本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062053310
作品紹介・あらすじ
日清戦争時、陸軍では戦死・戦傷死者合計の3倍以上の兵が脚気で死亡した。日露戦争では陸軍軍人中戦死者47,000人、脚気患者22,600人、脚気死亡27,800人。しかし海軍では両度とも脚気患者は殆ど皆無であった。日本海軍から脚気を僕滅した初代海軍軍医総監高木兼寛の、不屈の信念と人類愛に貫かれた明治初年の青春を描く。
みんなの感想まとめ
不屈の信念と人類愛に貫かれた高木兼寛の生涯を描いたこの歴史小説は、幕末から明治にかけての医学と社会の変革を鮮やかに映し出しています。主人公は薩摩藩の大工の息子として生まれ、海軍軍医総監に昇進し、当時深...
感想・レビュー・書評
-
薩摩藩で大工を営む高木喜助の長男・藤四郎(高木兼寛)が、幕末・明治の揺籃期にかけて、医学の道に専念し海軍軍医総監(少将)まで昇りつめ、海軍兵士に頻発する脚気の撲滅に尽力した不撓不屈の生涯に迫った、吉村昭氏の長編歴史小説です。薩摩藩の隊付き医師として、鳥羽伏見の戦、彰義隊討伐、会津戦争に従軍した兼寛は、鉄砲や大砲で負傷した官軍兵士の外科手術法を学んでいないため、救える命を救えないもどかしさに我が身を恥じたことが、後年英国に留学しセント・トーマス病院で勉学に励み、凱旋帰国する稀代の人物となっていくのでした。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
当時大問題だった脚気の予防にとりくみ、観察と実験を基に海軍の食事改革を実行して、日本の「疫学」の祖とも言われる高木兼寛を描いた歴史小説で、彼の視線から幕末・明治の医学・医療と社会を垣間見ることができる。物語は戊辰戦争(薩摩藩軍医として従軍)から始まり、淡々とした描写にくじけそうになったが、これは後の活躍の様々な伏線であった。鹿児島と英国医学の深いつながりを初めて知り、大河ドラマ等でなじみのある歴史事象も数々登場する。
彼の業績は多岐にわたり、本書で触れて欲しいが、その一つは英国留学時にナイチンゲール創設の看護婦学校で養成された看護師に感銘を受け、日本初の看護婦教育所を設立したことである。
著者プロフィール
吉村昭の作品
本棚登録 :
感想 :
