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本 ・本 (274ページ) / ISBN・EAN: 9784061963672
感想・レビュー・書評
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竹内好は大陸出征中の1944年、原稿の校正を武田泰淳に託して『魯迅』を出版した。召集令状を控え遺書のつもりで「啓蒙者としての魯迅」を綴ったものだ。
当該『魯迅入門』はそれから五年後の‘48年に書いたた別物で、竹内自身が啓蒙者になることを始めた作品である。
序文で「私自身は魯迅につかれた人間の一人である。生涯のある時期に偶然手にふれたことからやみつきになって、今日までそれから脱却できないでいる。おそらく一生魯迅の影は私につきまとうかもしれない。魯迅を気にしないでは生きることができない、そして気にすればするほど魯迅は私の内側で深さをましてくるのである。」と書いている。
本作は「伝記-歴史的環境-作品の展開-魯迅精神について」という項目に沿って、竹内が20歳前後から大戦を経て敗戦後の40歳前まで、魯迅の作品について研究したことを纏めている。
魯迅の仕事は翻訳が多く、古典研究や政治・社会・文化の評論も多い。長編は書かず短編の作家であった。
日中両国の混沌のなか、竹内の切実な思いが際立ち、「作品の展開」では魯迅の文学活動や各作品を思い切った表現で深く抉る評論をしている。
・五つの作品集のなかで『吶喊』と『彷徨』二冊の短編小説集が作家魯迅の作品を代表し彼の根幹をなす。つまらない作品も多いが飛び抜けてすぐれたものもあり、問題も一番多くふくむし影響も大きかった。
・『狂人日記』(『吶喊』のなかの短編)
古い社会制度とそのイデオロギー(儒教的なもの)にたいする呪いを狂人の手記という形式に盛った、人食いの話である。一切の伝統を否定し価値の方向を転回させた文学革命の歴史的記念碑である。多くの青年がこれを読んで発狂しそうになった。
・『阿Q正伝』(『吶喊』のなかの中編)
1921年後輩に頼まれ新聞に連載した。「私の文章は湧き出たものではなくしぼり出したものだ」。全体の布置の緊密さ事件そのものを描かずに心理への反映から事件を暗示させる方法、描写の簡潔と省略による正確な効果。より過酷に自分を解剖すること、人間の弱点をこれほど多く背負わされた存在は笑わずにいられない、それは滑稽なほど愚劣である。
・『両地書』 魯迅と許広平との間の往復書簡集
魯迅にとって手紙を書くことは作品を書くと同じ誠実な自己形成の行為を意味していた。文学を人生の教師とすればこの書簡集はその記録としてすぐれた教科書である。ある魂の過程が社会環境との交叉のなかで微細に描かれている一大長編叙事詩である。
魯迅の複雑さや不可解さは竹内に伝播する。魯迅の仕事の一番大きなものは翻訳であり、彼は死ぬ間際まで『死せる魂』を訳していた。
それは、竹内が『魯迅文集全6巻』の二度目の翻訳で3巻迄の途中で死ぬことと重なる。最後まで魯迅の世界と闘いながら人生を全うした。
『魯迅入門』は竹内が魯迅のすべてを受け止めようともがいた記念碑であり、魯迅の生涯をなぞって生きようとする決意の書である。
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魯迅に出会う人は不幸な人。凄い言葉だ。魯迅の良さが分かる人は苦しみを理解している人だという意味のようだ。魯迅が妻との不仕合せな結婚を20年続けていたということは驚きだった。魯迅は決して神を信じているわけではないが、心の深いところに常に原罪意識のような深い問いかけを持っていた、その誠実さは素晴らしいことだと思った。中国共産党からの評価が高い人物である所以が理解できたように感じる。「阿Q正伝」なる小説の紹介も理解しやすかった。兎王の「理水」老子の「出関」墨子の「非攻」、荘子の「起死」など古典の人物を小説にしたものはぜひ一度読んでみたいと思った。
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