南京の真実

制作 : エルヴィンヴィッケルト 
  • 講談社
3.67
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感想 : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062088664

作品紹介・あらすじ

「南京のシンドラー」とよばれ、中国人を救おうと奔走した一人のドイツ人。南京事件の全貌が記された彼の日記が、今歴史の封印を解かれた。吹き荒れる暴力の嵐の中、彼は一体何を見たのか?決定的な歴史的証言が今までの「南京論争」をひっくり返す。

感想・レビュー・書評

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  • 1995年に発見されたドイツ人商人の南京事件時の同所滞在日記を抜粋し、現実に見聞した南京事件の実像を明らかにしようとしたもの。
     ア○○ンのレビューでは誤訳があるとのことで、誤訳に関しては論評不可能。しかし、どこがどのように誤訳なのかが開陳されず、それ自体の信憑性も影が流布するかのごとくである。
     また、その点をひとまず置くとして、日記という形態を考えた場合は、本書の価値は色あせない。まず、記述内容が客観的な数字と合わないことは、日記の価値を損なうものではない。むしろ、他の資料の突合せのないまま記述内容が保存されていること、第三者への公開を予定していないことがわかり、虚飾のないことがわかるのだ。
     そもそも、日記の価値は、そのような客観的な数字ではない。
     日記は、見聞した事実を記憶が風化する前に具体的に記述していることに価値があり(逆に言えば、それしか価値がない。)、本書では、余りにも生々しい現場の様子が伝わってくるのだ。
     しかも、複数日類似の様子が続いていること、中国側に不利な記載内容もある(いわゆる従軍慰安婦的な描写において、強制がなかったとも読める部分もある。)、ドイツ人商人(いわゆる死の商人の可能性もある)であることは、中国に有利な内容を記録する必然性に乏しいことも、考慮すべきだろう。

  • 南京で日本軍は虐殺、強姦、略奪を行なった。
    ラーべ含め、数人の外国人は南京に残り、中国人を守った。
    崇高な精神は民族や国境を超える。
    ラーべはまた、日本軍の残虐な一面を見ながらも、日本人の資質とは考えず、状況によっては誰でも犯す可能性のある過ちと見ていた。
    日本人はもっとラーべを知り、学んだら良いと思う。日本軍の暴走から中国人を守ったラーべは、ある意味日本にとっても恩人なのだから。

  • 2011年12月13日

    <DER GUTE DEUTSCHE VON NANKING>
      
    装幀/川上成夫
    カバー写真提供/酒井賢司

  • 1937年の南京で働いていて、そこにいた人たち(中国人一般市民)を守ろうとした外国人の手記。
    オスカー・シンドラーや杉原千畝みたいなのを想像していたら規模が違った。
    首都まるごとって、えぇ!?
    アジアとヨーロッパの格差とか弱ってる中国とかもろもろがあってのこととはいえ、なんだこれは。他の舞台じゃ考えにくい。
    なのに出来事自体は普遍的な要素だらけだ。

    ジョン・ラーベは普通の人。並外れた有能さや責任感はあるけれど、やっぱり普通の人。
    イラついて悪態をついたり、でもちょっと良くされてすぐに機嫌を直したり、アホな冗談で場を和ませたり、最後のほうはすっかり疲れて参っている。
    聖人でも超人でもない、人権感覚がすぐれているわけでもない。
    ただ目の前にいる人が虐殺されてたらそりゃ嫌だよねという当たり前の感覚を持った、ただの普通の人。
    その嫌だって気持ちをそのまんま行動に移す素直さは「ふつう」の枠ではないけれど。

    だから、これは南京大虐殺の記録ではあるけれど、ジョン・ラーベという立場から見た南京の記録だ。
    それ以前の国際関係の分析や、逃げられない貧民や他国(たとえば連合国側)の外国人や日本軍の感想ではない。そこがいい。

    元々の文書は私的なもので、この人は1950年には死んでいるから今の感覚に合わせて書き直すってことができなかった(はず)。
    しかも普通のヨーロッパ人でドイツ人でナチ党員だから、その立場の素朴な感想がそのまま書かれている。

    ユダヤ人め金儲けばっかしやがってとか書いちゃう一方で、友人がユダヤ系ゆえの苦労を話すのを聞けば「気の毒に」と同情する。でもナチスを疑ったりはしない。
    「ここアジアではヨーロッパでは考えられないような野蛮な行いがまかり通っているけれど我らの正しき総統がなんとかしてくれる!」と無邪気に信じている。
    解説の通り「この残虐行為は日本軍が野蛮だから」と片付けはしない。中国も日本もひとくくりに「アジア」という異物として描かれる。

    2010年にこれを読んだ私は、ここに書かれた残虐行為のほとんどがドイツ人やロシア人やイギリス人やフランス人やアメリカ人のしたこと(この後すること)とそっくりだと知っている。
    だから、南京の、あるいはアジアの「固有の酷さ」が描かれるほどに、人類の残虐が浮き彫りになる。

    この人は38年の2月いっぱいで南京を離れるんだけど、このあとどうなったんだろう。
    南京のその後もだけど、この人のその後が知りたい。
    こんなひどいときを精一杯すごして、自分とは切り離したアジアの野蛮として割り切って「素晴らしい祖国」に希望を逃がしてがんばったのに、帰った祖国は自分が許せないと思った酷すぎる行為とほとんど同種の残虐行為をしてましたなんて。
    信じた祖国の行為を知った後、どうやって生きのびたんだろう。

    本当は、私は日本人だからこの本を南京大虐殺として読むべきだけど、ジェノサイドとして、そしてジョン・ラーベの物語として読んでしまった。

  •  南京大虐殺について『教科書が教えない歴史』③には「突如持ち出された虚報の『南京大虐殺』」という一文が載っている。南京では合法的な処刑は行われたが、その一カ月後に「虐殺」という「誤報」が流れたことはあったということ、虐殺を証明する公式資料は一つもなかったということ、そして敗戦後の東京裁判で突如として持ち出されたものであることなどが述べられ、「南京虐殺はこのように不可解な点の多い事件なのです」と結んでいる。たぶん南京大虐殺は政治的に作られた虚構だったとでも言いたいのだろうか。そうでなければ、この話を「教科書が教えない歴史」として掲載する理由が
    わからない。
     で、本書は当時ドイツのジーメンス社南京支社長であったジョン・ラーベという人物の日記である。この日記は一九九六年十二月にニューヨーク・タイムズでされたもので、この日記の発見によってラーベは一躍「南京のシンドラー」と称賛されたということである。ラーベはナチの党員であり、当然のようにヒトラーの崇拝者であった。また、ラーベは日本人でもなく中国人でもない第三者であり、その意味では南京で起こった事実を見たままに伝えているといえよう。
     まずいことについては証拠は残さないし、隠滅もするし、否定もするだろう。たとえ不良行為を認めたとしても罪の軽さを主張するだろう。しかし、誰かがちゃんと見ているものだ。ところで、今、南京大虐殺を否定しようとする人たちは何のために何を隠したいのだろうか。

     ★★★★ 事実は小説より奇なり。手軽に見たい人は『現代』一九九七年十一月号に抄訳が載っている。

  • (2006.09.21読了)(2006.07.15購入)
    ●南京とジーメンス(13頁)
    1927年から南京は中国の首都だった。1937年当時、首都南京の人口は約130万人。ジーメンスは南京市の電話、発電機、医療機器を供給し、ジーメンスが養成した中国人技術者が管理した。南京を統治していたのは、軍事委員会委員長、すなわち蒋介石である。南京には30人から40人のドイツ人軍事顧問が駐留していた。彼らは既に退役した将校で、家族同伴のものもいた。蒋介石は1927年にこれらの軍人を招聘し、私的な契約で任用し始めた。軍事顧問の役目は、共産党や日本軍に対抗できる精鋭部隊を作り上げることだった。
    ●ナチ党について(24頁)
    ナチ党について尋ねられた時、わたしはいつもこう答えてきた。
     一つ、われわれは労働者のために闘います
     一つ、われわれは労働者のための政府です
     一つ、われわれは、労働者の友です。
     我々は労働者を、貧しきものを、見捨てはしません!
    (ラーベは、ナチ党員で、ヒトラーを上記のように信じていた。)
    ●1937年10月14日(32頁)
    日本人が毒ガスを使っているとの噂しきり。地元の新聞が伝えるところによると、既にここの病院にガス中毒の中国人兵士達が運ばれてきているという。
    (日本軍は、毒ガスを使用していたのでしょうか?)
    ●1937年11月6日(42頁)
    新聞によると、中国軍が、強力な日本軍と上海で戦っているという。ドイツ人の軍事顧問が鍛え上げたえりすぐりの南京部隊が上海に派遣されていたのだが、既に3分の2が戦死したらしい。いくら精鋭部隊といえども、武装が十分でなければどうしようもない。日本の近代的な軍隊は、巨大な大砲や無数の戦車、爆撃機を備えている。中国とは比べ物にならない。
    (日本軍は、米軍に比べると劣るけれど、中国軍に比べると強力だった!)
    ●1937年11月11日(45頁)
    爆弾が雨あられのように降ってくる。出し抜けに、表で歓声が上がった。高射砲弾が一つ命中したのだ。真っ二つになった爆撃機が、炎に包まれ、もうもうたる煙を上げて落ちてくる。中から二人、炎と煙の中を飛び降りた。パラシュートもつけずに。
    (爆撃機が打ち落とされた時の事は考えないのが日本軍の方針?)
    ●1937年11月20日(54頁)
    18時に号外が出た。中国の新聞で、国民政府が重慶に移るといっている。
    (日本軍は、首都南京を占領したら国民政府は降参するだろうと踏んで戦闘を開始しただろうに、そうはうまく行かなかった。)
    ●1937年11月24日(59頁)
    当地の国際委員会、ドイツ・ジーメンス社のラーベを代表に、イギリス人、アメリカ人、デンマーク人、ドイツ人の各委員は、中国及び日本に、南京に直接戦闘行為が及んだ場合の一般市民安全区の設置を求めております。この保護区は一朝有事の際に、非戦闘員にのみ安全な避難先を提供するものです。
    ●1937年12月18日(125頁)
    最高司令官(松井石根)が来れば治安がよくなるかもしれない。そんな期待を抱いていたが、残念ながら外れたようだ。それどころか、ますます悪くなっている。
    (日本軍は、南京を占領してどうするつもりだったのでしょうか?)
    ●1937年12月22日(135頁)
    仲間と安全区の中を片付けていたら、市民の死体が沢山沼に浮かんでいるのを見つけた(たった一つの沼だけで30体あった)。ほとんどは手を縛られている。中には首の周りに石をぶら下げられている人もいた。
    ●1938年1月5日(167頁)
    クレーガーの話では、漢中門のそばの干上がった側溝には300ほどの死体が横たわっているそうだ。機関銃で殺された市民達だ。日本軍は我々外国人を城壁の外に出したがらない。南京の実態がばらされたら困るからな。
    ●1938年1月20日(195頁)
    難民の誰一人、安全区から出て行こうとしない。元の家に戻ろうとした人たちが大勢、日本兵から石を投げつけられて追い払われたり、あるいはもっとひどい目にあったりしたからだ。それなのに、街には日本軍のこんなポスターが貼られている。「家へ帰りなさい!食べ物を支給します。日本軍を信用しなさい。我々は皆さんを保護します」
    ●1938年2月11日(242頁)
    一人の兵士がある家に押し入った。天谷少将によれば、そのすばらしい軍紀によってつとに名高い日本軍の兵士が、だ。その家には母親と二人の娘が住んでいた。娘を強姦しようとしたが抵抗され、そいつは三人を家に閉じ込めて火をつけた。娘の一人は焼き殺され、母親は顔にやけどを負った。

    1938年2月23日、リーベ氏は南京を離れ上海に向かった。1938年3月16日、中国を離れドイツに向かった。1938年4月15日、ベルリンに到着した。

    ●編者ヴィッケルトのまとめ(286頁)
    日本民族が戦争犯罪についての真相を知ることは意味がある。だが、このような残虐行為が、単に日本人だけでなく、人類共通の問題であること、つまり、戦争犯罪を起こしやすい国民があるのではなく、すべての人類の問題であるということを知らずに、日本人に罪を負わせ、謝罪を要求するのは、傲慢であり、また独りよがりというものである。

    この本は、日本軍が南京占領を目指していたころ南京に住み、南京占領前後にも南京に残り南京の人々を支援したドイツ人リーベ氏が当時書き残した日記をヴィッケルト氏が解説を加えて出版したものの翻訳です。
    現場にいて見聞きしたものですので、それなりの価値があるかと思います。日本軍の残虐行為が記録されています。編者は、日本軍だけが特別なのではなく、戦争行為自体が問題なのだといっています。戦争を認める事は、戦争犯罪も認めることになります。戦争と戦争犯罪を分離する事はできないのです。

    ☆関連図書
    「南京への道」本多勝一著、朝日新聞社、1987.01.20
    「南京事件」笠原十九司著、岩波新書、1997.11.20

    著者 ジョン・ラーベ
    1882年11月23日 ハンブルク生まれ
    1903年 モザンビークに渡りイギリスの会社で働く
    1908年 北京で働く
    1909年 上海で幼馴染のドーラと結婚
    1911年 ジーメンス社に入社
    1931年 ジーメンスの南京支社の責任者となった
    1938年 ドイツに呼び戻される
    1950年1月5日 ベルリンで死去
    (1908年から1938年の間何度かドイツに戻ったりしているけれど、30年近く中国で暮した人です。)

    (「BOOK」データベースより)amazon
    「南京のシンドラー」とよばれ、中国人を救おうと奔走した一人のドイツ人。南京事件の全貌が記された彼の日記が、今歴史の封印を解かれた。吹き荒れる暴力の嵐の中、彼は一体何を見たのか?決定的な歴史的証言が今までの「南京論争」をひっくり返す。

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