宮本武蔵(三) (吉川英治歴史時代文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061965164

感想・レビュー・書評

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  • 脇役に光が当てられている三巻。
    武蔵とすれ違い、人生を翻弄されている、お通、朱美、お杉婆の三人。
    武蔵は、ひたすらに剣の道を究めんとする。
    そのストイックな姿勢が万人の支持を得ているのではないだろうか。
    中弛みなんか無い。
    ひたすら全力で吉川英治の筆が冴え渡る。

  • 映画化・ドラマ化・漫画化など、様々なかたちで紹介されてきた大人気歴史小説の第三巻。ここでは武蔵を追いかけている二人の女に焦点を絞ったエピソードが多く、やや中だるみしたような印象を受けた。

  • 武蔵は基本的に不戦敗か完勝。
    ただし婆と釘には負ける

  • しつこいほどに、キャラ化された人たちが暴れまわるというか。だんだん面倒になってきたぞ。

  • 「『われ事において後悔せず』何事にも自分の為したことは、後悔をしないというような高い境地へまで到達するには、まだまだこの身を、この心を不断に鍛え抜かなければ及ばない。」

    第3巻の武蔵の心情を表すもの。この後も武蔵の心情から成長を追っていきたい。

  • 2017年28冊目。

    武蔵を追うお通と城太、邂逅しそうですれ違う、もどかしさのある三巻だった。
    すでに達観しているように描かれていた武蔵だが、
    敵わないと思っている石舟斎や沢庵坊ひれ伏させたいという野心が垣間見え、この先の巻でまだまだ人としての成長を得ていくのだなと期待が湧いた。

  • メインは剣豪宮本武蔵の武者修行の話だが、戦いだけではなく茶人本阿弥光悦親子の出会いなど、後の宮本武蔵の人格形成に不可欠な出会いの描写もあり、このシリーズが「人間宮本武蔵」をクローズアップしている物だなと感じることができました。逆に「剣と剣の戦い」という描写があまりに少ないのでその辺に期待すると面白くないかもしれないと3冊読んで思いました。お通さんは中々武蔵に会えず可哀想な気もしますがいつか出会えるのかな。その辺も含めてどんどん読んでいきたいと思います。

  • 積ん読チャレンジ(〜'17/06/11) 14/56
    ’16/08/12 了

    武蔵と城太郎・お通さん組との擦れ違いにヤキモキする巻。
    武蔵とお通さんの男女の関係に、関ヶ原の合戦の直後から武蔵に思いを寄せていた朱美も絡んでくるから大変。

    本阿弥光悦との出会いを通じて武蔵に芸術を解する素養があることがあることが強く示されていて、これは絵を描いたり仏様を彫ったりといった後の彼の行動に繋がっていくことに気付く。

    好敵手たる佐々木小次郎はとことんまで嫌な奴として描かれているし、その小次郎の名を騙って実力に伴わない大威張りをこいていたのが露見した又八の情けなさもここに極まれりといった具合。

    また、吉岡拳法が二代目当主・清十郎を討ったことで吉岡一門と宮本武蔵の対立が決定的なものとなったのもこの巻の見所。

    人恋しさから京都に親類を訪ねはしたものの、お杉婆の執拗な追跡のためにその親類から疎まれ、食卓を共に囲う間もないまま遁走する様と、直後に河原で餅を焼いて食う描写は読むものの涙を誘う。

    巻が進むたびにお杉婆を嫌いになっていくが、こんな風に憎まれ役を鮮やかに描くことの出来るのも、吉川英治の文才のなせる業だなぁと思う。

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    気に入った表現、気になった単語


    「だが、五十鈴川の流れを越え、内宮へ、一歩入ると、何か人心地がまるで変っていた。草を見ても樹を見ても、ここには神のけはいを感じるのであった。--何ごとの在しますかはしらねども--鳥の羽音までが人の世のものではなかった。」(P9)

    「すでに名古屋から吉岡方へ、決戦状は出してあるが、その後で、武蔵は、
    (はら(月土)はできているか、きっと勝ちきることができるか)
    と、自分で自分に向かって糺(ただ)してみると.遺憾ながら、心の隅に一脈の脆い層を認めないわけにはいかなかった。」(P14)

    「恋は相思を求めていながら、恋をする者はまた、ひどく孤独を愛したがる。」(P112)

    「思慕というものを、糸にたとえれば、恋はだんだんそれを胸のうちで巻いてゆく鞠のようなものだ。何年も会わないでいても、独りで思慕の糸をつくり、遠い思い出も、近い人づての消息も、みな糸にして、鞠を巻いて大きくしてゆく。」(P122)

    「人間の情慾は、墓場に入ってしまうまでは、形を変えても人体のどこかに、燐のように元素的な潜在を持っていることを、丹左のふく尺八は、虚空へ自白していた。」(P155)

    「なにか、やるそばから、人間はすぐ悔いる者らしい。生涯の妻を持つことにおいてさえ、男の大多数は悔いて及ばない悔いを皆ひきずっている。
    女が悔いるのはまだ恕(ゆる)せる、ところが、女の愚痴はあまり聞えないが、男の愚痴がしばしば聞える。勇壮活潑なことばをもって、うちの女房を穿き捨て下駄のようにいうのである。泣いていうよりも悲壮で醜い。」(P174)

    「(--理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない)」(P179)

    【屠蘇】
    一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む縁起物の酒・風習

    【こぐらかる】
    1 糸などがからまって解けなくなる。もつれる。こんがらかる。
    2 物事が複雑に入り組む。紛糾する。こんがらかる。

    【歯の根が合わない】
    恐ろしさや寒さのためにひどく震える

  • 出会ってはいけない二人が出会う第三巻。

    宍戸梅軒との意外な繋がりが判明するも、
    経験を通して成長した武蔵は、
    戦わずに逃げることを選び、
    本阿弥光悦と出会い、惹かれるも、
    自分とは住む世界が違うと思い、
    彼の元を去っていく。

    そして様々な苦難を乗り越え、
    吉岡清十郎との果たし合いを
    木剣一つであっさりと済ませる。

    一方、又八と小次郎、お通と朱美。
    武蔵の周囲の出会ってはいけない二人が
    ついに出会ってしまう。

    あとがきで聖書との類似性が指摘されていたが、
    どの辺が似ているというのだろうか。
    私が思うに、宮本武蔵を読む人も
    聖書を読む人も物語の結末は知っているが、
    愛を貫くキリストと強さを求める武蔵が、
    色々な人々や苦難と出会い経験することを通じて、
    読者が様々なことを学んでいくということに
    類似性があると思うのだが、どうだろうか。

  • 情景の描写が綺麗。季節感や空気の香りまで伝わってくる気がした。
    2014/8/11

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著者プロフィール

1892年、神奈川県生まれ。1921年、東京毎夕新聞に入社。その後、関東大震災を機に本格的な作家活動に入る。1960年、文化勲章受章。62年、永逝。著書に『宮本武蔵』『新書太閤記』『三国志』など多数。

「2017年 『江戸城心中』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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