山躁賦 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 80
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061984530

作品紹介・あらすじ

確かなものに思われた日常の続きをふと見失った「私」は、病み上がりのけだるい心と体で、比叡高野等の神社仏閣を巡る旅に出る。信仰でも物見遊山でもない中ぶらりんの気分で未だ冬の山に入った「私」を囲み躁ぐ山棲みのモノ達――。現在過去、生死の境すら模糊と溶け合う異域への幻想行を研ぎ澄まされた感覚で描写。物語や自我からの脱出とともに、古典への傾斜が際立つ古井文学の転換点を刻する連作短篇集。


日常を見失い山を彷徨う「私」 古の「歌」と同行二人

確かなものに思われた日常の続きをふと見失った「私」は、病み上がりのけだるい心と体で、比叡高野等の神社仏閣を巡る旅に出る。信仰でも物見遊山でもない中ぶらりんの気分で未だ冬の山に入った「私」を囲み躁ぐ山棲みのモノ達――。現在過去、生死の境すら模糊と溶け合う異域への幻想行を研ぎ澄まされた感覚で描写。物語や自我からの脱出とともに、古典への傾斜が際立つ古井文学の転換点を刻する連作短篇集。

古井由吉
とにかく闊達に自在に、かつ無責任に、書いたものだ。こんなに伸びやかに書けるという幸運に、最晩年までもう一度、恵まれるだろうか、と今では自分でうらやんでいる。軽快に筆が運んだはずだよ、だって半分以上は本人の筆というよりも、古人が著者の愚鈍さに業を煮やして、それでもその思慕の情をいささか憐れんで、使いの者を送り、下手の筆をふんだくって、なりかわって書かせたのだから、とつぶやきたくもなる。――<「著者から読者へ」より>

感想・レビュー・書評

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  • 北原白秋読書会にて、参加者の方に勧められて読了。現代日本文学を読んでいて、これほど流れるような文体に魅せられた経験は初めてで、眠りと目覚めの狭間にある景色がゆるやかにじわじわと疲れた心にしみ渡った。いにしえと現代の景色が絡み合い、巡礼の道筋を辿れば、私が愛してやまない、鎌倉時代の寺社参詣曼荼羅のような味わいが漂った。寺社仏閣巡りが好きで、旅先ではいつも寺社を訪ねて回るので、仏像を拝観しながら胸の内に去来するいにしえへの憧れとおののきを主人公とともに追体験したような気がした。
    さまざまなエピソードが挿入されているけれど、私のお気に入りは「無言のうちは」の干魚を食べたのち生涯谷を出なかったという僧侶の逸話と、「花見る人に」の隠棲遁世にまつわる主人公のぼやきのようなくだりだ。間違いなくこの本は今年のベスト10冊に入ると思う。

  • 「山躁賦」(古井由吉)を読んだ。襟を正して向き合うべき文章を紡ぎ出す作家として私は先ず古井由吉氏を思い浮かべる。古典文学についての素養がない私にはこの作品群はかなり難解ではあったが、『杉を訪ねて』のエロティシズムと『花見る人に』のダイナミズムには体の奥深くから震えがきた。

  • 途中狂っているのかと思った。随筆かと思えば、ひょいっといとも簡単に境を越える。

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著者プロフィール

ふるい・よしきち(1937・11・19~)小説家。東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。大学教員となりブロッホ、ムージル等を翻訳。文学同人誌「白描」に小説を発表。1970年、大学を退職。71年、「杳子」で芥川賞受賞。黒井千次、高井有一、坂上弘らと〈内向の世代〉と称される。77年、高井らと同人誌「文体」を創刊(80年、12号で終刊)。83年、『槿』で谷崎潤一郎賞、87年、「中山坂」で川端康成文学賞、90年、『仮往生伝試文』で読売文学賞、97年、『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。その他の作品に『山躁賦』『野川』『辻』『白暗淵』『蜩の声』『雨の裾』『この道』等がある。

「2020年 『詩への小路 ドゥイノの悲歌』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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