宮本武蔵(六) (吉川英治歴史時代文庫 吉川英治歴史時代文庫 19)

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  • 講談社 (1989年12月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (392ページ) / ISBN・EAN: 9784061965195

作品紹介・あらすじ

長い遍歴をともに重ねてきた城太郎は、木曽路でぷっつり消息を絶ち、武蔵は、下総(しもうさ)の法典ヶ原で未墾の荒野に挑む。恃(たの)むべき剣を捨て、鍬を持った武蔵。これこそ一乗寺以後の武蔵の変身である。相手は不毛の大地であり、無情の風雨であり、自然の暴威であった。――その頃、小次郎は江戸に在って小幡一門と血と血で争い、武蔵の“美しい落し物”も、江戸の巷に身を寄せていた。

みんなの感想まとめ

テーマは、武蔵の成長と自己探求の旅であり、彼の新たな挑戦が描かれています。今回は、武蔵が下総の荒野で鍬を持ち、自然と向き合う姿が印象的で、彼の内面的な変化が深く描かれています。登場人物たちの再会やニア...

感想・レビュー・書評

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  •  登場人物がめったやたらに再会、ニアミスするのは相変わらず。

     主役の武蔵に比べてヒロインお通にからきし魅力がないのはとても残念。泣いてばかり流されてばかり自分と武蔵のことばかりで世界が半径1メートルという視野の狭さ。悪役ヒロインの朱美も型通りの悪女ぶりで、三国志も振り返るに吉川英治は女性の描写が苦手なんだろう。

     しかし、これらを有り余るほど武蔵の描写は日本人好みにできている。もっとも人気を博した新聞連載小説とされる所以だろう。

  • 前巻で中だるみを感じずにいられなかったが、今巻は面白かった
    武蔵は合戦しているときがいちばん生き生きしている

    2人目の弟子をとったり、百姓をしたり、観世音を無心に彫ったり、逃げの一手をとったり

    吉岡や宝蔵院と喧嘩ばかりしていた時分からみれば、ずいぶん角がとれて、30前の男盛りとは思えない

    好人物になったと思う

    ちらとお通の息災なことも知れる
    結局 柳生家に身を寄せるのなら、わざわざ又八に罪を作らせないでもよかった
    武蔵とお通をすれ違わせたいのはわかるが、つくづくやりかたが勿体ない(五巻)

    小次郎はいよいよ御しがたい

    バガボンドでは武蔵と小次郎の宿敵感がほとんどなかったのが、小説では序盤から連綿と続き、いよいよ膨れあがっている
    つくづくクライマックスがわくわくと待たれる

  • 6巻は2人目の弟子との出会い、共に荒野を開拓していく。
    大自然を師匠とし、開墾の中で得られる苦労や失敗を修行と捉える生活はスケールが大きい。
    新たな環境で試行錯誤を重ね、得た知恵や深めた思想は生き生きしている。武蔵は失敗するほど、柔らかく謙虚になっていくように感じる。その一方で人に何を言われても自分が信じることを貫く強さをもつようになる。
    何事からも素直に学ぶ姿勢を持ちたいと思う。

    「水には水の性格がある。土には土の本則がある。その物質と性格に、素直に従いて、おれは水の従僕、土の保護者であればいいのだ」

    「富士山をごらん。あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人が決めてくれる」

  • たとえ、罵られ、馬鹿にされて笑われようと、自分の信じた道をただ、ひたすらに突き進む武蔵。
    どこにいても、何をしていても剣の修行になる。
    自然という師、伊織という新たな弟子を持って、武蔵が生き生きしているように感じる。
    吉川英治の描きたかった武蔵ではないだろうか、という気がしてくる。

  • 映画化・ドラマ化・漫画化など、様々なかたちで紹介されてきた大人気歴史小説の第六巻。この巻の注目は、やはり後に養子となる宮本伊織の登場だろう。未開拓の地として当時の江戸の町を描写するシーンはなかなか味わい深く、そこは面白かった。

  • VS山賊が面白かった。

    伊織は良いキャラクターなんだけど、武蔵が伊織を大事に大事にしている様を読むにつけて城太郎が不憫に思える。
    武蔵自身に城太郎に対する後悔の念があるからそうさせているのだろうけど。
    城太郎を養子にしたお金持ちの名前も時々出てきているので、城太郎との再会もそのうち描かれるのだろう。期待。

  • 新たな出会いの第六巻。

    お通、城太郎、又八、朱美。
    武蔵を取り巻く人々が消息不明になり、
    そのまま三年が経過し、再び孤独の武蔵。

    だが、そんな彼にも新しい出会いがあった。
    城太郎に代わり彼を師と仰ぐ少年伊織。
    彼を弟子に持つことにより武蔵も学んでいく。

    そして、消息を絶つも無事だったお通だが、
    ここでもまた武蔵とはすれ違う。
    しまいにはナレーター(?)までもが、
    彼らのすれ違いをもどかしく思い始める。
    お通は強い女性なので、間違っても、
    「大人になるって悲しいことなの・・・」
    なんて言わないのだろうが、どうなるのか。

    そしてもう一方気になるのは佐々木小次郎の動き。
    城太郎は消息不明のままだがどうなったのか。
    いずれにしても早く続きが読みたい。

  • 宮本武蔵第6段。 二人の豪傑の道は、交錯を繰り返し、宿怨となるか。 物語は徐々に、武蔵、小次郎主体に。本巻では小次郎の描写が多かった。人として大人では決してないが、一大豪傑、純粋悪としての彼はとても魅力がある。迷う武蔵に対し、冷徹になることを厭わない小次郎。どうなっても、相容れぬ二人だからこそ。 本巻のもう一つの魅力は、師弟。報恩の心ありて、師もまた学びの日々か。 「富士は、一日でも、同じ姿であったことがない」

  • 一巻に記載

  • 武蔵は、下総法典ヶ原で伊織に出会い弟子とし、ともに未墾の荒野を開拓します。
    剣の代わりに鍬を持った武蔵は、不毛の大地を相手に、自然の猛威と戦います。
    その後江戸に出た武蔵。
    江戸には佐々木小次郎、又八、お杉ばばなどもすでにいます。
    少し剣を離れ、また別の境地に向かう武蔵が描かれます。

    武力のない者に限って、ただ漫然と武力に絶対な恐怖をもつが、武力の性質を知れば、武力はそう恐いものではなく、むしろ平和のために在るものである。 ー 78ページ

    「富士山をごらん」
    「富士山にゃなれないよ」
    「あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる」 ー 113ページ

  • 昔読んだ本

  • 「よし俺は、剣をもって自己の人間完成へよじ登るのみでなく、この道をもって、治安を按じ、経国の本を示してみせよう。」

    第6巻の武蔵の心情を表すもの。武蔵の心情から成長を追う。

  • 新たな弟子伊織を従え、下総の国や武蔵野に居を構え、農業をしたりとおおよそ剣術修業とは遠い日々を送る武蔵。この巻は武蔵が多く出てきていよいよ話が進むのかなという期待があったが、武蔵自身、小次郎との対決はあまりしたくない感じにも受ける。宮本武蔵という人物像を中心とした話なのでしょうがない感じもするが、次の巻も読み進めていきたいと思う。

  • 積ん読チャレンジ(〜'17/06/11) 17/56
    ’16/09/09 了


    武蔵にとって生涯二人目の弟子、伊織との出会いが描かれた巻。

    伊織とお通は道中で互いを知らずに行き会うが、肝心のお通と武蔵は出会わぬまま。
    石舟斎の危篤の知らせを聞いたお通は江戸表を離れてしまう。
    一方の武蔵はひょんなことから江戸の町で力を付けていた無法者たち、半瓦の弥治兵衛の勢力と敵対することになる。
    その半瓦の弥治兵衛のところにはお杉婆と佐々木小次郎も出入りしているし、一方で朱美と又八は一つ屋根の下で寝食を共にしていた。

    人の動きの激しいことこの上ない。

    武蔵は吉野郷を出て依頼お杉婆にあること無いことを喧伝され、一条寺での吉岡一門との決闘、江戸表の無法者たちとの対立を経ていよいよその悪評の広がりようも甚だしい。
    一方、彼と直に出会い、彼の人間性に触れた人物は、多くが彼を剣の腕前のみならず一人の人間としても尊敬の念を抱く。

    武蔵を藩に招くことを推挙するのも石母田外記だけでなくなり、次第に彼の実力が評価されてきたことがうかがえる。
    しかし市井の人々に武蔵の真価が正当に評価されないことが、見ていてもどかしくてならない。

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    気に入った表現、気になった単語


    「「この深夜に、なんで其方(そち)は、刃物など研いでいるのか」
    すると少年は、げらげら笑いながら、
    「なアんだ、、おじさんは、そんなことにびくびく(漢字)して、寝付かれなかったのかい。強そうな格好をしているけれど、内心は臆病なんだなあ」
    武蔵は、沈黙した。
    少年の姿を借りた魔魅と、問答でもしているような気持に打たれたからである。」(P17)

    「人間の力が土や水や自然の力を自由に利用する時、はじめてそこに文化が生れる。坂東平野はまだ人間が自然に圧倒され、征服されて、人間の智慧の眸(ひとみ)は、茫然とただ天地の大をながめているにすぎない。」(P22)

    「「三代、雨露をしのがせて貰った小屋に、手をついて、別れをいえ、礼をのべろ。……そうだ、もう名残はよいな」
    いうと、武蔵は屋内へはいって、火を放(つ)けた。
    小屋は見るまに、燃えあがった。伊織は、熱い眼をして見ていた。その眸が、余り悲しげなので武蔵は、説いて聞かせた。
    「このままにして立ち去れば、後には野盗や追い剝ぎが住むに決まっている。それではせっかく忠節な人の跡が、社会(よのなか)を毒する者の便宜になるから焼いたのだ。……分かったか」
    「ありがとうございます」」(P30)

    「「先生、天狗ってほんとにいるの」
    「いるかも知れぬ。……いやいるな、世の中には。--だが、牛若に剣法を授けたというのは、天狗ではないな」
    「じゃあ何?」
    「源家の残党だ。彼らは、平家の社会(よのなか)に、公然とは歩けなかったから、皆、山や野にかくれて、時節を待っていたものだ」
    「おらの、祖父(おじい)みたいに?」
    「そうそう、おまえの祖父は、生涯、時を得ず終ってしまったが、源家の残党は、義経というものを育てて、時を得たのだ」
    「おらだって--先生、祖父のかわりに、今、時を得たんだろ。……ねえそうだろう」
    「うむ、うむ!」」(P51)

    「「--間違いだった!水には水の性格がある。土には土の本則がある。--その物質と性格に、素直に従いて、俺は水の従僕、土の保護者であればいいのだ。--」」(P54)

    「おらも大きくなったら、柳生様のようになろう」
    「そんな小さい望みを持つんじゃない」
    「え。……なぜ?」
    「富士山をごらん」
    「富士山にゃなれないよ」
    「あれになろう、これに成ろうと焦心(あせ)るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる」(P113)


    【琴瑟が和す】
    琴と大琴との合奏の音がよく合うことから、夫婦仲の良いことのたとえ。「琴瑟相和し」

    「一人の侍を養うことが、いかに重大か。殊に新参を入れる場合においては、なおさらであることは、呉々も、父の細川三斎からも、彼は教えられていた。
    第一が、人物である。第二が、和である。いくら欲しい人間でも、細川家には、細川家の今日を築き上げた譜代がいる。
    一藩を、石垣に喩えていうならば、いくら巨大な石でも、良質な石でも、すでに垣となって畳まれている石と石との間に、組み込める石でなければ使えないのである。均等のとれない物は、いかに、それ一箇が、得難い質でも、藩屛(はんぺい)の一石とするわけにはゆかない。
    天下には、可惜(あたら)、そういう角が取れないために、折角の偉材名石でありながら、野に埋もれている石が限りなくある。」(P298)

    【藩屛】
    かきね。かこい。守りとなる物のたとえ。「皇室の藩屛となる」

    【可惜(あたら)】
    [副]《形容詞「あたら(可惜)し」の語幹から》惜しくも。残念なことに。あったら。「―好機を逃した」
    あたらもの【可惜物】
    惜しむべきもの。惜しいこと。あったらもの。
    「―を。我がために塵ばかりのわざすな」〈宇津保・藤原の君〉
    あたらよ【可惜夜】
    明けてしまうのが惜しい夜。
    「玉くしげ明けまく惜しき―を衣手離(か)れてひとりかも寝む」〈万・一六九三〉

    「小次郎は、座敷の真ん中に坐って、鞘を払ってみたところが、研げていないどころではない--晃々(こうこう)と百年の冴えを革めて、淵の水かとも、深くて蒼黒い鉄肌(かねはだ)から--燦(さん)として白い光が刎ね返したのである。」(P306)

    【ぶ‐りょう〔‐レウ〕【無×聊】
    [名・形動]退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。むりょう。「―を慰める」「―な(の)日々」

  • 武蔵目線のシーンを読むと、なんだかスッキリした気分になる。武蔵の考え方はシンプルで好感が持てるからかもしれない。
    相変わらず、季節の表現が美しい!
    2014/8/30

  • 早くよめばよかった

  • 小次郎の野心とそこから来る狡猾さ、武蔵の求道の態度がこの作品の精神的支柱であることに疑いはないが、こういった誰にでも身に覚えのありそうな設定をそこかしこに散りばめられているこの作品は、やはり周到に構築された渾身の一作なんだろう。
    再々読ながら楽しんで読ませてもらっています。
    ところでこの作品、日本全国を紹介する観光宣伝小説でもありますな。
    東海道中膝栗毛じゃないけど、こういった設定は日本の娯楽の伝統なのかもしれない。

  • 「『将軍家の御指南役って、偉いんだろうね』
     『うむ』
     『おらも大きくなったら、柳生様のようになろう』
     『そんな小さい望みを持つんじゃない』
     『え。…なぜ?』
     『富士山をごらん』
     『富士山にゃなれないよ』
     『あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる』」

    「『人と人とが円満に住んでゆければ地上は極楽だが、人間は生れながら神の性と、悪魔の性と、誰でも二つもっている。それが、ひとつ間違うと、この世を地獄にもする。』」

  • あれになろう、これに成ろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間へ媚ずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人が決めてくれる。

  • これといった見せ場なく、たんたんと進んでいった印象。

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著者プロフィール

吉川 英治
1892年〈明治25年〉 - 1962年〈昭和37年〉。本名:吉川 英次。
様々な職についたのち作家活動に入り、『鳴門秘帖』などで人気作家となる。
代表作に『宮本武蔵』や『新・平家物語』がある。

「2026年 『吉川英治 大活字本シリーズ 宮本武蔵 第12巻  円明の巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉川英治の作品

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