マチウ書試論・転向論 (講談社文芸文庫)

著者 :
制作 : 月村 敏行 
  • 講談社
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本棚登録 : 185
レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061961012

感想・レビュー・書評

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  • マチウ書試論のみ読了。
    探偵のように原始キリスト教を追いつめていく吉本隆明。面白かった。
    「関係の絶対性」は最後のほうに少し出てくるだけ(それも突然に)。

  • とりあえず「転向論」は読み終わった。
    日本という環境が生み出した「田舎インテリ」が忘れかけ、いやほとんど忘れてしまったと言ってよい日本の封建的な制度という優性遺伝子の存在に足元をすくわれるという話。日本という国は日本人にとって離れようと思っても離れられない。そんな国で我々は生きていくのだ。ということを忘れてはならないと考えた一冊。

  •  日本における戦後思想の巨人とも言われる吉本隆明(最近はむしろ娘さんの吉本ばななの方が有名だけど)。彼の立ち位置を簡単に言うとするなら、「お前ら、戦争体験というものをきちんと考えているのか」「知識人とかって観念的な事を適当に言ってるけど、本当に現実を見た上で言ってるのか」という感じか。とはいえ、詩的かつ難解な語彙を用いたその文章は読み解くだけで一苦労。『共同幻想論』とか本当に皆ちゃんと読んでいたのか?
     で、1958年に発表された転向論なのだけど、ここで主張されているのは、戦前におけるマルクス主義からの「転向」というものは権力からの弾圧・強制だけによるものではなく、むしろ彼らが日本の社会構造の相対を捉えそこなったが故に大衆から孤立していた事に原因があるのであって、そうした意味では非転向を貫いた者でも現実と断絶し、大衆的動向と無関係なまま保持されていたのでは同種ではないかとという主張だ。
     基本的に、このような捉え方に異論はない…のだが、どうしても違和感が残るのは、「大衆」という言葉を肯定的な面で用いている事。現代に於いては、むしろ大衆という言葉は"愚かな大衆"みたいな批判的な文脈で用いられる事が多く、またそもそも大衆って言った時にアンタはどうなのよ?といった具合に、正直「大衆を批判している自分」を肯定するための手段としか思えない物言いも多々見受けられる気がする。
     むしろ、今、語られるべきなのは「他者」についてだ。大衆と言うものの最小単位であり、かつ自己の理解外にありながら自己と関係しようとする他者。あらゆるものが断片化し孤立化してしまっても、それでも自己の中から想起されうる他者。この他者というものについて考えてきたレヴィナス、を研究していた内田樹がこれ程までもてはやされるのも、そうした文脈があるのかも。勘だけど。

著者プロフィール

1924年、東京・月島生まれ。詩人、文芸批評家、思想家。東京工業大学工学部電気化学科卒業後、工場に勤務しながら詩作や評論活動をつづける。日本の戦後思想に大きな影響を与え「戦後思想界の巨人」と呼ばれる。2012年3月16日逝去。

「2019年 『吉本隆明全集20 1983-1986』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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