桜島・日の果て・幻化 (講談社文芸文庫)

著者 :
制作 : 川村 湊 
  • 講談社
3.72
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本棚登録 : 173
レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061960473

作品紹介・あらすじ

処女作「風宴」の、青春の無為と高貴さの並存する風景。出世作「桜島」の、極限状況下の青春の精緻な心象風景。そして秀作「日の果て」。「桜島」「日の果て」と照応する毎日出版文化賞受賞の「幻化」。無気味で純粋な"生"の旋律を作家・梅崎春生の、戦後日本の文学を代表する作品群。

感想・レビュー・書評

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  •  高澤秀次が「戦後日本の論点」で山本七平について論じつつ、結論部で「帝国陸軍が必死になって占領しようとしている国が、実は「日本国」そのものであった」と述べている。「日本の陸軍はアメリカと戦うつもりはまったくなかった」「日本軍にはフィリピン等を統治するつもりもまったくなかった」なぜなら将校は刀や馬術の訓練をしていたのだから。ジャングルで、刀や馬がなんの役に立つだろう。
     いくら、刀や馬が軍隊としてなんらかの意味や威厳のあるものだとしても、ここまで合理的・戦略的にならなければいけない全面戦争時にも、刀と竹やりで突撃するわけである。
     日本の反戦ドラマでも、よくあることだが、敵の姿は全く描写されない。これは、山本を論じる高澤の「日本軍論」と同じで、つまり、「反戦ドラマ」は「日本軍のやってたこと」とまったく同じであるということだ。山本を論じる高澤の言う通り、日本は戦争をしていないのだ。なぜかわからないが爆弾が降って来て人が死ぬ。日本は、なぜ日本は戦争しているんだと日本に怒っている。どうして原爆を落としたんだと日本に怒る。日本は日本と戦争し、占領しようとしていただけであった。
     梅崎春生の「桜島」「日の果て」「幻化」の三作は、兵隊側の視点から、日本と闘う日本軍を見事に描き切っている。「桜島」における、穴を掘らせる作業の不合理もそうだし、「日の果て」における仲間同士の殺し合いもそうだ。それから、最も印象的なのは「桜島」のここだ。
    ・・・
    「よし!」
     立ち断るように吉良兵曹長はさけんだ。獣のさけぶような声であった。硝子玉のように気味悪く光る瞳を、真正面に私に据えた。
    「おれはな、敵が上陸して来たら、此の軍刀で――」
     片手で烈しく柄頭をたたいた。
    「卑怯未練な奴をひとりひとり切って廻る。村上。片っぱしからそんな奴をたたっ切ってやるぞ。判ったか。村上」
    ・・・
     言葉なしで、具体的な集合時刻も告げない田舎の集会みたいな状態の行き着く果てが、この場面だと思う。「米軍に切りかからんのかい!」と誰もがツッコむだろう。することがない。することがないというのは敵を殺せないということ。また、日本を守れないということ。つまり、日本を占領する日本軍として機能できない。機能できないが、機能し続けるしかない。ならば、味方を殺すしかない。
     「日の果て」も、日本軍が戦っているのは米軍ではなく脱走兵である。餓死と脱走兵ばかりで、敵の姿はない。主人公も、いつ脱走しようか考えている。どうせみんな死ぬのに、「脱走」するとはどういうことだろうか。その極限状態のなかで、味方同士が殺し合う話だ。
     「幻化」は、精神病院から逃げ出した元軍人が阿蘇山まで向かう話だ。幻覚に悩まされつつ、自分はいったい誰にどうしてほしいのかわからないまま、逃げ続け、阿蘇山の火口までたどり着く。そこで、映画のセールスマンを名乗る男と再会し、火口のまわりを散歩しながら賭けをする。
     セールスマンは、僕が火口をぐるっとまわっている間に、僕が火口に飛び込んだら僕の勝ち。もし死なずに戻ってきたらあんたの勝ち、という。いよいよ歩き出すというときに、「自殺するとは言いませんよ」とセールスマンは言う。「火口を一巡りして、自分がどんな気持ちになるか、知りたいだけですよ。二万円でそれが判れば、安いもんだ」
     そういって、出発するわけだが、主人公はその歩く姿をはらはらしながら、有料の望遠鏡をのぞきながら見守る。「しっかり歩け。元気出して歩け!」と言いながら、セールスマンを見つめ続ける場面は象徴的で行き着くところまで行き着いて書いている感があってとてもよかった。
     幻化のエピソードとして、福という男が、アルコールをしこたま飲んで海で泳いでおぼれて死ぬ場面が出てくる。自殺するつもりでもないし、生きるつもりでもない。そこに突入したのだ。

     梅崎春生の本著で語られているのは、「戦っているけど生き残れない/脱走しても生き残れない」という状態で「じゃあなんで生きてるの?」ということ。あまりにも大きな歴史の流れの残酷さの中で、「なぜ俺たちはこうしているのか」という状態を書ききったものだ。「幻化」における、火口をまわるサラリーマンもそう。飛行機のまどに油が飛び散るところもそう。「死」がどうしようもなくそこにある時、人は生きているのか死んでいるのか、どちらでもなくなる。どちらでもなくなる場合、どうなるのか。明確な答えはないが、名刺を渡したり、望遠鏡でのぞくぐらいしかできないところまで書いたのは素晴らしい。

  • 島で魚釣りをする話?の短編を読んで梅崎春男に興味を持った。この小説では戦争体験が多く、共感しづらい点も多く。ただ、独特な視点からの細かい行動描写、心情描写はさすがでありました。暗い内容が多い様子。

  • 授業のプリントで読んで、すごくおもしろかった ので追加

  • 『桜島』では、広島への原子爆弾投下を示す「大きなビルディングが、すっかり跡かたも無いそうだ」「全然、ですか」「手荒くいかれたらしいな」「どこですか」「広島」の淡々とした会話が印象的でした。玉音放送は「何の放送だった」「ラジオが悪くて、聞こえませんでした」「雑音が入って、全然聞き取れないのです」は、実際どこもがそのような状況だったのではないかと思わせます。『日の果て』はラストが鮮烈でした。『幻化』は、精神病患者の逃避行なのですが、死の影が絶えず付きまとっている印象を持ちました。

  • 頭のタガが外れてしまった元海軍兵が主人公のロードノベル「幻化」がよい。どこまでが実際に起きていることで、どこまでが幻なのか。主人公とすれ違っていくひとびとが、水中でのようにひずんで見えるような感覚が不安でたまらなくて引き込まれた。何かが起きてしまってそれで主人公は病院に入る羽目に陥ったのに、それが何なのかは隠されている感覚。でも何が起きたのかはっきりわかっていたら入院なんてしないで済んだんだろう。

  • 死と向き合う。生きる意味を考え直す。幻化にはそんなキーワードが見えてくる。主人公に昔生きた土地をたどらせる行為は、晩年の作者の意思の表れか?阿蘇の淵に立つ男に、「歩け」と「飛び込め」の相反する思いを投げかけ、実は自分自身に投げかけている思いではないか、と思わせているところに、作者からのメッセージが込められているような気がする。

  • 戦争による心の傷は静かな狂気だ。

    「桜島」「幻化」を読んだ。

  • 幻化、神経が悪い人の小説。精神病院を抜け出して戦時中の記憶を頼りにふらふら彷徨う。好感が持てます。

  • 先生に勧められて読んだ本。
    表題の3篇の他に、梅崎のデビュー作「風宴」が入っている。
    代表作の「桜島」もよかったけれど、私がとても好きだと思ったのは晩年に執筆されたという「幻化」だ。
    東京の精神病院から脱走してきた男が、戦争中に軍務に服していた南九州へと向かう。奇妙な同行者といっしょになったり、一人になったり、土地の子どもと知り合ったりしながら、戦争中の記憶をたどっていくのだ。
    自分が異常なのか正常なのかわからない。
    何から逃げているのか、どこへいくのかわからない。
    何もかもがはっきりしないまま、はっきりさせようともしないまま、かつての記憶に現在の人々を重ね合わせるように、人と出会い、別れながら移動を続ける男の物語だった。

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著者プロフィール

一九一五(大正四)年福岡市生まれ。小説家。東京帝国大学国文科卒業前年の三九(昭和一四)年に処女作「風宴」を発表。大学の講義にはほとんど出席せず、卒業論文は十日ほどで一気に書き上げる。四二年陸軍に召集されて対馬重砲隊に赴くが病気のため即日帰郷。四四年には海軍に召集される。復員の直後に書き上げた『桜島』のほか『日の果て』など、戦争体験をもとに人間心理を追求し戦後派作家の代表的存在となる。『ボロ家の春秋』で直木賞、『砂時計』で新潮社文学賞、『狂い凧』で芸術選奨、『幻化』で毎日出版文化賞。一九六五年没。 一九六九年三重県生まれ。文筆家。「大学在学中からフリーライターの仕事を始めるも、なかなか生計が立てられず、アルバイトで食いつなぎ、現在にいたる」というプロフィールを長く使い続ける怠惰ぶり。著書に『活字と自活』『書生の処世』『日常学事始』(本の雑誌社)、『閑な読書人』(晶文社)、『本と怠け者』(ちくま文庫)など。

「2018年 『怠惰の美徳』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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