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Amazon.co.jp ・本 (286ページ) / ISBN・EAN: 9784061962804
作品紹介・あらすじ
日々のささやかな移ろいの中で、眼にした草花、小鳥、樹木、そして井伏鱒二、木山捷平、庄野潤三、西条八十、チェホフら親しんだ先輩、知己たちについてのこの上ない鮮やかな素描。端正、精妙な、香り高い文章で綴られた自然と人をめぐる、比類なく優しい独得のユーモアに満ちた秀抜なエッセイ。
みんなの感想まとめ
日常の移ろいを描いたエッセイは、草花や小鳥、故人たちとの思い出を通じて、喪失と再生を鮮やかに表現しています。著者は、知己とのエピソードを交えながら、滑稽さやほろ苦さを織り交ぜ、死別を軽やかに受け入れる...
感想・レビュー・書評
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中学生の教科書で読んだ。
面白かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
小沼丹の描いたエッセイです
知己にあたる人々が登場する知己エピソードがチラホラと出て、落語のような滑稽さがどれもあるのですが、既に故人であるオチが多々あります
冗談の言う間柄だった方が、いつの間にか流行り病で倒れていたり、数日前まで元気だったのにポックリ逝っていたり、サラリと訃報を流してエピソードを切っています
表現したいものをテーマのエッセイで、カラリと喪に服したような小説が描きたい、といったようなことを述べていました
「大寺さん」という軸になるキャラを産み出したことで、喪失を客観的に表現できるようになったそうです
湿度を除くことが出来たと、除湿機のようなキャラだそうです
おそらく小沼丹は、死別による喪失を小説にすることで昇華を狙っているのだと思いました
お涙頂戴とまでは行かず、サラリと喪に服す表現は読み心地がよかったです -
何だろう、この圧倒的な感じ。普通のことをごく普通に書いているのに、とてもかなわないと思わせる文章。またひとり、平伏したくなる文筆家に出会ってしまったという快い敗北感。とことん読んでみたい。
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10年ぶりくらいの再読。白っぽい武蔵野の風景が眼に浮かぶ。何かものを考えるにはぼんやりする時間を作らないとな、と思った。
「白と黒の猫」を書いたころを振り返る随筆に胸がふさがった。10年前のことであっても、悲しい記憶はほろ苦さを伴う。終わったことがいつまでも苦いのはどうしてなんだろう。そこに生きていく上での効能/意味はあるんだろうか。 -
いじくりまわさない生き方がわたしにはしみた
著者プロフィール
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