ピアノ・サンド

著者 :
  • 講談社
3.31
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本棚登録 : 53
感想 : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062121545

作品紹介・あらすじ

一人でいるのも悪くない。好きな男のすべてはいらない。詩人・平田俊子が、新たに創出した文学世界。「小説」でなければ描けなかった二つの女性の物語り。

感想・レビュー・書評

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  • 不倫ものだった・・・(驚)
    男性作家っぽい濡れ場を書かれるな・・・

  • 「ピアノサンド」100年前のピアノを預かってくれない?という魅力的な導入部から始まり、同窓生と不倫する離婚経験者の女性を浮遊感たっぷりに端整に描いています。燭台の着いたピアノが欲しい。「ブラックジャム」欠陥や欠落を抱えた女性が、欠陥や欠落を持った異性に惹かれる話。明るい話ではありませんが、瑞々しい描写が素敵です。「方南町…」あとがきですが、自らの転居の過程と各話の創作過程が上手に織り交ぜて語られており楽しめます。コード感が希薄ながらセンスの良い音楽聴いたような印象を持った一冊でした。

  • ピアノ・サンドとブラック・ジャム、どちらも現実味を帯びていない不思議な話だった。

  • 学生の時に読んで意味が分からなかった本。
    今の自分なら!と思って再読。余韻の残る読後感◎

    心にいちもつお持ちの女性が主人公。日常の中の、自分との離別と新しい始まりが静か〜に書かれてる。
    淡々としてるのに、どことなくクセのある文章。何回か読み返して味わわせて頂きました。

    個人的に、著者の後書きがあって嬉しかった。物語の通り、けっこうクセのある人なようですが、私も見たいです真田広之さんの演じるゴッホ・・・ゴーガンの役は誰になるだろな〜。

  • 「ブックマーク」に、『平田俊子詩集』が出ていて、久しぶりにまた借りてきて読んだら、なにか平田の小説が読みたくなって、図書館にあったのを借りてくる。

    表題作の「ピアノ・サンド」と、「ブラック・ジャム」と、"かなり長めの「あとがき」"と脇に書いてある「方南町の空」の3つが入っている。

    「ピアノ・サンド」は、ピアノとサンドイッチが出てくる話。主人公の「わたし」は、百年前のピアノを預かってくれないかと持ちかけられて、ひきうける。といっても、どこにピアノを置くねん?という狭い部屋。離婚したのだし、ダブルベッドはいらない、こんな大きなテーブルもいらないと処分して、ピアノがやってくるのを待つが、持ち主の気が変わってピアノの話は立ち消えになってしまう。「わたし」はその後、ピアノの持ち主の店を訪ねていって、くだんのピアノをじっと見たりする。

    それでサンドイッチはどこで出てくるかというと、「わたし」がつきあっている妻子もちの男・槙野に食べさせるサンドイッチをパン屋で買うところで。菜の花サンドがうまそう。

    「ブラック・ジャム」は、腕に大きなヤケドのあとがあって、それをずっと隠そうとしてきた女性が主人公。その傷を負ったときの状況のせいで、母親に対してうずまく感情をもっている。そして、彼女は、自分のヤケドが呼びよせるかのように、どこか"欠けた"ような男とつきあってみたり。タイトルどおり、こっちの話にはジャムが出てくる。

    場面場面が、よく書き込まれていて、そういうところが平田の書き方なのかなと思った。「方南町の空」の中で、平田はこう書いている。

    ▼おとなしく詩だけ書いていればいいものを、どうして小説に手を出したのだろう。ひとつの分野でさえ満足な成果をあげてはいないのに、別の分野に手を広げるなんて僭越だ。欲張った結果、虻蜂取らずになることは目に見えている。それでも小説を書いたのは、見知らぬ場所に立ちたかったからだ。(pp.232-234)

    見知らぬ場所を描写し、情景を立ちあがらせる。たぶん詩とはまた違う部分を使うのだろうと思う。

    (8/29了)

  • タイトルと帯に引かれて購入。


    …で?って感じの本だった。
    退屈な女性の日常をだらだら追ったという印象。
    いつになったら盛り上がるのかなーと思ってたら後書きに入ってて驚いた。

    ごめん、これ単純に好みじゃない。
    初めての星ナシ、で。

  • 表紙に惹かれるっていう声が多い通りで,思わず読んでしまう。今の季節にちょうど良かったかも,この雰囲気…後書きがおもしろかった

  • 題名と表紙に惹かれ、図書館で衝動借り。
    何がどうっていう話じゃないけれど、文章は綺麗で流れるようでした。
    ピアノが好きだからでしょうか。なんとなく「ピアノ・サンド」の雰囲気が好きです。
    くれるって言われたらそんなに気にしていなかったものでも、だんだん気になって、いざ手に入らなくなったらどうしようもなく欲しくなってったって記憶、私にもよくあるなぁと思いました。

  • 好きな世界だった。
    もっと読みたい。この人の書いた本をもっと読みたい。

  • 二編の小説が収められている。詩人が初めて書いた小説と、それに続けて書かれたものが。二つの小説はとても異なる印象を読むものに与えるだろう。一つの小説からは言葉のつながりということが強く意識させられ、もう一つからは一本道ですすむ隠された感情というものが見えてくる。

    一作目の「ピアノ・サンド」は、まるで散文詩のような小説だ。言葉が持つイメージが次々と喚起され次の文章に繋がっていくのを眺めているような心持がするのである。小説として話がどうなっていようと一向に構わない。ただただ、詩人の胸の内にあるものが吐露されているのだな、と意識するだけである。次々と言葉が連なっていくのを目の当たりにして、それを楽しんでいる自分がいることが分かる。恐らくこういう小説を書くのだろうなと思った通りの詩人がそこにはいる。

    もちろん、それがただ単純に言葉として出てきたものを並べているのではないことは解っているのだが、詩人の体内でえずきをもよおさせるモヤモヤとした何かが、言葉を求めて体外へ出たがっている気配が強く感じられるのである。しかし、それは言葉になることで、急に生を失うかのようにもみえる。言葉に対する厳しい監視の目を、詩人である作家が持っているからなのだろうか。それでも、言葉は紡がれていく。あたかも生命を失った昆虫の吐きだした糸からシルクが織り上がっていくように。それを快楽的に味わってしまってはいけないのかも知れないと思いつつ、一気に読み切ってしまう。

    二作目の「ブラック・ジャム」では、そんな印象はがらりと変化する。この黒くねばねばしたもの、それは早く体の外に出してくれと叫んでいたものの正体だ。しかもそれは、体外に出されても生き続けている。今度は、言葉に意識が寄せられてしまうことなく、そのねばねばを意識する。全編を通して予感させられ、最後に一つのメタファーを得て白日の下に晒された肌の上に重ねられるもの。重ねられたものである肌もまた、隠されてきたものであり、その吐き出されたものは、たとえ舐め取られ得るものであるとしても、同質の手触りのするものなのだと解る。

    目を奪われたと悟られたくないもの、見た瞬間にすっと意識が引き寄せられてしまうもの、それでいて次の瞬間には意識の回路を直ちに遮断してしまうもの、どこかで恐怖と繋がっているもの。それをじっと見つめ続ける詩人の視線がこの小説にはある。それは強い意志を必要とする視線である。その心の葛藤がじわじわと伝わってくると同時に、何か自分の思考を越えたものに後ろから見つめられているような気にもなり、思わず後ろを振り返りたくなる。詩人って、やっぱり凄い。

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