愛の生活・森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061975781

作品紹介・あらすじ

『わたしはFをどのように愛しているのか?』との脅えを透明な日常風景の中に乾いた感覚的な文体で描いて、太宰治賞次席となった十九歳時の初の小説「愛の生活」。幻想的な窮極の愛というべき「森のメリュジーヌ」。書くことの自意識を書く「プラトン的恋愛」(泉鏡花文学賞)。今日の人間存在の不安と表現することの困難を逆転させて細やかで多彩な空間を織り成す金井美恵子の秀作十篇。

感想・レビュー・書評

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  • 初の小説で太宰治賞次席となった「愛の生活」、泉鏡花賞の「プラトン的恋愛」など、金井美恵子の傑作10編の短編集。

    収録されているのは60〜80年代の初期作品。あとがきにある「処女作にすべてが含まれている」ではないが、ほぼ彼女の世界観は完成されていると思う。

    表題作や受賞作、また「夢の時間」「アカシア騎士団」などは幾重もの観念、言葉世界が折り重なり、難解な印象。

    個人的に好きなのは、作品群の中でも短い「兎」「母子像」「空気男のはなし」。迷いのない筆致と幻覚的な世界がいい。

    彼女の観念的な世界と虚無感は心地良い。物語と現実の境目が曖昧で、ふわふわとした感じ。言葉によって世界が認識され、その危うさに弄ばれている快感に浸れる。

  • 大学の先生に勧められて手に取ったけれども、とんでもない世界に足を踏み入れてしまった気がする。ずいぶん好きでした。描写や比喩がちょっとグロテスクな感じがするので、そういうのが平気なひとはぜひ読んでみて欲しい。繊細な言葉が連なっているので、グロテスクなものも美しく見えてくるのが不思議。

  • 19歳からの10年間に書かれた短編を集めた本。だんだん文章が締まって、密度が上がっていくのがわかる。そういう意味では、最初の数編はちょっと我慢しながら読んだ。若い娘さんがふらふらする話って、元若い娘からするとあまり新鮮味がない。思い出して気恥ずかしいばかり。

    でもそのあと、「兎」でぐっと面白くなった。ふわもこガーリーストーリー風に始まったのにひどく血腥くて、この短編集で一番好きだ。幻想もの好きな人は、この一篇だけでも要チェックだろう。次点は、盛り場で育っただらしなく美しい姉弟の関係を描いた「黄金の街」。

    どの話でも、主人公が求める人は、物理的・倫理的・構造的にアクセスできないところにいる。この求めるものが手に届かない感じが、なんとも甘い毒に感じられた。

    • 花鳥風月さん
      なつめさん こんにちは

      この本、あまり面白さを説明できない頃に読んだきりだったので、なつめさんの感想に「なるほど~」とうなっています。

      ...
      なつめさん こんにちは

      この本、あまり面白さを説明できない頃に読んだきりだったので、なつめさんの感想に「なるほど~」とうなっています。

      そういえば静男(なつめさんにならって最近は私も心の中でこう呼んでいます(笑))が金井美恵子ダメって言ってるとレビューで書いてらしたのも何か興味深くて… どのへんが静男の感性と合わないのか考えてみたくなります。
      2012/06/20
    • なつめさん
      花鳥風月さん こんばんは

      静男がどの作品を批判していたのか忘れてしまったのですが(メモしておけばよかった!)... このふたりって本当に違...
      花鳥風月さん こんばんは

      静男がどの作品を批判していたのか忘れてしまったのですが(メモしておけばよかった!)... このふたりって本当に違う世界で生きていそうな気がします。

      同じように手に届かないものを描くのでも、金井さんの物語はどこか甘美で、その欠落さえ愛でているような感じがするのにたいして、静男だと実際に擦り傷だらけになってぶつかっていって、でも全然辛さが薄れない苛立ちをもてあましているような。

      静男ワールドに慣れてしまって、この本のガーリーな毒気に波長を合わせるのにちょっと時間がかかりましたが、それにしても「兎」は名作ですね。静男を追いつつ、金井さんの本もときどき読もうと思います。
      2012/06/20
  • 金井美恵子が、今の私よりもずっと若いうちから私が考えていることを小説のうちにきちんと体現し、かつ、同じようなものを書くのだとしても、それでもあなたではなく私が書く意味、あるいは私ではなくあなたが書く意味があるだろう、ということについても力説してくるので、至れり尽くせりっていうかなんというかもう、スミマセン、と思ってしまう。

    私が初めて金井美恵子を読んだのは「道化師の恋」だったのだけれど、この彼女にとってのデビュー作である「愛の生活」の時点から、様々な既存の映画、絵画、音楽が、惜しみなく作中に使われている。

    アニエス・ヴァルダの「幸福」という映画は、アントニオーニの「赤い砂漠」よりも、それが「幸福」の名の元に描かれているが故に、ずっとゾッとするだとか、ジム・ダインの歯ブラシを使った絵には、シュルレアリスムのデペイズマンなどという小賢しい(というのは私の表現)技法を超えたものがある、「表現は象徴なんかでなく、もっと本質的な意味で、直接的、行為的なものだ」と語られる…もっともこれは「デペイズマン」があったからこそはっきりと捉え得る感覚なのだろうと私は思うのだけれど…、とにかく彼女はほんとにオリジナリティだとかいうものを信仰していない。19歳の時点でそれを見抜いているのは私からするともう感心するしかないのだけれど、それだけ彼女が真剣に絵を見、音楽を聴き、映画を見るのは、「あなたが何を言わんとしているのか」知りたくて、出来るかぎり肺の痛むのも厭わずに深く深く沈潜していくだけの度胸と好奇心と寂しさがを持っているからだろう。
    「愛の生活」では、続く毎日というものを「何を食べたか」という事実(しかしそれさえも本当に確かではない)によってしか区別できない、認識できない、という不確かさへの不安が冒頭から表されながら、夫であるFについての不確かさをテーマにしている。

    私はFについて何を知っていると言えるだろう、毎朝食べる朝食のメニューや、習慣をしっていることで、「知っている」と言えるのだろうか? Fを愛しているということはどういうことなのだろう、私はFを愛しているのだろうか、という疑問は、疑問の提示で終わっているようだけれど、彼女の「私はFを愛しているのだろうか」と疑問を持ちながら、Fの所在について思いめぐらし、事故にあった女の子を見て泣きながら、多分おそらくは、もしFが事故にあっていたら?ということを具体的に思い描いたが故に涙しつつ去って行く主人公は、まあ十分にFを愛しているように見えるのだけれど、金井美恵子の問題はそれだけに収まらない「愛」の問題である。

    そしてこの問題は続く短編の中で次第にはっきりしてくる。「夢の時間」では不確かな「あなた」を探すアイ(三人称でありながら、あるいは一人称かもしれないこの名前)が登場し、「森のメリジューヌ」で主人公が、愛の対象を感じる為の全ての感覚を奪われ、愛の先の死を予感させ、この音楽のような「森のメリジューヌ」は、舞台が暗転したようにして唐突に終わり、そこに続く「永遠の愛」では、「愛するあなた」は「死」だと描かれる…。
    「兎」の中のあるくだりもすごくて、「あとは発作がおさまるのをじっと待っている以外にはないのです。そして発作が本当におさまるのは、死ぬことなのだということを、父親もあたしもわかっていました」(p.174)
    今のところの感想としては、ここまで悟っちゃってて、どうやって生きてくんだろうこの人、という感じなので、時代を追って読む楽しみができました。

    この短編集は、どこを読んでも「デジャヴュ」への意識を持たされるものばかりで、それだけで通常の女性作家(すみません)をゆうに超え出ている。「オリジナリティ」を嘲笑するように、彼女は作中の言葉遣いも簡単に変える。

    「愛の生活」の中で面白かったのは、「あの頃のことは、懐かしさという優しい感情で思い出すのに、一番ふさわしいじきだった、などとわたしはいわない。」というところで、いわない、と言いながら部分的に言っているところなんか、最高でした。ここだけで、この人もう一筋縄じゃいかないな、と。最高のひねくれ正直者。

  • 金井美恵子さんの初期作品を集めたもの。
    何というかどの一行も気を抜けないというか、とにかく精緻、などというしょうもない言い方ではとてもくくれず逆に飲み込まれる(気がする)。
    この本ではないがとあるインタビューで著者が言っていた言葉をずっと心に留めている
    「意識的に小説を書いてきたり読んできたりした人間が、小説そのものに対する批評性をもたずに文章を書くということは不可能ですね」

  • 森のメリュジーヌやばい
    ていうか美恵子やばい!

    「彼女の微笑の意味の最大の意味は愛であり、その中にしのび寄って来る死、悪意とからかいの針、優しさ、苦痛、空虚、悲しみ、それから燃えあがる意志――。」
    「きっと、何かいいことがあるかもしれない。疑わしいことだけれど、何かいいことがあるかもしれない。信じはしないけれど、何か、いいことがあったって、かまわないじゃない?!」
    「十全な愛。わたしには愛することが出来るのでしょうか?本当にわたしは愛してしまったのか?わたしが愛しているとしたら何故なのか?わたしは何故愛するのか?わたしが愛しているのはFなのですか?」

    いちいち響くことをかく。「愛の生活」をいまのわたしとおなじ19でかいたとは。脱帽。
    痛いくらいに愛してみたいとおもった。
    窮極の愛をわたしは今生で獲得できるのだろうか(無理だろうなぁでも希望は捨てたくない!)
    自分の身体を、心を、完全に犠牲にしてまで誰かを愛してみたい。

    「恐ろしいくらい。恐ろしいくらいあたしは墜落して行く。」

  • 「兎」いいないいなと思うのです。
    さあゆっくりと死のうかってラムいりココアを飲んで言ってみたい。

  • 内容:
    「《わたしはFをどのように愛しているのか?》との脅えを、透明な日常風景の中に乾いた感覚的な文体で描いて、太宰治賞次席となった19歳時の初の小説「愛の生活」。幻想的な究極の愛というべき「森のメリュジーヌ」。書くことの自意識を書く「プラトン的恋愛」(泉鏡花文学賞受賞作)。今日の人間存在の不安と表現することの困難を逆転させて、細やかで多彩な空間を織り成す、金井美恵子の秀作10篇。」

    三宅香帆紹介

    ・村上春樹の『眠り』を読んだかたにおすすめする、次の本
    ・「日常と恋愛が重なったところに夫婦というものは存在する。が、本当にそれらは重なり合う事ができるだろうか?女性が過ごす日常にはつねに狂気が何気なく潜んでいることがわかる小説。」

  • 吐瀉物のような薄桃色の日焼けした背表紙を持つ古本は限界を超えて煙草の匂いが染み付いていた
    金井美恵子の本として味のあるコンディションともとらえられる
    最初期の作品だからか語彙の洪水にのまれる感覚は薄くて爽やか
    語彙の洪水にのまれながらリズムに身を任せる
    語りかける文章の軽やかさ
    森のメリュジーヌ 愛と幻想のイマージュイマージュのためのイマージュ
    血や吐瀉物や生き物の内側にあるもののの噴出
    その中に存在が溶けていくことは次第に身体的なことではなくなり時空と現実と幻想とあらゆるものの区別がつかなくなることというよりももはや逆転していく
    解説も面白い

  • ①文体★★★★★
    ②読後余韻★★★★★

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著者プロフィール

金井美恵子
小説家。一九四七年、群馬県高崎市生まれ。六七年、「愛の生活」でデビュー、同作品で現代詩手帖賞受賞。著書に『岸辺のない海』、『プラトン的恋愛』(泉鏡花賞)、『文章教室』、『タマや』(女流文学賞)、『カストロの尻』(芸術選奨文部大臣賞)、『映画、柔らかい肌』、『愉しみはTVの彼方に』、『鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』(共著)など多数。

「2023年 『迷い猫あずかってます』 で使われていた紹介文から引用しています。」

金井美恵子の作品

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