蔵庫もなく、妻の姿もなく、正月もなかった。

    もしょもしょ

    激しい雨が降ろうとしている

    嘘つきニコル

    真っ赤な芥子(けし)

    夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について

    使いみちのない風景
     結局のところ僕は「定着するべき場所を求めて放浪している」ということになるのではないかと思う。もうここからは一歩も動かない、我々はここに留まる、と決意できるような場所を求めて。

    ふわふわ

    青が消える(Losing Blue)

  • 短編集『TVピープル』とショートショート『夜のくもざる』をメーンに編まれている。本邦初収録「青が消える」が収録されているのでそれを目当てに。『夜のくもざる』に関しては水丸さんのイラストがないと少々物足りない。

  • <閲覧スタッフより>
    大手前大学 交流文化研究所主催 文芸講演会
    村上春樹と『阪神間文化』の周辺-私がめぐりあった作家たち-
    講師:ノンフィクション作家 小玉武 先生

    文芸講演会記念 特集展示本
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    所在記号:918.68||ムハ||2-1
    資料番号:10146782
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  • 巻末の村上春樹さん自身による解説がとても面白かった。作品がどういう風に生まれたのかを知ることが出来て興味深かった。

  • 短編集。ものすごく短い「ひょひょいのひょい」シリーズは嫌いじゃない。

  • ★2014年6月12日読了『村上春樹全作品 1990~2000 第1巻 短篇集I』村上春樹著 評価B
    約45作品が収められていて、短いものは約2ページ。JPRESSの広告に載っていた短編も数多く含まれており、短い話に村上らしいウィットに富む、不思議な世界が広がっている作品も多い。
    すでに私はどこかで一度は読んでいるはずなのだが、全く新しく読めるのは、嬉しいことではあるのだが、一面年取って遂に何度でも同じ作品を新鮮に読めてしまう?!悲しさも感じざるを得ない。
    わたし的には、村上氏の作品のピークは世界の終わりとハードボイルドワンダーランドあたりで、その後は彼の独特な世界がどんどん薄味になっていくのを寂しい思いで毎回読み守っているというのが、正直な感想。

    この本の巻末に、村上氏自身による解題があり、ノルウェイの森でお化け売れっ子作家になった彼は何かを大きく失った苦しみ(彼は巨大な津波のようなものと書いていた)と得たものの日々がそれとなく語っていて、興味深い。

    久しぶりに軽い村上短編を読んでみるのもたまには良いものです。

  • 何度読んでも面白い

  • ひょひょいのひょい…。
    どないやねんな、どっちやねんな、とつらつら書き綴るのが持ち味やと思うので、ひょひょいのひょいだとホンマになんだか分からんすね。
    ゾンビ好き。

  • 著者が肩の力を抜いて?執筆した短編集、読者も長編にはない気軽な楽しみを発見する。

  • ハルキストになりかけていたので、大学3年の夏に図書館で借りてまとめ読み

    掴めない雰囲気、スカした主人公とアクの強い脇役
    でも好きだから不思議だ

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著者プロフィール

1949年京都府生まれ。『風の歌を聴け』(1979年)で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。『羊をめぐる冒険』(1982年)で野間文芸新人賞受賞。『ノルウェイの森』(1987年)がベストセラーとなる。海外でも高く評価され、2006年フランツ・カフカ賞、2009年エルサレム賞、2011年カタルーニャ国際賞を受賞。その他受賞多数。

「2016年 『村上春樹とイラストレーター 佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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