かげろうの日記遺文 (講談社文芸文庫)

  • 講談社 (1992年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (260ページ) / ISBN・EAN: 9784061962002

みんなの感想まとめ

女性の生き様や心の複雑さに焦点を当てた作品は、平安時代の物語を現代的な視点で捉え直しています。特に「町の小路の女」という視点から描かれる物語は、古典的な表現を用いながらも流麗な文章で展開され、読む者を...

感想・レビュー・書評

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  • 川端康成に「言語表現の妖魔」と言わしめた作品と知り読むことにした。

    場所は多くが登場人物の邸宅で、しかも大半は登場人物同士の一対一の会話からなるが、その中にこれほど人の心を深められるものか。

    紫苑の上に忠盛が迫った場面で忠盛が求めたのは紫苑の上の髪であった。女の気持ちを中心に進む話の中で、遺髪ならともかく生きている女の髪を本人に求める男。人を想う気持ちに男も女もないのかもしれない。

    その忠盛に対し紫苑の上はこう言う。
    「いいえ、誰もが、心でそのように人のおもかげを偲ぶものでございます。」(p.155)
    これは、母の影を追う犀星自身の気持ちか。

    最後の場面にいかにもな衝撃の展開を用意する小説は好まないが、こと本作に関しては圧巻というほかない。物分かりの良さを見せてきた冴野の、嫉妬を超えた怨念すら感じる。冴野が実際にその場に現れたのではなく生きたまま霊となったのだろうが、当時の考えでこの事象を見れば、冴野がその場に現れたも同じであろう。

    冴野が去ったはずの後に紫苑の上がこう述べる。

    「殿、生きた二人の女というものが、思い余って一人になるということも、そして一人の殿に仕えるということも、あり得るような気がいたして参りました。」(pp.208-209)

    その意味するところを考えると何とも恐ろしい言葉だが、それほどまでに兼家を求めたか。

    この兼家という男に然程の魅力があるのか首を傾げなくもない。併し兼家もまたどこにもいるはずのない女を求め続けているように見え、それが女たちに兼家から求められたいという想いを抱かせるのかもしれない。

    これほどの作品が書店で容易には手に入らないのが、つくづく勿体ない。

  • 『蜻蛉日記』それ自体にはあまり描かれることのない「町の小路の女」に焦点が合わせられている。
    平安時代の物語を現代語のように読むことができれば、きっと、こんな感じだろうと思わせる流麗な文章が良い。

  • <poka>
    とにかく文章が美しい!
    古い表現に慣れてしまえば、これほど美しい文章はない。
    そして女性の心の美しさも怖さも理解できました。

    <だいこんまる>
    これぐらいで理解したなんて…。まだまだですね。

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著者プロフィール

1889(明治22)年〜1962(昭和37)年、石川県金沢市生まれ。本名、照道。詩人、小説家。父は元加賀藩に仕えた武士だったが、生後数週間で住職・室生真乗の内妻赤井ハツに引き取られる。1904年『北国新聞』俳句欄に句作が掲載され、俳号として「犀星」を使う。1908年、尾山篤二郎らと北辰詩社を結成。1913年に北原白秋に認められ、白秋主宰の『朱欒』に詩が掲載されると、その詩に感動した萩原朔太郎より手紙を受け取り、終生の友となる。
1918年『愛の詩集』『抒情小曲集』刊行。1920年『性に眼覚める頃』刊行。
1934年「あにいもうと」発表。1957年『杏っ子』を刊行、翌年に読売文学賞受賞。
1959年『蜜のあはれ』刊行。1962年、肺癌のため死去。

「2026年 『幻影の都市 室生犀星 憂愁夢幻傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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