叫び声 (講談社文芸文庫)

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  • 講談社 (1990年3月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (260ページ) / ISBN・EAN: 9784061960718

作品紹介・あらすじ

新しい言葉の創造によって“時代”が鼓舞される作品、そういう作品を発表し続けて来た文学者・大江健三郎の20代後半の代表的長篇傑作『叫び声』。現代を生きる孤独な青春の“夢”と“挫折”を鋭く追求し、普遍の“青春の意味”と“青春の幻影”を描いた秀作。

みんなの感想まとめ

孤独や挫折を抱える若者たちの心の叫びを鮮烈に描いた作品は、時代の空気を反映しながらも普遍的な青春の意味を問いかけます。特に「怪物の章」では、圧倒的な表現力で読者を引き込み、時には笑いを誘う独特の言い回...

感想・レビュー・書評

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  • ものすごい作品だった。特に怪物の章は身震いした。よくこんな文章書けるものだ。大江さんしか書けないだろうな。
    複雑の想像つかない驚異的な言い回しで笑っちゃう時もあるんだけど、慣れてしまえばこの文章が病み付きになる。
    いろんな意見があるかもしれないが、自分は大江さんはノーベル文化賞に抜群にふさわしい方だと思う。

  • うわぁぁぁーーーーーっ!
    確かに、しっかりと、その「叫び声」を聞いた・・・。

    「人間みなが遅すぎる救助をまちこがれている恐怖の時代には、誰かひとり遥かな救いをもとめて叫び声をあげる時、それを聞く者はみな、その叫び声が自分自身の声でなかったかと、わが耳を疑う」(ジャン=ポール・サルトル)

    生臭さと、鋭利さと、ざらつきが一度に迫ってくるような、そんな小説。
    エロスとグロテスクとタナトスに彩られ、眉をひそめるような嫌な感覚がびしびし伝わってくるのだが、それがまた生々しくて、小説の状況とは裏腹に活き活きとしていて、とても面白かった。青春群像劇特有の疾走感も良かったのかもしれない。

    サルトルの言葉からイマジネーションを受けた大江は、社会から疎外された、僕、呉鷹男、虎の若者3人とダリウス・セルベゾフとの奇妙な同居生活、そして、彼ら共通の夢、レ・ザミ号での航海を目標とするところから端を発して、それぞれが声なき「叫び声」を発するにいたるまでの人間模様を鮮烈に描いている。
    希望を打ち砕かれ、閉塞感が漂いながら、しかし、孤立な生き方しかできない若者たち。社会は決して受け入れてくれず、また、社会に馴染もうとせず、最後の居場所として集った若者たち。若者時代に感じたこうした何かを少しでも思い出せれば、彼らの叫び声はまさに真に迫ってくるものとして感じられるだろう。
    大江の創作した若者たちはかなり極端である。そして、性的な色を放ち過ぎている。しかし、だからこそ僕らは矮小な自分として、こうした感覚が呼び醒まされてくるのだ。

    大江の放つ「言葉」はみずみずしくも研ぎ澄まされている。1960年代という時代に対して、大江自身の「叫び声」として真っ向から対峙し、勝負した作品であったのではないだろうか。

  • 発せられる声よりかは内から表出せざるを得ないものだった。黄金の青春を結節点として沈んでいく、その幻影の持つ不安は逃れ難いものだった。恢復を目指して書かれたとされているが、恢復に必要な折り合いの意味であるように思えた。徐々に自分自身の幻影による無意識を意識し始め、新たな存在を獲得していく彼らをみていたがその先にあるのは暗い現実であるが故に、幻影に留まり続けるダリウスを非難できないのだと思った。


  • 伊坂幸太郎を筆頭に、絶賛される事の多い本作だが自分はハマらなかった方。
    エネルギーを加えて描くべき人物が分散されていていたり、ギトギトした人物の描写が少なく薄口に感じた。

  • のっけから激しい。

  • 大江健三郎は今のところせいぜい10冊かそこらしか読んでいないけれど、個人的には初期の作品のほうが好きだと思うことが多く、20代で書かれたこれもとても良いと思いました。勝手な印象だけど、大江健三郎はやはり結婚→障がいを持った息子の誕生あたりから、私小説的な方向へ転換した気がするので、それ以前の、純粋に小説っぽい作品のほうが自分の好みには合うのかも。

    筋書きだけ追えば、疑似家族的な絆で結ばれた4人がバラバラになり、逮捕されたり殺されたり殺して死刑になったり結局何も達成されない悲惨な結末をそれぞれ迎える、それだけの話ではあるのだけれど、『叫び声』というタイトルと、いつの時代も、ここではないどこかへ向かいたがる若者の心理、たとえ向かう先が破滅であっても突っ走るしかない疾走感、焦燥感のようなものが胸に迫ります。

  • 結局やめてしまったが、かつて僕も、大学の国文科にいたことがある。
    そこには、現代文学のゼミがあって、僕はそのゼミに入った。
    その年は、大江健三郎、筒井康隆、井上ひさしなどをやった。
    「死者の奢り」と「個人的な体験」をやったのは憶えている。
    しかし、その頃大江健三郎の文章は難解で、とても馴染めなかった。
    大江健三郎を積極的に読んでみたいと思い始めたのは、50代になってからだと思う。
    才能のある人の感覚にたどり着くには、長い時間がかかるのだろう。

    「叫び声」はかねてから読みたいと思っていたが、結局、著者の生前には読めなかった。
    大江健三郎が高齢なのは知っていたが、同世代の筒井康隆がまだ執筆などしていたので、書けないまでも元気なのだろうと勝手に思っていたのだ。
    大江の訃報を聞いて、その追悼のコーナーでこの本を買った。
    様々な読み方があるだろう。
    作品全体としては、死や強姦殺人、そして最後には外国人との男色が行われる予感で終わっている。
    しかし、僕は大江健三郎の時折垣間見せるユーモアのようなものが、好きなのだ。
    この作品でも、上流階級の家からラジオを500台集めて、密輸してヨットの資金を調達するなどという現実離れした行動をとる。
    主人公が梅毒恐怖症なのも、虎が自慰行為中毒なのも、僕にはユーモアというかギャグのように思えてしまう。
    このような読み方は不謹慎で、的外れなのだろうが、そのように読まないと息苦しくなってしまうのだ。
    「芽むしり仔撃ち」のような小説が、大江の中では好きである。

  • 芽むしり仔撃ち~性的人間の間くらいの時期、のはず。序盤の陽気さからそれぞれ破滅に向かっていく様子は、若者特有の精神的な危機をなぞるかのよう。大江健三郎を未読の人におすすめしたい。

  • 再読。サルトルの引用文で始まるこの小説、行き場のない青年達の渇望と絶望の犇めきに押し潰されそうだ。ここではないどこかに行きたい。そう、なまじ渇望があるから絶望も比例する。内なる自己の叫び声を聞いてしまった時、最早逃げ場さえも失ってしまう。なんて苦しく悲しい結末。でも私はこの小説が大好きだ。一縷の望みすら断たれ破滅に向かうガラスの心の優しい青年達。叩け、叩き壊してやれ。誰もが健全に前向きに生きられるわけではない。当時の大江の苦しみそのままに生々しい鮮血が行間に滴る。これぞ真正の青春小説。この痛みを忘れるな。

  • 伊坂さんオススメ本。

  • 悲しい本。初の大江健三郎でしたが、確かに魅力は多かったです。セルべゾフ何してんねん

  • 2021.10.10 読了
    思ったことをつらつらと。
    解説にもあるが、絶望と逃避の成長物語という視点が新鮮な読後感を与えた。
    異端児の青年たちによる退廃の青春からサルトル的な観念を獲得してゆく過程が暗い印象をまといながらも全体を優しく包み込む爽快感を感じた。
    個人的ではあるが、サルトルの「嘔吐」を思い起こさせるような「僕」の観点への成長や、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」の如き異端思想青年らの生活ぶりは読んでいてとても親近感が湧いた。
    大江の文体はどこか優しくてなめらかな印象を与える。
    それもあって、隔絶と退廃、絶望と希望を展開する物語を気持ちいいものにまとめあげている。
    腐った懐かしのカルピスソーダは多分こんな味なのだろう。

  • 伊坂幸太郎がこれを読んで作家になろうと決めたと知ってからずっと読みたかったもの。
    青春小説。しかしあれだけ信じていたダリウスが結局のところただのゲイで最終的に主人公を口説いて終わると言うのが青春の終わり、と言う感を表していた。
    友人2人に死なれたが、共感する人がどこにもいないのが切ない。

  • 登場人物の鷹男が生い立ちや夢を主題として持っているように、大江の小説にも現実世界との距離や恐怖、不安といった主題は常にあって、その表現の発露が逐一好きだなと思ってしまう。
    「オナニイの魔宣言」や大学生の女と議論するあたりは笑った。



  • 呉鷹男
    ダリウスセルベゾフ

    自分自身が何者であるのかを確定させようと、自分自身のいるべき場所、あるべき姿になろうと醜いほどにもがく3人。
    いっときはヨットでの旅という共通の目標に自分の居場所、生きる意味を見いだした4人だったがそれが叶わなくなった時、孤独と戦いながらも一人で"自分"を手に入れようとあがき狂う。

    そんな3人の渦の中に迷い込みんだ僕。自分の耳の奥深く谺し続ける痛ましい叫び声に押し潰されそうになるのだった


    他の作品に比べ読みやすかった分、ページをめくる手が止まらなかった。苦しい、のひとことだはすまされない悲痛な感覚に陥った。呉鷹男の話は町田康の告白と少し似ていて、自分が何者かを確定するということが人間にとってどれだけ重要なことなのか思い知った。

  • だれか一人が遥かな救いを求めて叫び声を上げる時、それを聞くものはみな、その叫びが自分自身の声でなかったか、考えたくなるものだ。

    小説の中に描かれた人間模様は、「青春」とか一言で表されるような生易しい様相ではなかった。しかし若者たちの抱える叫び声は、少しずつ自分の中に染み込む気がしたのも事実である。叫びの重なり、とふと思わされた。
    私は。激しさの中に潜む純粋な欲や願望に久しく触れてなかった気がした。マネはできないし、しようとも思わないけれど、生きている上で、この渇望を永久に忘れないことが必要なんじゃないかと思う。

  • フィクションをあまりに切実に受けとめすぎるというのは欠点である。しかし記憶に残るのは自分と合わせ鏡のような小説ばかりだ。おもしろい小説は苦痛を伴う。

    ところで岸政彦には彼ら3人にまたこう言って励ましてあげてほしい。
    「若いやつ頑張れよ。だいじょうぶやで、もうすぐ若くなくなるから。そうなったら楽になるからな。」

  • 大江健三郎が描く、黄金の青春時代とその幻影についての作品。過激な性描写とトピックスが荒々しい青春の光と影を描写する。

    若者特有の青春に対する焦燥感や孤独感を、性描写や突飛な行動で荒々しく描写することで、がつがつとした雰囲気を巧みに表現されている。それが読む人の心にずかずかと突き刺さる感じがする。しかし、ずかずか部分が太すぎて、表現が痛い。読んでいて辛い。青春の明るさよりも、野放図に取り組み、跳ね返される、まるでドン・キホーテを地で行っているような。ドン・キホーテは正しいと信じる道を、たとえ勝ち目はなくとも突っ込んで行くという正しさへの希求があるが、本作品では正しいかどうかよりもやりたいかどうか?に重きが置かれている。それが青春だと言われればそうかもしれないが、一方では可物になるのだ、という思いを実現していく精神状態とはいったい何なのか?青春のベースとなるものがやっぱり出自や環境なのか?そこに暗い『叫び声』を感じてしまうのだ...

    各人が持つ性癖や出自に縛られ、目指していた夢が破滅へとつながってしまう。それが仲間からの離脱につながり、孤独に陥ってしまう。「荒涼として荒涼と荒涼たり」とつぶやき、孤独と挫折のなかで僕は叫ぶのだ。

  • かなり読みやすい。
    皮膚をえがくのにもいちいちつきまとうじめじめとした失望感が、青春のどうしようもなく輝かしい・淡い希望にもおよんで、彼らを失意の底に陥らせる。
    この青年たちに固有の絶望感はしかし、やけに生々しく実に青春的で、どこか清々しい。

  • 図書館で。伊坂幸太郎氏がエッセイで何度も面白いと取りあげていたのでじゃあ読んでみるか、と借りてみました。
    大江健三郎氏の著書は2、3冊読んだことはあるのですが作者が年を取るにつれて文章が難解で独りよがりになる感じがしたのでこれぐらいならわかりやすいし面白いかも、とおもいました。死者の奢りも面白かったな。

    一言で言うと多分青春小説だと思うのですが清くも正しくもない青年達がヨットに乗ってまだ見たことのないどこか、約束の地へ向かうという目的を持って集まり、当然のように挫折し人生からリタイアし、社会生活から逸脱し、現状から逃げ出していくというようなお話でした。結構重たい話のはずなのにやることなすことどこか間が抜けているからかなんとなく滑稽なお話に思えるのが不思議。それにしても作者の根底にある女性への憎悪に似た嫌悪はなんだろうか。まあ同性愛とは違うんだろうけれども同性とつるんでいる方が楽だとか楽しいって人は多いしなぁ。(まあ最終的に彼らのパトロンはそれっぽい人だったと知る訳だけれども)まあそれが良いとか悪いとかでは無く。

    確かにあれは青春の黄金の時だった、というような文章が何度か繰り返し使われていてなるほどなぁと思いました。気の置けない仲間とバカみたいな事をして毎日を過ごすのはそれこそ夏休みみたいな感じで輝いて見えるんだろうなぁ。もっとも夏休みやバケーションは終わるからこそ後から輝いて見えるという事を青春真っただ中の若者たちは知っているのだろうか。知っているからこそ現状から逃げ出すために焦燥し、足掻いているんだろうか。ここではないどこかへ、大人にならないために叫ぶのだろうか。そんな事をおもいました。

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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