国境の南、太陽の西

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062060813

感想・レビュー・書評

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  • 眠れない夜には、僕はベッドの中でじっと横になったまま、雪の降りしき
    るあの小松空港のことを何度も何度も何度も思い出した。何度も繰り返
    して思い出しているうちに.その記憶が擦り切れてしまえばいいのにと思った。でもその記憶は絶対に擦り切れなかった。それは思い出せば思い
    出すほどますます強くなってよみがえってきた。

    窓の外には暗い基地と、その下の道路を走り過ぎていく車のヘッドライト
    が見えた。グラスを手に僕はそんな風景をずっと眺めていた。真夜中と
    夜明けを結ぶそれらの時間は.長く暗かった。ときどき、泣くことができれ
    ば楽になれるんだろうなと思えるときもあった。でも何のために泣けばい
    いのかわからなかった。誰のために泣けばいいのかがわからなかった。
    他人のために泣くには僕はあまりにも身勝手な人間にすぎたし、自分の
    ために泣くにはもう年を取りすぎていた。

    「君を見ていると.ときどき遠い星を見ているような気がすることがある」
    と僕は言った。「それはとても明るく見える。でもその光は何万年か前に
    送りだされた光なんだ。それはもう今では存在しない天体の光かもしれ
    ないんだ。でもそれはあるときには、どんなものよりリアルに見える」
    島本さんは黙っていた。
    「君はそこにいる」と僕は言った。 「そこにいるように見える。でも君はそこ
    にいないかもしれない。そこにいるのは君の影のようなものに過ぎない
    かもしれない。本当の君はどこか余所にいるのかもしれない。あるいはも
    うずっと昔に消えてなくなってしまっているのかもしれない。僕にはそれ
    がだんだんわからなくなってくるんだ。僕が手を伸ばしてたしかめようとし
    ても.いつも君は『たぶん』とか『しばらく』というような言葉でずっと体を壊してしまうんだ。ねえ、いつまでこういうのが続くんだろう」

    たとえば何かの出来事が現実であるということを証明する現実がある。
    何故なら僕らの記憶や感覚はあまりにも不確かであり、一面的なものだ
    からだ。僕らが認識していると思っている事実がどこまでそのままの現実
    であって、どこからが「我々が事実であると認識している事実jなのかを
    識別することは多くの場合不可能であるようにさえ思える。だから僕らは現実を現実としてつなぎとめておくために、それを相対化するべつのもう
    ひとつの現実を一隣接する現実を一必要としている。でもそのべつの隣接する現実もまた、それが現実であることを相対化するための根拠を必
    要としている。それが現実であることを証明するまたぺつの隣接した現実があるわけだ。そのような連鎖が僕らの意識のなかでずっとどこまでも
    続いて、ある意味ではそれが続くことによって.それらの連鎖を維持する
    ことによって、僕という存在が成り立っているといっても過言ではないだろ
    う。でもどこかで.何かの拍子にその連銀が途切れてしまう。すると途端
    に僕は途方に暮れてしまうことになる。中断の向こう満にあるものが本当
    の現実なのか、それとも中断のこちら側にあるものが本当の現実なの
    か。

  • 前半の独白部分がよい。平凡な人生も村上春樹のモノローグがつけば文学になるんだろうか、と思った。しかし主人公がなぜこんなにもモテる!という気持ちがじゃまをしてくる…。

  • 見事な物語。登場人物に、誠意を感じる。あるべき人と人との距離感が描かれている。いまだ文庫本化されていない「海辺のカフカ」を除いて、村上春樹の小説を読破したが、彼は着実にその表現領域を発展させている。それも一作一作。これも学生時代に一度読んだ本だが、その時はどれぐらい内容を理解したのだろうか?おそらくよく分からなかった故に(経験不足から)、これで村上春樹作品への興味を失ったのだと思う。

    P291「僕はこれまでの人生で、いつもなんとか別な人間になろうとしていたような気がする。僕はいつもどこか新しい場所に行って、新しい生活を手に入れて、そこで新しい人格を身に付けようとしていたように思う。僕は今までに何度もそれを繰り返してきた。それはある意味では成長だったし、ある意味ではペルソナの交換のようなものだった。でもいずれにせよ、僕は違う自分になることによって、それまで自分が抱えていた何かから解放されたいと思っていたんだ。僕は本当に、真剣に、それを求めていたし、努力さえすればそれはいつか可能になるはずだと信じていた。でも結局のところ、僕はどこにもたどり着けなかったんだと思う。僕はどこまでいっても僕でしかなかった。…ある意味においては、その欠落そのものが僕自身だからだよ。」ここからラストまで続く、主人公と妻の会話はすごい。クライマックスだ。相手を受け入れていく過程がすっと僕の心にも入ってきた。ここまで苦しんで始めて相手が分かる。

  • あーもう。あーもう。読み終わったあとしばらくそれしか言えなかった。私たちが多かれ少なかれ誰でも抱えてるものを、この人はどうしてこんな風に表現できるんだろう。
    人は、それまでの自分を全否定して生まれ変わるなんて無理なんだ。
    でも変われる。今までを認めるなら。

  • ここまでくると村上春樹の文章は圧倒的に洗練されていて、名文家という言葉が頭に浮かぶ。自分が書きたいと思ったことを自在に書けるようなレベルに到達したと言っていたけれどもまさしくそんな感じ。柔らかく平易だけれど、深さをきちんと伴っていてよく読ませる。ただ単に平易なのではなくて洗練されたからこそ飾る必要が無い、だから平易なんだとおもう。
    扱っているものがいつもと少しだけ違っていて面白い。簡単に言えば不倫のはなしなのかもしれないけれど、毎度のことながらそれは形だけの問題であって本質的に扱っていることはもちろん別なのだけれど、その本質的な部分がいつもよりリアリズムを帯びているイメージ。いつもより少しだけ、私達の実際の生活に密接に関わってくる。いつもより少しだけ、分かりやすい。わたしは本当に村上春樹のリアリズムが大好きなので、この本は凄く読みやすくて久々にのめりこんだ。井戸を掘るということではなくて、さてあなたは明日からどんな風に生きますか、とダイレクトに伝えてくる感じ。たまらなく上手でたまらなく好き。一貫して村上春樹の本に見える孤独について何故こんなに議論に上がらないのかが不思議だったのだけれど、この本も孤独によって成り立っていて、わたしはいつかその一貫性を見いだしたいとおもう。

  • とりあえず物語に関係ない感想をいくつか。

    まずこの本は表紙をとった状態が
    一番落ち着いて美しい表情だということ。

    もうひとつは、こんな風に文章を書けたら
    どんなに素敵だろう。と、いつも思いながら
    読み返してしまうこと。

    読み返すのはこれで3度目か4度目で、
    読む度にちょっとずつ薄まっている
    感じがします。

    他の村上作品はだいたい何度読んでも
    最初の時のように読めるのに、この作品は
    どこかそんな風に感じます。

    それでもやっぱり面白くて手に取って
    しまうから、良い作品であることに
    間違いなさそうです。

    すくなくともぼくにとっては。


    そして雨がとてもよく似合う一冊。

    もう一月くらい後に読んだ方が
    シックリ読めたかもな。



    読むのにかかった時間:3時間

    こんな方にオススメ:不毛な恋にお悩みの方

  • 又どんな不思議が起こるのかと構えていたけど、普通の世界でした。恋愛小説みたいでした。
    『島本さん』と言うフレーズが、一体何回出てくるんだろう。
    島本さんは何か物凄い人の愛人なのだろうか。逃げても絶対追っかけてきて、主人公を抹殺するような嫉妬深い男を想像してしまう。
    奥さんの気持が良く分かるので、切ないな。
    不可解ワールドが好きな人には物足りないかもしれないけど、私は好きだな。

  • 途中この男が結局どうなろうと全く興味が持てなくなり
    止めようかと何度か思ったけど悔しいので
    早く終わりにしたくてあっという間に読んだ。
    愚かな男が自分に酔ってるだけの退屈な話しだった。
    でも、最後の4行はすごく好き。

  • 僕の喪失感を取り戻すための不倫物語

    僕の喪失感を抱くようになった子供の頃の記述などは、共感を持って読むことができるが、島本さんや妻との会話はすぐには分からなかった。言葉で表現が難しいことを、日常的な非論理の会話で想像させている節があるようだった。
    日常の会話で僕や、島本さんのように一方的な会話で共感できることは難しいとは思う。ただ、誰しも持ち得るだろう充実した日常に潜む喪失感という幻想をいかに鎮めるか、という点は面白かった。妻も幻想を殺し、一方島本さんは最後まで現実を拒み、幻想の中でしか生きられなかった。いづみは僕の中の幻想の具体化ともいえる性欲の実現化が現実の他者を傷付け、ずっと解決されることのない例となる。彼女は現実と幻想の区別を出来ないまま苦しんでいる。
    最終的に僕は、幻想の青に染まった夜明けの空が光によって消されていった後で、理解ある妻によって肩に手を掛けられて晴れて現実の世界で生きることを決めた。たぶんもしばらくもない世界に。

    幻想はそこに浸るのではなく、眺めること、紡ぎ出すことで生活の充実感を満たすことが大事なのだという物語。

  • 村上春樹の中でも評価の低い作品だと思うけど、実は僕は好き。
    面白いわけではないけど、好き。
    そういう感じなのです。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

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