国境の南、太陽の西

著者 :
  • 講談社
3.48
  • (98)
  • (135)
  • (327)
  • (35)
  • (5)
本棚登録 : 1337
レビュー : 144
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062060813

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 村上春樹らしい小説だと感じながら読みました。読み手の年齢によって受け取り方もまるで違っているだろうなぁと思います。ブクログのreviewもまさにそれが表れていますね♪ 作者40代前半の作品だから今から26年も以前のものです。
    男性たる生き物は多かれ少なかれ主人公のような心情を有するところがありますねぇ、女性はよく分かりませんけど。作品からさまざまに暗喩を受けられる人も居られるのでしょうね?!

  • 個人的には、村上春樹の長編作品の中では一番の作品だと思っています。

    ストーリー自体は、ありがちなものの気もします。
    現状に対しては不満を抱えていない「僕(ハジメ)」の前に、「島本さん」という少年期に好きだった女性が現れ、彼女への想いを捨てきれないハジメは、彼女の「側」へ行こうと決意するが、突然島本さんは消えてしまう。ざっくりだとこんな流れです。

    そんなありがちかもしれないストーリーですが、
    本編に登場する印象的なフレーズと、村上作品を支える「文体」、もしくはそこからもたらされる「独自の雰囲気」がもっともマッチした作品だと思います。

    男性は(女性はどうかわかりませんが)、なんとなくみんな「島本さん」のような存在を、どこかでひきずっているというか、秘めているような気がします。
    それが幸か不幸かはともかく、多くの人が抱えるものを、うまく、素敵に、この作品は「代弁」してくれているような気がします。

    都合がよすぎるかもしれませんが、島本さんに対する気持ちも、有紀子に対する気持ちも、全部が本音なんです。男の。

  • 「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて―。

  • 手を繋ぐf描写は今までで最高。宮部みゆきも青春ものに長けているが、男にしか共感できない微妙なところまで思い出させてくれる。かりそめの、性欲に幻惑された愛情と人格と肉体へのどうしようもなく勘違いした理解の描写も、これも男にしかわからないとも。そうして前半のほとんどは例のあのフワフワした自己の不定、病状を描く。かなりリアルに。「ノルウェーの森」以来、かつおそらく最後のラブストーリーと思われる。その意味で村上春樹作品としては異質。ファンタジー要素は特段無く、島本さんのバックボーンが謎めいている以外はリアリティに徹している。
    中年男共感は高いと思うが女性読者はどうなのだろう?

  • 再読
    不倫相手に心中を示唆されるもののセックスで頭が一杯でその気持ちを汲むことが出来ず結果不倫相手を失う話でじゃあではもし心中示唆を汲み取ることができたらこの主人公は一緒に死ねるのかな多分死ねるだろなじゃあ不倫相手が消えた今それってもう死んだも同然じゃん何を糧に生きてくの?

  • 空が永遠に青かったらきっと何も思わないのに

  • 島本さんやイズミのことが最後曖昧で終わっていると思う。どこかで主人公が不幸になれと思ってる自分がいた。若い頃とはいえ、女性を傷つけてるな~って思う。

  • 島本さんは過去への憧れの象徴、イズミは過去に傷つけたものの象徴、と考察しているブロガーさんがいて、なるほど、と感じた。
    人間は、(九のはずれがあっても)一の至高体験を求めることがある、だから満たされないっていうことなのかなぁ。
    過去に追いかけられて、逃げ切れない(=島本さんとの不倫?)ことが現実にはあり得るんだってことを言っている本なのではないかと思った途端、少し気持ちが冷めてしまった。
    p146 九の外れがあっても、一の至高体験を求めて人間は何かに向かっていくんだ。そして、それが世界を動かしていくんだ。それが芸術というものじゃないかと僕は思う

    でもこれはその通りだと思うんだなぁ〜。私生活で、芸術のような現実を求めることがとても危険で、でも惹かれてしまうけれど、そういう過ちが世界を動かしてるって思うことがたまにある。人間は感情があるぶん、生きていくことがすごく難しいような気分になった。

  • 初めてこの小説を読んだのは私が高校生のときで、当時は正直あまり好みではないと感じました。しかし大人になって再読してみると、意外とおもしろいと感じました。時間が経つと小説への感じ方がこんなにも変わるものなのだと驚きました。

    小説は、まず一人っ子の「始(はじめ)」が、小学校の六年間を通じて出会ったたったひとりの一人っ子、島本さんに異性としての好意を抱くところから始まります。しかし別の中学校に進んだことで、二人は会わなくなってしまいます。

    大人になった始は、島本さんではない女性と家庭を持ち、仕事もうまくやっていました。
    けれど長いあいだ、島本さんに対して“心の中の特別な部分(p23)”をあけていました。小学校卒業から二十年以上経って、島本さんに再会した始は、ぽっかりと欠けている部分を埋めることができるのは彼女だけだと気付きます。

    奥さんと二人の娘のことを愛していると言いながら、島本さんのことを愛している、どこにも行ってほしくない、と言う始は、人を傷付けてしまうことのできる、身勝手で残酷な人間です。始も自分でわかっているのだと思います。それでも“その力に打ち勝てるという自信がどうしても持てない(p287)”不完全なところが、人間らしさなのかもしれません。

    島本さんがいなくなったことで、“僕は君(妻有紀子)と別れたくない(p287)”という始は、やっぱり自分勝手だと思います。傷付けられたはずなのに、それでも“私はあなたのことが好きよ(p290)”と言ってくれる有紀子と出会えた始は、幸せ者だと思います。“明日からもう一度新しい生活を始めたい(p291)”と言う始の言葉を、信じたいです。

  • よくわからない。大人の本。何が言いたいんだろう。セックスの描写がリアル。

  • 2017/02/06 読了

  • あらすじ[編集]
    バブル絶頂期(1988年 - 1989年頃)の東京が主な舞台となっている。小説の前半3分の1ほどは、主人公が会社を辞めバーを開店するまでの半生が描かれている。
    「僕」は一人っ子という育ちに不完全な人間という自覚を持ちながら、成長と共にそれを克服しようとする。義父の出資で開いた「ジャズを流す、上品なバー」(文庫版、95頁)が成功し、二人の子供を授かり、裕福で安定した生活を手にするが、これはなんだか僕の人生じゃないみたいだなと思う。そんなとき、小学校の同級生だった島本さんが店に現れる。
    登場人物[編集]
    始(ハジメ)=僕
    1951年1月4日生まれ。一人っ子。大都市郊外(近畿地方と思われる)の中産階級の住宅地から大学入学を期に東京に移る。教科書出版社を退職後、港区青山にジャズバー「ロビンズ・ネスト」を開業。バーを2軒経営する。
    島本さん
    小学校5年生の終わりごろ、「僕」の学校に転校してきた同級生。一人っ子。生まれてすぐに患った小児麻痺のせいで左脚を軽くひきずっている。「僕」とは別の中学校に進学する。
    有紀子
    「僕」の妻。5歳年下。教科書出版社勤務時代の夏休みの旅行の時に出会う。「僕」との間に二人の娘をもうける。
    有紀子の父
    中堅の建設会社の社長。子供が3人いる(兄、有紀子、妹)。「正規の教育はほとんど受けていなかったけれど、仕事に関してはやり手だった」と「僕」は記している。
    大原イズミ
    「僕」の高校生時代の恋人。父親は日本共産党員の歯科医師で、3人兄弟の長女、妹、弟がいる。「僕」がイズミの従姉と関係をもったため深く傷つき、「僕」と別れる。
    大原イズミの従姉
    京都在住。「僕」の2歳年上。「僕」が高校3年の時に出会い、関係をもつ。

  • なんとなく再読(多分4回目)で初の感想。
    男が浮気ではなく本気になっていく様子が愚かしく悲しく虚しい。運命的な再会を前にした時の無力感やら絶望感もよく表れている。
    建設会社の社長がいかにも土建屋らしく前面に押し出てくる動的な印象に対して、他の登場人物が全て一歩引いた感じで静的だった。それと島本さん、もしかするとこの人は初め(12歳時点ではなく店に現れた時)からこの世に存在してなかったのではないかなと思った。雨の夜がお好きみたいだし。
    これを読んで今度はスプートニクの恋人を再読したくなった。

  • 何というか、他人事とは思えない物語。読み始めて数ページでそう思ったけれど、ずっとその気持ちは続いていて、ラストで最高潮に達し、ラスト一行まで続いた。思い切り感情移入し、先を読む手が震えるような気がした。

    もちろん、主人公と僕は違う人間だし、個々のディテールにおいて同じであることは、当然ながらあり得ない。僕は彼のような人生を送っていない。しかし、彼の持つ人生への違和感と、自分自身への不快感は、ディテールを超えて僕に響いてくる。だから思うのだ。「これは僕自身の物語だ」と。

    没入しながらも、語り手と主人公の間にかすかな揺らぎがあって(語っている「僕」は、いつの「僕」なんだ?)、それが時々違和感となる。まあ、僕の読みが甘いのだろうけど。それもこれも、まるで自分自身の物語として、僕自身が読んでしまったからかもしれない。

  • 12歳の頃に惹かれあっていたハジメと島本さん。
    20年以上が過ぎ、2人は再会してしまう。

    妻子があるにも関わらず、ハジメは島本さんのこと以外考えられなくなり、島本さんと一緒になろうと決意するが、島本さんが何も言わず居なくなってしまった。

  • ずっと拒否してきた作家さんでしたが、図書館のおすすめコーナーに置いてあったので、なんとなく借りてきて半日で読んでしまいました。
    今まで感覚的な作家んで合わないと思っていたのですが、やっと分かるようになってきたみたいです。言葉の、やり取りだけで話を進めてゆく小説ではない感覚で読者に語りかけてゆく感じが、ひょっとしたらこの人らしいのかな?と思ったり

    なんか気に入ったので、他の作品も次に読んでみようと思う。

  • 読みながら、村上春樹は表現したいことを書いているのか、こう読んでほしいと思うままに書いているのかどちらなのか分からなくなった。でも、個人的には後者のような気がする。読み方はあなたに任せますよ、ご自由に解釈なさい、なんて生易しい作品じゃなくて、病的なまでの倒錯した愛情を生々しいままに読みなさい、その狂おしさと儚さを存分に味わいなさい、ってガツーンと提示されたような印象です。読ませ方を熟知してるのかな。細かいところ突っ込んだらキリがないけど、彼女を片足不自由にしたのも、そこに必然性があったんだろうな。それが治癒したことにもきっと。因果関係ではなくて、そのことが作品に与える影響から感じなければいけないな。演繹法じゃ答えは出ない。

  • こんなにも女性のことを好きになることがあっただろうか?と読みながら自分の過去のことがちらちら思い出されて落ち着かない気持ちになった。

    初恋の人、島本さんからハジメくんに、タイトルになっている「太陽の西」の意味が語られる場面。

    シベリアの農夫の話。
    毎日毎日、地平線しか見えない畑で働いて、ある日心の中の何かがぷっつり死んでしまって、鍬を放り出し太陽の西に向けて歩き続けて、そのうち死んでしまう、それがヒステリア・シベリアナ。

    この話し、人生か何かの比喩なんだろうけど、その日々があまりにも今の自分に近すぎて、なんか無性に泣けてきた。真夏なのに寒気がするくらい。

    太陽の西って、どんなところなんだろう。

  • 高校時代に読んだ。当時はいまいち大人の世界というかよくわからなかった。しかし今も主人公にも足が悪い彼女にもいまいち共感できない部分が…(苦笑。

  • 最初タイトルだけ見て、遠くの広大な土地への旅の話? と思った。内容はそうじゃないけど、全部読んだ感想としてはそれでもだいたい合ってる気がする。

    初恋の人ってそれほど引きずるものですか。そこまで運命なんですか。

    主人公、小学生のハジメは、転校してきた島本さんのお世話係的なことから仲良くなって家に招かれて一緒にいままであまり聴いたことのない音楽を聴いて…たしかに濃密な時間を過ごしている。一人っ子同士だったというのもある。でも要は初恋で、最初に意識した女の子で、刷り込みみたいなものじゃないのかな。中学生では別々の学校になり、何時の間にか疎遠に。そして彼女は綺麗な思い出の中だけで生きていた。

    高校生になって付き合ったイズミ。酷い別れ方をする。
    会社員になって知り合い結婚した有紀子。娘2人と幸せな家庭を築いている。

    この時点で島本さんには何も伝えてないけど、皆に同じように愛してるとか好きだとか言ってるような。こういう男は若い頃だったらまずこれで嫌いになってた。でも話の流れは面白い。どうなるのかなと思う。

    島本さんと再会して時々会って話をしたり、突然会えなくなってまた彼女のことを考えると止まらなくなったり、それでまたやっと会えればそれはかなり運命の人だと思うよね。感動だよね。でも他の女性たちは?

    なんというか皆、男にとって都合のいい女達。理想的ですね。ちょっとした浮気相手も含めて。

    男性からするといろいろあっても上手くいってる男の話だけど、女性目線で見るとさらにいろいろありそう。

    島本さんが消えたのは、いまのハジメの生活を壊してまで幸せになりたくはなかったのか。なにか許されない状況、例えば家庭の事情があったり、体調(死亡説?)だったりしたのか。
    それともいっそこの人のことは全部夢や幻想オチとか。それなら同時にお金が消えた謎も解決するんだけど。

    妻の有紀子があんなに出来すぎなのは、実はもっとすごい体験をしたのでは。義父の言及だけでははっきりしないけど、有紀子とはそういうところから惹かれ合ったのかもしれない。

    一番最後まで気になったのはイズミと従姉のこと。決して身体を許さなかったイズミ。イズミと付き合いながら、ハジメの初体験の相手だった年上の従姉。
    勝手な想像だけど、この従姉の死因はイズミにあったのでは。直接ではないにしてもイズミがしたなにかがきっかけで従姉が亡くなって、ハジメのことに加えて、それでイズミは病んでしまったのかなと。ハジメは自分だけのせいだと悔やむことではないかもしれない。

全144件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

国境の南、太陽の西のその他の作品

村上春樹の作品

国境の南、太陽の西を本棚に登録しているひと

ツイートする