ゴットハルト鉄道 (講談社文芸文庫)

著者 :
制作 : 室井 光広 
  • 講談社
3.54
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本棚登録 : 171
レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061984028

感想・レビュー・書評

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  • 表題作は意外と短く、収束の仕方がやや急ながら序盤はするりと入り込みやすい。鉄道やトンネルというのはわかりやすく現実と非現実の境界を曖昧にするアイテムだと思う。

    印象的だったのは同時収録の「無精卵」。同居していた男の死、勝手に出入りするその義姉、突然あらわれた謎の少女と、その少女の奇妙な行動・・・最終的に主人公の「女」は何者かに陥れられるかのように作品舞台から去ってゆき、彼女の書きためた散文のようなものも失われてしまう。

    タイトルの無精卵=温めても孵ることのない卵は、子供を産まなかった女の象徴であると同時に、発表されることのなかった作品のことでもあり、つまり徒労に終わる無駄なこと、の象徴でもあるのだろうけれど、しかし産まずとも少女は現れ、彼女は作品の写しを持ち去っている、そこに微かな希望を見出すこともできるのではないかと思う。

    「隅田川の皺男」は収録作のなかでは唯一登場人物にきっちり名前がついていて、主人公マユコだけではなく、彼女が買う男娼のウメワカ側の心情まで掘り下げてあるあたり、ある意味異色の作品。

    それでいて多和田作品にお馴染みの(と私は思っている)強迫的な人物(なぜか主人公は彼女に逆らえない)は登場するので、相変わらず悪夢感は拭えない。「無精卵」における義姉とか、多和田葉子はこの手のキャラクターに何かトラウマでもあるのかしら(笑)。

  • 気味が悪い(褒め言葉)、と言えばいいのか
    理解不能でおぞましい(褒め言葉)、と言えばいいのか。
    無機質なものが意思を持っているようであったり、
    人が単なる物質のようであったり、
    どうしてそんな比喩ができるのだろうと
    くらくらする。

  • これは、主にゴットハルト鉄道は、散文で詩だ。しかも、それは単なるイメージの描写ではなく。まるで絡め取られるような、ぬるぬるとした、、押してはいけないボタンを押したい、触ってはいけないものに触りたい、そういう、入っちゃいけない場所に、手招きされているかのような詩だ。客観視できない、自分に強烈なまでに流れ込んでくることば。ちょっと怖かった。でもたぶん、そういう誘惑はなんか気持ちよい。

    • ktserendipityさん
      突然のコメント、失礼致します。
      ぬるぬるとした・流れ込んでくる、、、という表現にはっとしました。自分のペースを保てない感覚に陥りますよね。...
      突然のコメント、失礼致します。
      ぬるぬるとした・流れ込んでくる、、、という表現にはっとしました。自分のペースを保てない感覚に陥りますよね。
      このレビューに出逢えて、感想が更に深まりました。
      2012/05/13
  • ベルリンの話かと思ったら、スイスの山岳鉄道の小説であった。事実か虚構かがわからない。

  • 面白かった!!
    独特の言葉の使い方ゆえか、鮮烈なイメージは湧くけど掴みきれない感じが良い。
    三作品とも甲乙つけがたいなー。
    他の作品も読んでみたい!強くそう思える作家に久々出会った感じ。

  • 表題作以外の二編が怖くて怖くて、なんでせっかくの休日にこういう話を読んでしまったのかと後悔するほど。ひとりで黙りこくって生きていると、いつかああいう気持ち悪いモノを受信して向こうの世界に引きずり込まれてしまうんじゃないかと恐ろしかった。

    表題作は行って帰ってくる話なので怖くはなかった。それでもあの独りな感じ、恋人らしき人に対しても視線が容赦ない感じには不安になる。そういう感覚はわかる、でも自分のものにはしたくない。ひとに容赦なくできるほど、自分で立てていないから。

  • トスカーナからルガーノを抜けてフィアヴァルトシュテッターゼーに向かう途中、このゴットハルトパスを通ったことがある。天城峠並に久々にここで車に酔ったので、以来ゴットハルトと聞くと、峠から見下ろした緑の谷間の景色よりも、まずは三半規管と胃を直撃するようなくねくねとした峠道が思い出されてしまう。そんなゴットハルトがタイトルになった本書をみつけ、しかも多和田作品ということもあり早速購入。が、表題作となった短編の中で登場するのは峠ではなく、トンネルの方だった。ちなみにここは2016年の完成をもって世界最長のトンネルになるらしい。

    『ゴットハルト鉄道』は元運転手との会話を始め、つい吹き出してしまうようなユーモアが随所に鏤められていて面白かった。たとえ同じ言語を話していても、トンネルの中を走る単線列車の如く、放った言葉がそのまま闇に消え入って返ってこない、或はトンネルを抜けることで別のものに変換されてしまうような、(人と人との間、国と国、異言語間の意思疎通等)至る所に存在する壁そのものを意識させられるような作品。

    『無精卵』は本書に収録された三編の中では特に強烈な印象の残った作品で、現実と夢の境界を打ち破って突如現れたような少女の存在は、戦争で焼け野原となった光景を纏いながら、主人公の日常の中で徐々に膨れ上がっていく。作家である主人公と入れ替わるように紙にひたすら文字を綴る少女の姿が、時に黄色い帽子の記憶と重なり、そんな時は二人の境界も曖昧になって区別がつかない。悪夢の中に引きずり込まれるような、少女の暴力性と臭覚を刺激する描写は、作家の日常が侵食され、遂には呑み込まれて消える瞬間の恐ろしさを見せつける。

    『隅田川の皺男』は、迷路のように入り組んだ都市の一角で交差する歪んだ女性性と男性性が、時に母と子のように逆転しながら、物語の始まりから終わりまで噛み合うことなく空回りする。青年が最後に見せた純粋さが悲しく映った。性描写がちょっときつい。

  • 作家の川上未映子が、小説を書く感覚を掴むために「ゴットハルト鉄道」を写したというのを読んだのがきっかけで手にとった。
    「ゴットハルト鉄道」は紀行文のようで、でも、所々に作者の鋭い感覚が伺える表現がある。それが小説であることを表している。
    一番好きなのは「無精卵」どこの国の話なのか分からないし、他にも謎が多い。なのに、生々しさがすごい。「隅田川の皺男」でも感じたけど、女の生々しい臭いを感じる。
    女というと、花とか石けんの良い匂いのする存在であるかのように表現されることがわりとある。けれど、人間も動物であると気づかされる。作中の女からは獣のような臭いがする。
    謎めいた部分が気になって、一気に読んでしまった。

  • 三編とも通して怖かった、それは怪奇とかスリルとかとは全く異質な恐怖。それはなんなだろ?とずっと考えながら読んだ。もしかしたら、無意識にもずっと封印していた官能、恍惚、、、を暴かれることへの恐怖。ずっと深く不可視の祠にずっとしまっていたいのに。でないと狂女になる。常に読むには危険な作家、でも敢えて傷を負いたくなる避け難い言葉の切れ味に陶酔。

  • 多和田葉子さんをちゃんと読んだのは初めてです。
    「無精卵」が、言葉は驚くほど滑らかでここち良いのに出てくる人物がみんな不思議でアクが強くて、穏やかに流れる底に蟠っているヒリヒリする感じが何とも言えず魅力的だった。
    なんかそんな気がしたんだけど、書き出しがああだし、やっぱりそうだったの?という。でもそうじゃなくてもいいや。

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