- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061962392
作品紹介・あらすじ
「チチキトク」の電報を受け取った時、女は父の幻影を見た。父の死後に結婚した夫とは諍が絶えず、しばしば現われる父の霊に励まされながら陰惨な殺人を重ねる。意識の底からつき上る不気味な想念。愛憎渦巻く夫婦生活を背景に、現実と非現実の交錯する妖しく孤独な内奥の世界を苛烈に描く衝撃作。読売文学賞受賞。
感想・レビュー・書評
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徹底的に描きこまれた日常描写と、主人公への執拗な内面の接近が、本作を際立った傑作へと導いている。読者は強く張られた一本の糸の上を渡るよう強いられるような感覚を、文章から感じざるをえないだろう。
日常と狂気のグロテスクで単純な融和。父の声に勇気づけられて殺人を繰り返す主人公の異常な心理を見張っていると、もはや読後も安易な日常的思考に立ち帰れる自信が失われる。迷路は多くの分岐と行き止まりを含んだ隘路を指すだけではない。広い幅を含み、見上げるほど高い壁に囲まれた一本の道もまた、一種の迷路と呼べるのではないのか。
この小説は、そういった類の迷路に近い。両手を広げても、2つの手が同時に左右の壁に触れることがなく、また、道の中央を歩いてもどこか孤独な感じがする。仕方なく片方の壁に寄った歩いても、それはなんとなく冷たくて硬い。歩き続ければ目的地へ到着するのは分かっている。しかし、「一本道」という特性ゆえに前進か後退のどちらかしか許されない状況で、果たして人間は平生の理性を保っていられるのだろうか。
主人公の吁希子は3つの殺人を犯す。それは彼女の亡き父が現れ、励ましてくれたからだ。亡き父とは誰か。それは生前の彼女の父とは違う。慈愛深く、落ち着き、寡黙な悠然たる父だ。孤立した彼女は次第に父へと接近し、一種の親しみを得る。夫から虐げられた恨みがついに堰を切ったころ、父の亡霊は囁く。
「やってみるがいい。大丈夫だとも、三人までは…」
それ以上のことを父は語らない。だが彼女を殺人へと突き動かすには十分すぎるほどの言葉だった。
吁希子と、吁希子に内在した父親。父の死と、彼女の子供の産めぬ体質は家庭の終焉を告知する。しかし彼女は同時に、夫の妻でもある。終焉したはずの家庭での居心地とは如何なるものか。不可能なこと以外不可能となってしまったとき、人は何をなすのか。そして、それすらも不可能であるとするのなら…。
日常を駆ける狂気は呪詛の呟きとなる。本作の長く長く、途切れることのない呪詛はまさに、一本道の迷路そのものだ。読む人には選択肢が2つしかない。進むか戻るか。
だが、本当はもうひとつだけある。それは、その場で立ち止まり、動かないことだ。もちろん、これは勧められないし、不可能だと思えるが。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読者は主人公である有希子の思考に振り回された上、すっきりと「こういう価値観を持つ人間」と当てはめられずに終わるので、読後になんとも言えない不気味さが残る。
思考が理解できないのは、有希子が亡父の不意の声を自分なりに受け止めて、有希子だけの視点で物語が進む割にその思考に一貫性がないせいだと思う。かと言って常軌を逸しているのではなく、殺人の場面は冷静に描写されているところに、不気味さがある。
不意の声に突き動かされて人間を殺してしまうというのは、一貫性が感じられない割に本人はこれくらい冷静なのかもしれないと思わされる生々しい現実味があった。
一人目の母を殺す場面があまりに細かく冷静な筆致で写実的に書かれているのは特に不気味だった。
「往かし往かされる関係」と書かれていた言葉が頭から離れない。
「殺す」ではなく「母を有希子が往かし、母は有希子に往かされる」という書き方は、この親子の関係をよく表しているように思える。殺すほどに憎んではいない、でも娘は不意の声をきっかけに母を往生へ連れて行く必要があると考えた。殺すほどには憎んでいなくても殺したい人間…不意の声がきっかけにならなければ湧き上がらなかった殺意だろうと思わせる。
母への殺意は同性の親に抱く失望・嫉妬が根底にあったのかもしれないが、動機がはっきりと書かれていないのでわからない。ただ、一人目以降の殺人の理由は私には理解ができなかった。
「不意」という現象の不可解さがまるまる表現されているような作品。
不意であるからには本人にとっても
なぜそんなことをしたのか
意味を問われてもわからない。
という状況の通りであるだけに、読んでいる側も不安定さに振り回される。
なんとも言えない気持ち悪さが残るが、人間の中にある「自分でも理解が及ばない自分」を意識させられる名作だと思います。 -
子を産めない女の中に芽生えたある種の自我が
日本の家族幻想を破壊する
しかし彼女の前に現れて彼女の選択を肯定してくれるのは
キリストではなく彼女自身の亡き父親だった -
半端じゃなく怖い。生々しい手触り。
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流し読みしたせいかあんまり覚えていない。
再読します。 -
すごすぎて、好みすぎて、何も書けない。