私の文学放浪 (講談社文芸文庫)

  • 講談社 (2004年1月13日発売)
4.00
  • (6)
  • (2)
  • (6)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 48
感想 : 2
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784061983588

みんなの感想まとめ

文学の中での誠実さや価値観への違和感を深く掘り下げた著者の思索は、読者に強く共鳴します。特に、吉行淳之介が戦時下において持ち続けた疑問や孤独感は、現代の私たちにも通じるものがあり、その厳しさや困難さを...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 底の浅い誠実さ、軍国主義、マルクス主義、懐疑のための懐疑、などなどに対する、吉行淳之介の違和感はしごくまっとうなもので、とても納得出来る。と同時に、世間で正しいとされていることとか、支配的な価値観とか、そういうものに潜む嘘を見抜くことはとても難しくて、違和感を持ったとしてもそれをひとり孤独に持ち続けていくことの厳しさ困難さというものも、なんとなく想像がつく。わたしが吉行的知性を持っているかどうかは別として。だから、こういう違和感を中学生のころからきちんと持ってられた吉行淳之介は本当にすごいと思うし、しかも時代は戦時下、ファシズムと軍国主義が吹き荒れるなかで自分をまともに保つというのは、きっと現代のわたしには想像もできないほど大変なことで、それだけでたとえ吉行淳之介が文学者として地位を確立していなくとも尊敬に値する。ユーモアと単純明快さを好む吉行淳之介の感性もとても好き。村上春樹が吉行淳之介を(第三の新人を)評価する理由がすこしわかったかもしれない。あと第三の新人の仲良しな感じ、文壇的交流が楽しそうでいいなあ、文学的青春ってすばらしいなあ、っておもった。うらやましいものです。

  • ヘミングウェイはかつて「おれたちはみな、生まれたときから固有の才能が備わっている」と言ったけど、吉行淳之介にもやっぱり固有の文学的才能が備わっていた。原色の街とか驟雨を読めば、その才能の片鱗を感じとることができる。
    吉行淳之介は自分でも「ものを書く才能が自分にあるのかもしれぬ」と高校生の時に考えていたという。若い頃は誰でも一度は、自分にはなんでも出来る才能があると勘違いすることがあるけれど、吉行淳之介のそれは勘違いなんかではなく、きっと確信に近いものだったのかもしれない(羨ましい)。

    私は赤線地帯の娼婦との関係性を描いた「原色の街」が好きだ。経験を素材にして書いたものだと思っていたが、実は違うらしい。「このときまで私はそういう地域に足を踏み入れたことは、二、三度しかなかったし、娼婦に触れたことは一度もなかった。もともとこの作品で私は娼婦を書こうともおもわなかった」と言っている。つまり娼婦との生々しいやり取りはすべて創作だったわけだ(なんてこった)。

    職業作家になるつもりがなかったのに、結果的に職業作家になり大成したことを考えると、なにか見えない力に導かれていたのではないかとも思えてくる。父である吉行エイスケのことを述懐しているのも興味深かった。第三の新人としてデビューした当時は酷評されていたのも意外だった。新しいものの毀誉褒貶が激しいのはいつの時代でも変わらないものらしい。週刊誌で女性とのスキャンダルが報じられて円形脱毛症になったというのも、吉行淳之介の人間性がダイレクトに伝わってくる。吉行淳之介に興味のある方は、好奇心が満たされる内容になっているのでけっこうオススメです。

全2件中 1 - 2件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

大正十三年(一九二四)、岡山市に生まれ、二歳のとき東京に移る。麻布中学から旧制静岡高校に入学。昭和十九年(一九四四)九月、岡山連隊に入営するが気管支喘息のため四日で帰郷。二十年東大英文科に入学。大学時代より「新思潮」「世代」等の同人となり小説を書く。大学を中退してしばらく「モダン日本」の記者となる。 二十九年に「驟雨」で第三十一回芥川賞を受賞。四十五年には『暗室』で第六回谷崎潤一郎賞を受賞する。主な作品に『娼婦の部屋』『砂の上の植物群』『星と月は天の穴』『夕暮まで』など。平成六年(一九九四)死去。

「2022年 『ネコ・ロマンチスム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉行淳之介の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×