- Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061975620
感想・レビュー・書評
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1982年、高橋 源一郎著。「わたし」を取り巻く超現実的な世界が、1ページに数文しか載っていなかったり、頻繁に行替えがあったりする独特な文体で語られる。「わたし」と家族の関係を描く第一部、詩の学校で「わたし」が様々な人の話を聞く第二部、ギャング達が本格的に動き出し「わたし」に接触してくる第三部。
非常に不思議な小説だった。いや、これは小説というより詩なのだろうか。ただ、それだけだったら、意図してそのような構成にしたとも考えられ、似たような小説は他にもあるのかもしれない。おそらく、この小説がすごいのは、文章自体が含んでいる独特の「間」だろう。前の一文を書いた後、思考を一時中断し、時間を空けて次の一文を書いたのではないだろうかと思われるような「間」のある文章。結果、出てくる固有名詞はやたらポップなのに文章全体が不安定な雰囲気を醸し、脈絡のないストーリーにその不安定さがマッチして、読み終わると妙に悲しい気持ちになる。特に第一部の最後の方は他の小説では味わえない独特の悲しみを感じる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
詩的端的ポストモダン的アヴァンポップ的舞城的高橋氏処女作品。S・Bとヘンリー4世とギャングとわたしが登場人物。リポグラフ的メタグラフ。プログレシブ的ダイナミック。三々五々乱反射。円周率。
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無理矢理解釈しようとしたり、「作者の意図」に想像を巡らせたりもしたけど、これはもう詩を読むような気分読むのがいちばんたのしいだろうとおもった。わたしは批評家ではないのだから、散文をあたまではなくからだで飲み込むことを心底たのしんでいいんだ。時折垣間見える切なさとか、ぶっ飛んだユーモアとかをたのしくたのしく読みました。
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なんだこりゃ!?とても変わった本です。
奇書といっていいと思います。
この本は、褒めることもけなすことも拒否している感じがしますというか、次元が違う。
もう一度『なんだこりゃ!?』 -
不思議な話だ。
小説というより詩。
なんの脈略もなく、突飛な文章が400ページ近く進む。
しっかりとしたストーリーも、ロジックもなくただ言葉だけがダラダラと。
なのにすらすら一気に読めてしまう。
きっと言葉の選び方がすごいんだな。
文章の流れを無視した言葉が入る事により、
独特のリズムをつくる。
凄いの一言だ。 -
第一部は面白かったんだけど、第二部以降はどーも面白みを感じれなかった。
小説とゆーよりは詩に近い感じ。なんつーか、コレをわからないやつはセンス無いって言われそうだけど、正直全然わかんなかった。面白くないわけではないし、文書も悪いとは思わないけど、好きか嫌いかで言えば好きではない。好みの問題かな。
とりあえず、途中で出てくる大島弓子の漫画がとても面白そうで、読んでみたいと思ったよ。 -
「小説家は小説を書くことで考えるんですよ」
高橋源一郎がニコ生思想地図において東浩紀に言った言葉だ。
聞いた瞬間、ずっと前から持っていた宝箱が開いたような気がした。
そうか、てっきり僕は考えてから書くんだと思ってた。
細胞が分裂するように言葉を生み出し、突然変異を待つ。
とにかく一所懸命、分裂、分裂、なのだ。
高橋源一郎は真面目な人だと思う。
室井佑月にとってはどうだか知らないが。
最初に読んだ高橋源一郎作品は「ジョン・レノン対火星人」で詩のような印象を受けた。
あとがきに、本作を最初に読んだとき詩のようだと思ったと書かれたいたが、僕は「ジョン・レノン対火星人」を読んでいたせいか、これは小説だと開始一行目から最後の一行まで思って読んだ。
高橋源一郎の文は、ざっくばらんでそれでいてよく見るとキレイな木目をしている薪みたいだ。
言葉のひとつひとつが宝石ってわけじゃないんだけれど、並べて叩くといい音がしそう。
そんな小説ですよ。 -
ドキドキする。ナイス!普通にオモロイ。
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ストーリーをなぞるのは間違いだ。と思うんだけど、オレにはそういう小説の読み方がわからない。だからこの小説もよくわからない。ちょっと村上春樹に近い感じがした。小説の書き方に近いものがあるんだろうと思う。でも、馴染みやすいような印象を受けたのは、どちらかというと高橋源一郎の方だった。村上春樹より人間臭い感じがした。
加藤典洋の解説がよかった。
本の内容とは関係ないけど、文庫本のくせに1200円もするのはちょっとどうかと思うよ。 -
なるほど。