「ひきこもり」だった僕から

  • 講談社 (2001年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062110723

みんなの感想まとめ

テーマは、ひきこもりという現象を通じての自己の探求と社会との関わりです。筆者は、ひきこもりの定義を「辛さを感じるかどうか」に置き、自己の内面を深く掘り下げています。文学を通じて培った高い知性があり、言...

感想・レビュー・書評

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  • 出版が2001年だったことがまず大変だったと思います。
    今でも大変ですが 2001年当時はさらに今よりも家族親戚社会周囲の視線は冷たかったわけですからね。

    現代になって振り返れば、ここまでご自分の半生や思いとか言葉をさらけ出さなくても良かったのではないかと思われます。

    自分自身でも共感のできる言葉はたくさんあります。

    自分に苦痛を与えた連中は何の苦痛もなくのうのうと普通に社会で暮らしている。そのことに腹が立って腹立って我慢ならない。なんであいつらは元気に楽しく暮らしていて、自分はこんな事になってしまっているか。怒りのやり場なく自分があまりに無力なために、ますます目のくらむような激怒がつのる。

    イジメの問題も深刻なのですが、これはなぜ傷が深刻化するかといえば、自分の感じたどうしようもない気持ちが<公>の部分に声として届かない。その理不尽さが一番強烈なのではないか。それが届かないまま永遠に忘れ去られようとしている。そのことに対する我慢できないような悔しさ。

    突然大声をあげたり、独り言を言い続けたり、中空に向かってうるさい!などと言ったりして、でも、これはひきこもり独特の過去への執着から来ているわけで、実際に病的な幻聴などが聞こえていたわけではありません。ところが家族からみるとこれはどう見てもおかしいということになる。

    正しいことというのは具体的に生きている他の人間達との軋轢の中で主張し 勝ち取るものであって、それに失敗した真実は真実でさえない。そこでいくら理不尽を感じても社会的権利を得られない。
    日常生活はその俗世的な姿のままで真実の戦場である。私が震災や引きこもりの経験を通じて勝ち取った認識の一つがこれです。

    経済的困窮、生活の必要は価値観の優先順位を狂わせます。本当に問題にしなければならないことは何かこういうことをしっかりと考え抜く時間的精神的余裕を奪い去ってしまう。

    たいていは自分にはそんなチャンスを貰えなかったというひねくれたイジケの中に沈没してしまうようですが。

  • 女性の当事者は読むな。

  • 全くピンと来なかった。哲学者にでもなったら良いんじゃないか。アマゾンのレビューの方が面白い。

    ジョン・ダンは誰も孤島ではないと歌ったけれど。私たちは大して違わないのに、あまりにも違いすぎる。そんな気分になっているだけかな。

  • 著者の講演会を聴きに行った。「ひきこもり」がどういうものか、それはこの数年、本やテレビを通して見聞きしてきた。しかし、その当事者から話を聞くのはもちろん初めての経験だ。「ひきこもり」である人はコミュニケーションが苦手であると思っていたが、著者は大勢の人の前で2時間近く話をされた。少し声が詰まることもあったが。さて、著者は35歳。中3のころから不登校になり、高校中退、大学へは入学するが、やはり不登校、休学、何とか卒業しても就職できないまま歳が過ぎていく。そして、31歳のころ、ある出会いがあって社会と関わりが持てるようになってきたそうだ。いまは、「ひきこもり」や不登校の人たちを支援する仕事をされている。私が本書から知りうる限りでは、上山さんが完全に「ひきこもり」状態であった期間は短いようだ。もちろん、すごい葛藤があったということは分かるが、完全な孤立状態ではなかったようだ。それどころか、引きこもり状態から抜け出していく過程で、いくつもの出会いを経験されている。私からすると少しうらやましい(失礼だろうか?)出会いをされている。だが、上山さんは今の状態に満足されているかというと、そうでもないようだ。つねに、本当にこれでいいのだろうか・・・という悩みをかかえているように感じる。何とも思わずに過ごしてしまえば、そんな楽なことはない。毎日がハッピーかも知れない。でも考えずにいられない。どうしてもこだわってしまう。養老孟司先生もそんなこと言っていたように思う。自分もどちらかというとそちらのタイプだ。夏目漱石が「私の個人主義」の中で、「ほりあてる」ということばを使って説明していた。自分がどういう仕事につくか。その仕事がしっくりいかないとしたら、その人は不幸だと。本当にそうだろうか。みんなそんなにしっくりいっているのだろうか。一生「ほりあてる」ことができなくてもそれはそれでその人の人生ではないか。「まあそんな人生もあってええんちゃうの」と森毅先生なら言ってくれそう。最後に、この講演を聴いて一番印象に残ったことばを。不登校が始まった中3から31歳まで年齢はストップしていた。そしてこの4年で15年分くらい歳を取った。このことばはしっくりいった。

  • なぜと共有すること。関心することは日常生活においても忘れてはいけない。

  • これから読んでみたい本。

  • 上山氏の半生は斯くも苛烈だったかと。記述が一々詳細で生々しく衝撃的でした。

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