静かな生活

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 93
感想 : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062050791

作品紹介・あらすじ

障害を持った兄との関係を通して、家族と社会、現代という時代、人間の未来に切実に対峙していく女子大生のマーちゃん。現実の困難さの向こう側に希望される、穏やかで静かな生活。現代人の魂の行方を人間の優しさとともに描く純文学連作小説。

感想・レビュー・書評

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  • 十数年ぶりに再読。最初の章の「静かな生活」と最後の章の「家としての日記」の中のワンシーンが強烈に印象に残っていて、いつかは再読したいと思いつつ今日に至った。ひとつの家族があるピンチを機に、お互いを支え合いながら日常のさまざまな課題を乗り越えて行く様子が娘のマーちゃんの目を通して描かれている。前回読んだ時よりもずっとこの小説が好きになった。

  • 何度も何度も読み返して、苦しい時助けられた本です。
    知的障害を持つ兄と暮らす妹の視点から書かれた小説です。
    父親の精神的な「ピンチ」をきっかけに始まる小説は、家族がさまざまな「ピンチ」を、周囲の人に支えられつつ乗り越えて行く様子が描写されます。
    作中たくさんの他の小説が引用されており、その部分も印象的です。
    家族とは、死後の世界とは、祈りとは、小説とは、小説を読むこととは、など、たくさんのことを考えさせられます。

  • 「なんでもない人」として生きる、ということを教えられた本。

  • マーちゃんが書いたものをどうやって大江健三郎が書くのだろうか。というのが不思議に思い思い読んだ。う~ん。マーちゃんだったらもっとつたないというか、イメージに飛んだものになるのだろうか。やはり映画を見ているだけに映画がものすごく心に残っているが、わざわざドラマをひねりつくらなくても生生と生活を書くだけで十分ドラマだと思える。映画の中でいちばん印象に残っていた宮本信子がやっていた奥さんはほんの中ではずっとあくがよわく、「なんでもないひととしていきる」をよくよく感じた。
    そして家族のおのおのさよ。やはりものを書く人と暮らしているのだろうなと思う、本を父からもらう、ほんのカードを書く、そういうの、うちにはないし、親から本をもらったこともましてや「どんな読み方をしていたのか」なんてきいたこともないし、カードのようにうちにある本からははかりしれない。けれど何となくうちはうちで開拓精神をもった親と暮らしていたのだなと思うところもある。自分がどういう風に生きているかもつながっているところがあるが不自由だ。いつでもシンプルではいられない。考えるのは不自由だ。

  • マーちゃん(長女がモデル?)を語り口とし、大江家を想定させる一家を切口としたフィクション。普通の人を目指す生き方が描かれる、でも、犯罪の影を背負う美男水泳コーチとの交錯など、心の動きは実に複雑。静かな生活、文藝春秋、1990-4。この惑星の棄て子、群像、1990-5。案内人(ストーカー)、Switch, 1990 Mar. Vol.8 No.1。自動人形の悪夢、新潮、1990-6。小説の悲しみ、文学界、1990-7。家としての日記、群像、1990-8

  • (2006.03.28読了)(1999.10.10購入)
    「あいまいな日本の私」を読んだあと、すぐ読むつもりだったのですが、積読の山から探し出すのに時間がかかり、やっと見つけ出したので、読むことにしました。
    読まずに置くと、きっとまたどこかに行ってしまうに違いない。
    この本は、映画化されたようで、サントラ盤の「静かな生活」は、手元にあり、時々聞いています。曲の前に、光君の曲名を紹介する声が入っています。静かな声なので、よく聴いていないと聞き逃してしまいます。
    小説のような、実話のような内容です。イーヨーこと光君のことが中心に書いてあるのですが、妹のマーちゃんの目を通して書いてあります。父親のK(健三郎)は、アメリカのカリフォルニア大学に招待されて、行っています。母親のオユーさんは、Kが「ピンチ」なので、アメリカへついて行っています。父母が留守の間、イーヨーの面倒を見るのは、大学4年生のマーちゃんと、一浪中の弟のオーちゃんです。
    マーちゃんは、「家としての日記」をつけています。この本は、この日記を基にして書いたことになっているようです。

    イーヨーと呼ばれている兄は私より4歳年長だが、知能に障害のある人たちの通う福祉作業所の工員として働いている。(8頁)
    イーヨーは、作業所へ通うほかに、父の友達の重藤さんに作曲を見てもらっている。イーヨーは、クラシック音楽が好きで、自分で作曲もしているのです。
    イーヨーは、てんかんの発作を起こすこともあります。普段、抗てんかん剤を服用しているのですが、それでも時々あるようです。
    イーヨーという名前が「クマのプーさん」から来ている・・・ペシミストのロバ・・・(123頁)
    マーちゃんと言う綽名は、私の小さな丸い頭にもとづいている。丸い「マリ」のようなので、「マリ」と呼ばれ、マーちゃんとなった。(124頁)
    イーヨーが頭に畸形を持って生まれてきた。二人目を生もうと決心した時、肉体そのものに、自己防衛の傾向があったのじゃないか? 母胎が単独に、今度の出産では嵩ばらない頭の子を生もうと考えたわけだ。(125頁)

    大江健三郎さんの小説の中では、分かりやすくて、割と楽しく、結構深刻なところもある小説?です。

    著者 大江 健三郎
    1935年 愛媛県生まれ。
    東京大学文学部仏文学科卒業。
    1957年 「奇妙な仕事」で東大五月祭賞受賞
    1958年 「飼育」で芥川賞受賞
    1964年 『個人的な体験』で新潮社文学賞受賞
    1967年 『万延元年のフットボール』で谷崎潤一郎賞受賞
    1973年 『洪水はわが魂に及び』で野間文芸賞受賞
    1983年 『「雨の木」を聴く女たち』で読売文学賞受賞
    1983年 『新しい人よ眼ざめよ』で大佛次郎賞受賞
    1984年 「河馬に噛まれる」で川端康成文学賞受賞
    1990年 『人生の親戚』で伊藤整文学賞受賞
    1994年 ノーベル文学賞受賞

    (「BOOK」データベースより)amazon
    障害を持った兄との関係を通して、家族と社会、現代という時代、人間の未来に切実に対峙していく女子大生のマーちゃん。現実の困難さの向こう側に希望される、穏やかで静かな生活。現代人の魂の行方を人間の優しさとともに描く純文学連作小説。

  • 春の日差し、夏の木陰、秋の夕暮れ、冬の夜明け。
    そんな時に読みたくなる一冊。

  • 両親が外国に行ってしまい、知的障害を持つ兄と大学受験を控えた弟と三人暮らしをする大学生の娘。
    静かな生活と名づけられたのは彼らの日々の記録です。

  • 12/9<br>
    恐ろしく世間ずれしてない娘と兄のお話<br>
    でも視点はきらいじゃないし<br>
    そういう青臭さみたいなものは共感<br><br>
    ドールハウスあたりから思うけど<br>人がふつうだと思っていることって<br>
    ほんとに自分の中だけでしか普通じゃないんだなと<br>

  • 優しくなれます。
    「物語は、つまりどのように語られるかということにすべてがある」

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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