絶望の精神史 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061963764

作品紹介・あらすじ

貧しい空寺の番人で絶望の生涯を終えた金子光晴の実父。恋愛神聖論の後、自殺した北村透谷。才能の不足を嘆じて自分の指を断ち切り芸術への野心を捨てた友人の彫刻家。時代の奥の真裸の人間を凝視する明治生まれの詩人が近代100年の夢に挫折した日本人の原体験をたどり日本人であるがゆえの背負わされた宿命の根源を衝く。近代史の歪みを痛烈に批判する自伝的歴史エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろい。これまで明治〜大正時代の若者の精神について、小説以外では読んだことなかったので。こういう背景を踏まえて漱石をもう一度きちんと読みたい。

  • 「丸の内ビルディングの何階であったか、おぼえていないが、世界の陶器の名品の展覧会が催されていた。大正12年9月1日、正午に近い時間である。
     吸いつけられるように見入っていた人たちは、その一瞬、中風の前ぶれのめまいに似た、中心の失われたよろめきとともに、精神のアンバランスに襲われて、顔から血の気のひいてゆくのをおぼえた。同時に、飾り棚のなかの、陳列された、根のつけようもない天下の稀品(…)が、見ている前で、ころころところがり、おどりながら棚から落ちて、たわいもなく割れてゆくのだった。」
     明治28年(1985年)に生まれ、昭和50年(1975年)に没した金子光晴は、関東大震災の訪れを、こんなふうに描いた。
    新しい時代の権威を誇示する「ひげ」が幅をきかせた明治から、デモクラシーや恋愛、社会主義など、西洋由来の思想が広がり、軍や警察がほんの少し遠慮をするようになった大正時代。だが、震災が解き放った朝鮮人・社会主義者の虐殺というアモック(民衆の暴力)は、「何かが大きくこわれた」ことを示唆していた。
    「わずか、無秩序混乱の幾十時間のあいだに、大正人のきれいなうわっつらがひんめくられ、昔ながらの日本人が、先方から待っていたとばかりに、のさばり出てきたのだ。それは、僕ら自身の中から、拘束し、干渉するものがいないとわかって、無遠慮に、傲慢に、鎖をはずされたならず者のように、口笛をふきながら、あたりをしり目にかけて出てきた、ほんとうの日本人なのだ」。
    金子光晴は、12歳のときにアメリカへ渡ろうと徒歩で横浜に「家出」して以来、その生涯の間に何度も海外を旅して歩いたが、戦争中、海を前にして「とうてい、逃げられやしない」と感じたと書いている。「逃げられやしない」というのは、四方を海に囲まれているという物理的な条件のことだけではないだろう。たとえ外国にいても、日本人であることから逃れられない多くの人たちの姿を、金子は記している。日中戦争開戦直前の1937年に中国へ渡る船にのりあわせていた人々に関する次のような描写は、パリで鬱屈を抱えていた知識人とはまったく異なり、なんとも胸騒がせるものだ。
    「男、女によらず、彼らは、戦争というものと密着し、利害をいっしょにし、抜き差しならない、ぴんと張りつめたもので結ばれあい、運命をともにしているように見えた。うっかりすると、この戦争は、この人たちのために始まったのではないかという気さえしてくる」。
    たとえ民主憲法のもとで何十年を過ごしても、この社会に住む者たちを縛り続ける隠微な権力と、不平は漏らしても表立っては反抗しようとしない人々。世界が批判の声を挙げている中で、なにごとも起きていないように静かで美しすぎる日本社会。金子光晴が書きとめた当時の状況と不気味に似通っているこの社会がふたたびアモックに突き進まないと、誰が保障できるだろうか。
    「とうてい、逃げられやしない」。その深い絶望のつぶやきの中からしか何も始まらない。詩人の声はそう告げている。
    ところで伊藤信吉が解説で紹介している北川冬彦の詩「絶望の歌」があまりに印象深かったので、全文をメモ。

    絶望の歌
     がらんとした税關倉庫のつめたいコンクリートの上で,わたしは一人の男を介抱してゐる。 この男は誰であるのか? 私はそれを知らない。 わたしの腕は,男の一本の脚の上で油のない齒車のやうな軋音をたててゐる。 男の他の一本の脚はすでに墮ちて了つた。 朝から夜中まで,夜中から朝までわたしはひつきりなしに, 男の殘つた一本の脚を撫でつづけてゐる。 
    わたしはなぜこの男を介抱しなければならないのか? 見知らぬ男を屍のやうな見知らぬ男を。 夜が更け月の光が燐のやうに流れても 曇った硝子のやうな眼球をかすかに見開いて「絶望,絶望だ,絶望してゐなければ生きてはゐられない―」と呻きやめないこの見知らぬ男を。 わたしには,判らない,判らない,判らない,判らない,判らない。

  • 俗っぽい表現になるのだが、とてもナイーブであるけれど修羅場を潜り抜ける度胸を持った人でないとこのようなエッセーは書けないと想った。「日本人の誇りなど、たいしたことではない。フランス人の誇りだって、中国人の誇りだって、そのとおりで、世界の国が、そんな誇りをめちゃめちゃにされたときでなければ、人間は平和を真剣に考えないのではないか。人間が国をしょってあがいているあいだ、平和などくるはずはなく、口先とはうらはらで、人間は、平和に耐え切れない動物なのではないか、とさえおもわれてくる。」今の日本もこのような状況だ。



  • 講談社文芸文庫 金子光晴 「 絶望の精神史 自分や周りにいる人の絶望エピソードを集めた自伝的エッセイ


    国家に囚われた生き方に 絶望を見出している。再び戦争をしないように 国家に囚われた 自身の絶望の姿を忘れるな というメッセージが含まれていると思う


    著者のエトランゼ(異邦人)な生き方は、国家に対して 無関心で無責任にも見えるが、日本から逃げ出せないで 諦めるしかない生き方より ましということだろうか?

    同じエトランゼな生き方をする永井荷風に対して、激しく否定している理由がわからない。古典復興が気に入らないのか?



    明治、大正、昭和の世相の捉え方は歴史書よりリアル
    *日露戦争後の興奮が冷めて、生活が困窮している庶民の様子
    *日支事変勃発後の天津において、日本人が火事場泥棒をする様子
    *戦後のバラックで 闇市が立ち、ぼろぼろな人間が がつがつ生きている様子など


    「人間が国をしょってあがいている間は 平和など くるはずない〜人間は、平和に耐えきれない動物なのではないかか」

    「僕が絶望をかかげて語るのは〜幸せばかり考えて生きてられない時代のためである。知らないうちにもっと大きな落とし穴に落ちこまないようにしなくてはならない」













  • 2016/1/28

  • [ 内容 ]
    貧しい空寺の番人で絶望の生涯を終えた金子光晴の実父。恋愛神聖論の後、自殺した北村透谷。
    才能の不足を嘆じて自分の指を断ち切り芸術への野心を捨てた友人の彫刻家。
    時代の奥の真裸の人間を凝視する明治生まれの詩人が近代100年の夢に挫折した日本人の原体験をたどり日本人であるがゆえの背負わされた宿命の根源を衝く。
    近代史の歪みを痛烈に批判する自伝的歴史エッセイ。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 三十年ほど前に書かれた本だが、そのまま今日の日本人に読ませたい本である。とは言っても、「絶望」という言葉の意味を理解できる日本人はごく僅かだろうから、状況は相変わらず厳しいな、と思う。ともあれ、事実をきちんと直視することに務めましょう。それは、不愉快な事がほとんどでしょうけどね。

  • 自分が日本に生まれ日本で育った日本人であること、この国が抱える絶望から目を背けぬこと。あからさまにも無様な体をさらし在らしめたこの詩人の絶望の精神を日本人として私は受け継いでいきたい。

  • 明治から戦後にかけて、著者が出会った日本人の絶望を描いたエッセイ集。

    昨今、明治維新を単純に美化する風潮がありますが、
    そんな時代の流れにとりのこされ、翻弄された人々に焦点が当てられています。
    そして、大衆が夢見た革命は、彼らを約束の地へと導いたのでしょうか?

    『絶望の姿だけが、その人の本格的な正しい姿勢なのだ。それほど、現代のすべての構造は、破滅的なのだ』

    われわれは絶望するには弱すぎて、安易な夢物語に流されてしまうようです。社会のアウトサイダーとして生き続けた著者の指摘は今もって重く響くものがあります。

  • 愛すべき江戸の人情文化は西洋合理主義に駆逐された
    それが日本人の精神にダブルスタンダードの芽生えるきっかけで
    芯のなさ、ご都合主義、熱しやすさに冷めやすさ、悪びれのなさ
    それらの反動としての絶望、といったものの元になった
    そんな日本を善くも悪くも救ってくれたのが、たぶん天皇陛下である

    この本を読んで僕はそんなことを考えたが
    理屈では語りつくせない因業の深さがまだまだここには書かれている
    太平洋戦争の前後とか

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著者プロフィール

金子 光晴(かねこ・みつはる):詩人。1895年、愛知県生まれ。早稲田大学高等予科文科、東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科、慶應義塾大学文学部予科をすべて中退。1919年、初の詩集『赤土の家』を発表した後に渡欧。23年、『こがね蟲』で評価を受ける。28年、妻・森美千代とともにアジア・ヨーロッパへ。32年帰国。37年『鮫』、48年『落下傘』ほか多くの抵抗詩を書く。53年、『人間の悲劇』で読売文学賞受賞。主な作品として詩集『蛾』『女たちへのエレジー』『IL』、小説『風流尸解記』、随筆『どくろ杯』『ねむれ巴里』ほか多数。1975年没。

「2023年 『詩人/人間の悲劇 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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