国境の南、太陽の西

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 144
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062060813

感想・レビュー・書評

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  • 個人的には、村上春樹の長編作品の中では一番の作品だと思っています。

    ストーリー自体は、ありがちなものの気もします。
    現状に対しては不満を抱えていない「僕(ハジメ)」の前に、「島本さん」という少年期に好きだった女性が現れ、彼女への想いを捨てきれないハジメは、彼女の「側」へ行こうと決意するが、突然島本さんは消えてしまう。ざっくりだとこんな流れです。

    そんなありがちかもしれないストーリーですが、
    本編に登場する印象的なフレーズと、村上作品を支える「文体」、もしくはそこからもたらされる「独自の雰囲気」がもっともマッチした作品だと思います。

    男性は(女性はどうかわかりませんが)、なんとなくみんな「島本さん」のような存在を、どこかでひきずっているというか、秘めているような気がします。
    それが幸か不幸かはともかく、多くの人が抱えるものを、うまく、素敵に、この作品は「代弁」してくれているような気がします。

    都合がよすぎるかもしれませんが、島本さんに対する気持ちも、有紀子に対する気持ちも、全部が本音なんです。男の。

  • 手を繋ぐf描写は今までで最高。宮部みゆきも青春ものに長けているが、男にしか共感できない微妙なところまで思い出させてくれる。かりそめの、性欲に幻惑された愛情と人格と肉体へのどうしようもなく勘違いした理解の描写も、これも男にしかわからないとも。そうして前半のほとんどは例のあのフワフワした自己の不定、病状を描く。かなりリアルに。「ノルウェーの森」以来、かつおそらく最後のラブストーリーと思われる。その意味で村上春樹作品としては異質。ファンタジー要素は特段無く、島本さんのバックボーンが謎めいている以外はリアリティに徹している。
    中年男共感は高いと思うが女性読者はどうなのだろう?

  • 12歳の頃に惹かれあっていたハジメと島本さん。
    20年以上が過ぎ、2人は再会してしまう。

    妻子があるにも関わらず、ハジメは島本さんのこと以外考えられなくなり、島本さんと一緒になろうと決意するが、島本さんが何も言わず居なくなってしまった。

  • 好きな映画を何度も見たくなるように、この小説を手に取った。性描写が鼓動を高鳴らせるような、ただ性的であるシーンを超越し、そこに至る小学生の頃からの流れが、全てはそこに集約するかのように、何しろ、その印象が強く残る小説だった。二度目なら。何か違った世界を感じ取れただろうか。

    ロビンズ・ネストという場所を少しだけ、この本を読むことで分け与えられた気になる。なぜ、10万円が消えたのだろうか。平和な家庭に訪れた一つの事件。それは、主人公の認識にしか、存在しなかったのではないだろうか。恋愛や好き嫌いは、認識論の問題である。いや、人間の存在そのものが、認識論の問題なのかも知れない。

  • 恵まれた生活のなかで、満たされない思いを抱えて生活するハジメ。
    彼は小学生のときに親しくなった島本さんをずっと求めていた。

    高校生活ではその満たされない感情をイズミとその従姉に求めてしまい、イズミを傷つける。

    喪失感を持ったまま、学生運動の時代を超え、バブル前夜まで流されるように生きるハジメ。
    バブルとともに豊かな生活と幸せな家族を築くが、20数年ぶりに現れた島本さんに、ハジメは心を奪われる。島本さんが何者なのかわからないが、ハジメはすべてを捨て、彼女と一緒になろうとする。

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    とてもとても豊かなのに、満たされていない男、ハジメ。
    子どもから大人になる頃に欠損した関係を、ずっと求めている男っていう構図が『色彩を持たない~』と似ている感じがした。

    いちいちかっこつけすぎだけど、生活とか女のひととの会話とか、そういうスタイルが羨ましいほどかっこいい。

    物質的ではなく、内面的な豊かさを求める話ってことでいいのかな。
    高校生の頃から何度も読んでるけど、いまだに明確な答えが見つからない。


    (イズミさんがかわいそうだった。ハジメのせいでそこまで壊れてしまったのか?)

  • 見事な物語。登場人物に、誠意を感じる。あるべき人と人との距離感が描かれている。いまだ文庫本化されていない「海辺のカフカ」を除いて、村上春樹の小説を読破したが、彼は着実にその表現領域を発展させている。それも一作一作。これも学生時代に一度読んだ本だが、その時はどれぐらい内容を理解したのだろうか?おそらくよく分からなかった故に(経験不足から)、これで村上春樹作品への興味を失ったのだと思う。

    P291「僕はこれまでの人生で、いつもなんとか別な人間になろうとしていたような気がする。僕はいつもどこか新しい場所に行って、新しい生活を手に入れて、そこで新しい人格を身に付けようとしていたように思う。僕は今までに何度もそれを繰り返してきた。それはある意味では成長だったし、ある意味ではペルソナの交換のようなものだった。でもいずれにせよ、僕は違う自分になることによって、それまで自分が抱えていた何かから解放されたいと思っていたんだ。僕は本当に、真剣に、それを求めていたし、努力さえすればそれはいつか可能になるはずだと信じていた。でも結局のところ、僕はどこにもたどり着けなかったんだと思う。僕はどこまでいっても僕でしかなかった。…ある意味においては、その欠落そのものが僕自身だからだよ。」ここからラストまで続く、主人公と妻の会話はすごい。クライマックスだ。相手を受け入れていく過程がすっと僕の心にも入ってきた。ここまで苦しんで始めて相手が分かる。

  • あーもう。あーもう。読み終わったあとしばらくそれしか言えなかった。私たちが多かれ少なかれ誰でも抱えてるものを、この人はどうしてこんな風に表現できるんだろう。
    人は、それまでの自分を全否定して生まれ変わるなんて無理なんだ。
    でも変われる。今までを認めるなら。

  • 昔読んだことがあったが
    あまり印象に残っていなくて久々に読んでみた。
    色々と思い出される過去のことと
    まじりあって
    切ない気分
    懐かしい気分
    戻れない過去に 何とも言えない気分に

    今の自分もまた、同じようなものを抱えている

  • 村上春樹の作品の女の子は必ず何かが欠けていて、"僕"はかならず彼女を損ない、なんらかの形で失う。

    あらゆる外傷、あらゆるトラウマは時が癒すというけれど、一度「損なわれた」僕と彼女は「損なわれ続ける」...(たぶんそれは、"崖から落ちて落ちっぱなし"by田中小実昌のようなものだ。

    でも唐突にやってくる「誰かの手」にも癒されるわけだ。

  • たぶん男なら誰にでも忘れられへん女性っているんじゃないかな。
    主人公に関わる女性が主に3人いるねんけど、
    1人目が上記の女性、2人目は高校時代の元カノ、3人目が結婚相手。
    話は主人公とその3人の女性とともに進んでいきます。
    女性からすると勝手やん!!って言われるかもしれへんけど、
    男としては共感できちゃいます。

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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