在日

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062123228

作品紹介・あらすじ

自分の内面世界に封じ込めてきた「在日」や「祖国」。今まで抑圧してきたものを一挙に払いのけ、悲壮な決意でわたしは「永野鉄男」を捨てて「姜尚中」を名乗ることにした。初の自伝。

感想・レビュー・書評

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  • 2016/9/8
    カン サンジュン

  • 5刷。 167

  • 姜氏が個人史に朝鮮半島の歴史を織り交ぜて物語る。

     私にとって特に興味深かったのは、姜氏が日本の大学生だった当時、韓国の民主化運動への連帯を次第に意識していったことを回顧する一節である。
     現在の韓国からは想像しにくいのであるが、80年代までの韓国は、軍事独裁政権による強圧的な政治状況の下にあった。つい最近まで「南」もまた非民主的な状況にあったのである。
     このことは、姜氏をはじめ「在日」の人々の政治的立場と生き方に大きな影響を与えてきた。

     日本の人々の多くは、韓国の軍事独裁政権の圧制を身近な問題として感じることはほとんど無かったと思う。一方「在日」の人々は、軍事独裁政権下韓国の過酷な状況を、我が身の内心の切実な問題として感じて来たのである。
     65年の日韓基本条約後の国籍選択に際して「非・韓国籍」を“選択”してきた人たちも多い。その思いの背景について、本書を機に改めて考えた。

     個人がしっかりとした「歴史観」を培うことの大切さ。
    (もちろん、個人が「歴史観」を内に刻むことを余儀なくさせる状況があった。 )
     そして、「歴史観」を抱き続けることが「知識人・文化人」なのではないか。
     氏の思索を通じて、そう感じた。

  • どうも文章が入ってこないんだな。回りくどいというのか、読んでてクリアに意味が入ってこない日本語文だ。生い立ちから当時(2004年ぐらい)の雰囲気について書いているのだけれど、あいまいというか深さがないというか、誤変換や改行ミスっぽい部分がそのままだったり、かなり荒いつくりの本だと思う。これは講談社なのに文庫は集英社から出ているようで、何かあったのかも知れない。

  • 確かに。

    在日コリアンには、ダブルスタンダードな生き方を選ばざるをえないのかもしれない。

    本書の内容、自伝の部分は多少ドラマチックな切り方があるかも知れないけれど、赤裸々な葛藤の真実だと思います。

    どうしても韓国人の気質として「火病」と言われるような、ヒステリックなイメージがつきまとう。

    あながちステロタイプとも言えないように感じます。

    一方姜尚中は、テレビでしか見たことはないけれど必要以上にトーンが低く、ウィスパーボイスとも言える、感情の起伏を見せない、常に論理的な語り口と佇まいです。

    意識してそうしているのでしょうか。

    この自伝の中では、秘めたるマグマのような静かな熱さを感じます。

    事実、学生時代は運動家でもあったとのこと。

    先ほどのダブルスタンダード、ネットなどでは「二枚舌」とも書かれています。

    日本国内での本書のような発言と、韓国マスコミに向けた発言内容との差があまりにも激しすぎるせいでしょう。

    しかし、テレビで美術・絵画の解説を穏やかにしている姜尚中が本来の彼であり、本人も望む自分自身であるような気がします。

    だが現在、未だそれはつかの間のことであり、許されないことなのか。

    在日の「作られ方」、生き方。

    諦念にも似た、「在日とはなにか」をまとめた本かと思います。

    好きなのですが、シンパシィは今ひとつ得られない。

  • 永野鉄男という名前を捨てて、姜尚中を名乗り、二つの祖国(南北を考えると三つかも・・・)を持つ著者が朝鮮戦争のさなかに日本に生まれ、在日であることを意識し、日本も韓国も好きでありながら嫌いという極めてアンビバレントな悩みを持ちつつ、現在の北朝鮮バッシングに至る日本人の心情を分析する。非常な心の痛みを持ってしか読めないような重い本です。60年代までの韓国のイメージが今の北朝鮮のイメージだったことを考えると、今のバッシングはやはり朝鮮民族に対する私たちの複雑な思いを抜きにしては語れないように思いました。金大中・金正日会談に快哉を上げた話など、日本人には理解できないところかも知れません。著者がエピローグで書いているようにこれは決して成功した在日2世の成功談でもなく、在日の時代史でもなく、私たちが失っている日本人としての良心を呼び醒ます訴えの本として読まざるを得ません。そういうことを考える都度、2002年W杯共同開催は全員が喜べる歴史的な快挙でしたね。

  • 皆が仲良く生きていけますように

  • 在日の人々の自らのアイデンティティーを探し求める過程が克明に記されている。当時の政治・文化も併せて述べられており当時の社会情勢を思い出した。

  • 日本を代表する政治学者である姜尚中氏の自伝的エッセイである。自身の半生への反省を通して、「在日」である「自己」、「在日」という「存在」、「在日」と「朝鮮半島」・「在日」と「日本」の関係、さらには「在日」であることの「可能性」への思考が鏤められている。

    日本の「独立」と同時に国籍を一つの「通知」によって一方的に剥奪された「日本人=大日本帝国臣民」は、「元日本人」というカテゴリーも許されない「在日=パーリア(被差別少数者)」として錯綜とした存在の「傷痕」を強いられることとなった。結果、絶対的マイノリティーとして陰日向に生きざるをえない「非日本人」が誕生したのである。著者もこの歴史の傷跡を刻印された一人として生まれたのである。

    細かい内容は読んでいただくしかないが、著者の経歴とともに多くの興味深い事実を知ることができた。共に六〇年の出来事である日本の「60年安保」と韓国の「4・19革命」の「共振現象」、日本人が「ポスト68年」の「三無主義」に雪崩を打っていった70年代は、在日にとっての「政治の季節」に他ならなかったこと。学校での「パトリ=祖国」という図式が成り立つ「一世」と、「パトリ=日本/祖国=半島」、「パトリなき祖国」を強いられる「二世」「三世」との「断絶」などである。

    快活に日々を送りつつも微妙な「違和感」を感じ始めた時期、「在日」であることの「後ろめたさ」に言いようの無い苦悩に苛まれた続けた時期、反転「通り名」を脱ぎ捨て、熱烈な「民族主義者」として鬱屈した闘争を繰り広げた「熱い」時期、ドイツ留学時代の鬱状態になりながら黙々と取り組んだ「ウェーバーとの対話」の時期、「日本人」市民との共闘、韓国の民主化を経ての累々とした「ルサンチマン」の超克の時期などが深い内面への省察に基づいて描かれている。とくに、「東北アジアにともに生きる」ものとしての不退転の決意表明の段は、今尚も活発な氏の活動の根源として非常に胸を打たれるものがある。

    「日本のエドワード・サイード」とはいささかの飛躍に聞こえるかもしれない。しかし、報われることの決して多くない「発言するマイノリティー」としての自らの人生・存在へ、絶えず身を曝け出し断固として「コミット」し続ける氏の誠実なる姿勢は、サイードのいう「知識人像」からもそう遠くはないだろう。今後も変わらぬ活躍に大いに期待したい。

  • 故郷の祭儀や風習、食生活や儀礼に対する母の異様なほどのこだわりは、もぎ取られてしまった土地と人々の記憶を現在という時間の中で再構成しようとする彼女なりの必死の営みに違いない 母にはその言語という回路が途絶していた じつに成人40%が生まれ故郷を離れた状況にあった 「政治の季節」の終わりが訪れつつあった 政治から「私生活」へ 在日は幾重にも重なり合った大きな政治的暴力の中で生きているのだ 本書を書きたいと思った最大のモチーフは、朝鮮戦争の年に生まれて藩政期あまりを経た「在日」二世が、何を失い、何を獲得し得たのか、そのことを忘れ得ぬ人々の記憶とともに書き留めて置くことにあった

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著者プロフィール

姜 尚中(かん・さんじゅん)
1950年、熊本県熊本市に生まれる。国際基督教大学準教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、聖学院大学教授、同学長を歴任。東京大学名誉教授。専攻は政治学、政治思想史。

「2017年 『原子力発電と日本社会の岐路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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