青い小さな葡萄 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061962125

作品紹介・あらすじ

1人の日本人留学生が霧の臭いのする町リヨンで遭遇した元ナチの兵士・ドイツ人神学生ハンツの謎めいた履歴。戦争への抵抗の美談に隠れた味方向同士の醜いエゴの争い、息づまる虐殺の歴史、目を覆うばかりの人間本能の崩れ。深い懐疑を抱きつつ、それにも拘らず"神"を求めさ迷う主人公伊原の心を鋭利な文体で追い詰め描く方法的実験。戦後初のフランス留学生だった著者の文学的原点を示す長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 「神を持たぬ者が背負う十字架」

    読了後にふと頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。主人公である井原という日本人は、戦後まもなくのフランスはリヨンに留学している。設定上、彼は信仰を持たない。彼は自身が黄色人であり、戦争で数多の人を殺した日本人であることをこの留学を経て思い知らされ、それから逃れようとしている。この男が、パストルという女性を探す戦争で右腕を失ったドイツ人と出会うことから、物語は進む。

    この物語は、多分に遠藤周作個人の留学の記憶が下地となっている。出版されている作家の日記や、『留学』を併せて読めば、これはすぐにわかるだろうと思うし、『海と毒薬』のテーマに近いものも感じる。むしろ、下敷きとも言えるほど、この作品は小説にしては荒削りである。どのように小説化するのか、その悩みをそのまま書いているし、遠藤自身がまだ何をこれで書きたいのか、掴みきれていない感じも見てとれる。しかし、書こうという熱意、これがこの作品には詰まっている。作家が作家になる軌跡を読んでいるようで、個人的にはこの点が好ましかった。

    『海と毒薬』に近いテーマ性を感じたと書いたが、この作品はことごとく人間の醜悪さ、しかも善にかこつけた悪を凝視するような作品だ。小説の題名になっている「青い小さな葡萄」は、キリスト教で言うところの「徴(しるし)」のことだろうと思うが、これは戦下で右腕を失ったドイツ人にパストルがよこしたものだった。しかしこの葡萄の存在は、つまり徴(しるし)は、物語の最初から最後までその存在を証明されていない。『沈黙』にも通ずる、徴(しるし)を探して、つまりは「青い小さな葡萄」があったか否か、パストルという慈悲深い女性がいたか否かを確かめようとする男たちを際限のない重い暗闇が包んでゆく。

    「善と悪の共犯関係」

    こんな言葉も浮かんでくる。誰も「憎まれるために生きたんじゃない」(作中にある言葉)。しかし、この世界に登場する人物は、好むと好まざると、宿命的に大きな十字架を背負って、そして他人の背負っている十字架を探して安堵しているのだ。

    果たして、井原である遠藤は、この先の物語で徴(しるし)をどう扱うのか、個人的にはこの点に最も興味を持った。彼の作品を追うなかで、彼がこの「青い小さな葡萄」を見つけたのか否か、動向を追ってみたいと思う。

  • フランスのリヨンを舞台に、霧深い町中に沈んでいくような感覚で主人公と共に真相を追った。
    第二次世界大戦、ドイツ占領下フランスでの抵抗運動。戦争の残した憎しみや罪の意識が人々に暗い影を落とす。どんなことが起こっていたかを知ったとき、主人公の感情の移り変わりが手に取るように分かり、闇ともいえる見苦しさをそれに認め…けれど私は決して責められない。それが人間だと思うからだ。
    歴史をもっと知らなくてはいけないし、忘れてはいけないと強く思う。

  • 人種、差別、神の存在、心が追い求めるもの。
    遠藤周作の一貫している思想がずっしり詰まってる。


    戦後、加害者と被害者、生者と死者が線引きされ、
    どこかに属性を持ち社会や権利の中で自分以外のなにものかによって永遠に自分の存在を位置づけされる。


    自分以外の全てに否定されても、
    自分だけは自己を肯定し続けなければいけないのは、
    苦しくなる、ね。

    人間は愚かで、だからこそいつでも救いを求める。
    罪があるから救いがあるのだろうか。
    救いのために、
    罪があってもいいんじゃないかって、そう思った。

  • 芥川賞をとった「白い人」の翌年、昭和30年に出した本。昭和25年から3年間のフランス留学の体験を基盤としたフィクション。
    解説の題は「悪の遍在を凝視する眼」と。

    すごく大雑把にいうと海と毒薬系列の作品だと思う。それと白い人の。復員兵のドイツ人神学生ハンツが探すスザンナという女性を追ううちに抗独運動の裏面を覗き、肌の色とか国境とかで隔てられたものと、隔てられてないものに突き当たる話。クロスヴスキイが白い人に出てくる神学生みたいだなと思った。

  • ナチと抗独派それぞれの醜さと、日本人に科せられた逃れられない罪と、同じ側でもドイツ人に劣等感を感じる日本人と。なんと複雑なテーマでデビューしてるんだろう、この人。すごいなあ。悪のない善は存在しないのか、でも人は善あるいは神を求めるのだろうか。だとすると、ずいぶん悲しい。スペイン内戦を描いた映画でおばあさんが呟く台詞「palabras, nada mas que palabras」を思い出す。どこの国だろうが、結局は誰も一緒で、誰もが悪を抱えていて、どっちが善だなんてレトリックに過ぎないのかもしれない。

  • 「海と〜」より好きだったりする。悲しくって良い。人の泣く情景に、身を切り裂かれる思いです。痛い痛い。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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