酔人・田辺茂一伝

著者 :
  • 講談社
3.25
  • (0)
  • (1)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 23
感想 : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062068512

作品紹介・あらすじ

田辺茂一と立川談志-この奇天烈な師弟と彼らを取り巻く愛すべき人々との交歓を、古き良き時代の空気と共に綴り起こした興趣溢れる読物。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 立川談志が「人生の師」と仰ぐ、紀伊國屋書店創業者の田辺茂一の評伝。
    談志の著書は、そのほとんどを集めている自分ですが、本書は未読でした。
    それもそのはず、絶版になっていて、中古で手に入れたのです。
    田辺といえば、行きつけのバー「美弥」で談志とよく呑んでいたことは、談志の他の著書で知っていました。
    でも、本当に毎晩呑んでいたのですね笑。
    その時の田辺とのエピソードがとても愉快です。
    あの談志が舌を巻くのですから、それだけで田辺という人は凄い人ですね。
    一流企業の社員たちがカウンターにいる田辺を見つけて、
    「田辺先生、いつもお世話になってます」
    「先生お世話になってます」
    と次々とあいさつすれば、田辺は
    「なら返せよ」
    ですって。
    このやり取りについて、談志は
    「いい気持ちだった。成程その通りだ。〝お世話になってる〟ンなら返しゃいい。それだけだ、それまでだ」
    と述べています。
    田辺は、世間ではケチだと評判でしたが、談志が自宅へ行って「そこらにある品物を強奪に近い形で持ってき」ても、嫌な顔はしなかったそうです。
    この逸話を紹介したうえで、談志は持論の「ケチ論」をぶつのですが、これが実に頷けます。
    「〝あいつはケチだ〟といった奴にロクな奴ぁいない。それだけはいえる。相手を〝ケチな野郎だ〟と思ったりいった時に、もうそいつの負け」
    田辺のこんな話も、ぼくは気に入りました。
    「梅田の、大阪駅からホテル阪急へ続く、地下の、プロムナードに近いような感じのところに紀伊国屋が支店を出し」ました。
    本の棚がずらっと並んでいるところを通行人がぞろぞろ歩いていきます。
    そこで、談志は田辺に言いました。
    「ねえ先生、ここに本を並べたって、人がぞろぞろ来て通るだけ、買わないよ、売れないよ、立ち読みだよ。へたすりゃ万引きだよ、これ。ダメだよ、これ、商売にならないよ」
    これに対して田辺はこう言ったそうです。
    「方法はともあれ、読んでくれれば満足だ」
    この了見、シビれますよね。
    田辺は悪性リンパ腫で76年の生涯を閉じます。
    ただ、そこは談志ですから、湿っぽさはありません。
    代わりにこんなエピソードを紹介します。
    主治医の若い先生に田辺が
    「俺が死んだら、俺の心臓を君にやろう」
    と言いました。
    医者は
    「いえ、大丈夫です、私のは丈夫ですから」
    これに田辺は
    「かぁ、質が違わぁ」
    これが田辺の最期の言葉だったそうです。
    その談志も今はいません。
    田辺より1つ若く75歳で亡くなったのでした。
    本書には、田辺だけでなく、芸人や文士、ミュージシャンらと談志との交遊録もあり、私の知らなかったエピソードも満載、読み応えがありました。

  • 昨年鬼籍に入った立川談志による紀伊國屋書店社長、田辺茂一伝。談志は田辺をワカラナイとするが(たしかにワカラナイ)、破天荒な談志を可愛がった風景はとても素敵だ。談志にとっての先輩思慕、青春譚とさて面白い。

  • 171.初.カバスレ、帯付
    2010.12.26.阿倉川BF

全3件中 1 - 3件を表示

著者プロフィール

立川談志

一九三六年東京生まれ。五二年、高校を中退して五代目柳家小さんに入門。芸名小よし、小ゑんを経て、六三年に真打昇進、七代目立川談志を襲名。七一年、参議院議員に当選、沖縄開発庁政務次官等を務める。八三年、落語協会を脱退し、落語立川流を創設、家元となる。著書に『現代落語論』『談志楽屋噺』『新釈落語咄』『酔人・田辺茂一伝』など多数。二〇一一年没。

「2022年 『談志受け咄 家元を笑わせた男たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

立川談志の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×