進化論 (YA!ENTERTAINMENT)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062124652

作品紹介・あらすじ

大学院生・祐介が家庭教師をしている少女・美紀が妊娠した。しかも、「処女懐胎」。生まれてくる子は、「神の子」といいはる美紀に、とまどう祐介。はたして本当に「神の子」なのか?それとも、人類とは異なる「なにか」なのか?人類の未来を暗示する衝撃の近未来SF小説。

感想・レビュー・書評

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  •  講談社の「YA!ENTERTAINMENT」は、<ちょっぴりおとなっぽくて、おもしろさ抜群!><まだ大人じゃないけど、もう子どもでもない……。そんな「YA」=「ヤングアダルト」向けのシリーズです。読み出したらとまらない、「物語の快感」を、あなたに!>(講談社の公式サイトより)というコンセプトで刊行されている児童書レーベルだ。「ライトノベル」ではなく、まさにアメリカのティーンエイジャー小説=「ヤングアダルト」って感じが特色だと思う。多くの実力派の作家が個性的な作品を刊行している。
     僕も気になっているレーベルで、本屋で物色している時にこの本『進化論』を見つけた。SFっぽかったのと、シンプルなタイトルが何となく気になって手にとっていた。最近は児童書でも侮れない小説が多い。これはどんな物語なのだろう。

     で、読み始めて気づいたのだけど、この本の作者・芝田勝茂の作品に僕はかなり以前に出会っている。この人、たしか十代の時に読んだ『星の砦』(理論社 ファンタジーの冒険)の作者だったのだ。当時結構気に入っていた小説のはずなんだけど、すっかり記憶の底に埋もれてしまっていたのは我ながら迂闊。それでも三十代になった今、再び無意識に手に取るとはこの作者はずいぶん僕と波長が合うらしい。

     大学院生の塩瀬祐介は、奇妙な夢に悩まされていた。廃墟になった街で自分が兵士になって何かと戦っている。何を相手に戦争をしているのかもよくわからない。しかも夢の中の自分も何かのイメージに苛まれているようなのだ。
     一方でしかしもっと現実的な悩みも祐介にはあった。家庭教師をしている18歳の少女・美紀が妊娠したというのだ。もちろん恋人という訳ではないが、祐介にとって気になる存在ではある。しかも彼女は妊娠しているにも関わらず、処女だと言い張っている。果たして彼女の語っている事は真実なのか。本当だとすれば、生まれてくる子供は“救世主”だとでもいうのか……?
     やがて祐介は人類の存亡をかけた戦いへと巻き込まれていく。壮大なスケールの物語。

     謎めいて何となく重苦しい雰囲気で物語は幕を開ける。祐介が見る奇妙な夢の意味について、読者は恐らくすぐにピンとくるだろう。そしてこの夢が物語の重要な要素である。現実世界の祐介と夢の中の祐介はやがて共鳴してゆく。祐介は大切なものを見出していく。
     <祐介が大工のヨセフなら、このわたしはマリア>(p32)
     処女懐胎というモチーフに表れているように、この物語の下敷きは聖書とキリストの物語である。新たな人類が出現した時に、旧人類はやがて駆逐されていくだろう。新人類にとって希望のリーダーでも、駆逐される側からすれば悪魔である。人類同士の戦争はどちらにとっても不幸の結末しかあり得ない。
     果たして人類の進化の果てに待っているのは共存なのか滅亡なのか。この小説のシンプルなタイトル『進化論』にはそんな意味が込められている。

     反逆のリーダーがやがて人類の旗手に祭り上げられ、台頭してきた新勢力を抑え込む保守的体制の陣頭指揮を執る事になってしまう、その懊悩の過程が面白い。もっと克明に描き込めばこの部分だけで一冊の本になってしまうほど密度が濃い。しかしヤングアダルトレーベルでそれはできないと判断したのか、割とあっさりと地の文で書かれてしまっているのは少し残念だ。
     だが全体的には明確なテーマをもっている物語なので大人が読んでもなかなか楽しめる。というか、作者の言葉選びのセンスが独特な事もあり、子供が読むにはちょっとしんどい小説かも知れない。

     物語の構造は僕が以前読んだ『星の砦』と共通していて、主人公たちの極めて日常的な日々が小さな変化をきっかけに崩れ落ちていく。そして最後には思いもよらないようなスケールにまで物語は拡がっていく。
     この感覚に違和感を感じる読者もいるかもしれないが、これが物語の醍醐味でもある。説得力に掛ける筆致でこれをやってしまうとそれは興醒めだが、この作者の筆は異様なまでの迫力で物語を描き出していく。特に戦闘シーンは滅ぼそうとする者と生き残ろうとする者の熾烈な争いが臨場感たっぷりに書き込まれている。

     ラスト、非常にSF的な手法で物語は収束していく。本格的なSFに慣れた大人の読者にはちょっとご都合主義的に見えなくもないが、そこに至るまで丹念に描写を積み上げているので一応飲み込めるものだ。

     しかしまあ、最後の最後に祐介が達する結論は、人類をこれだけかき回しといて結局それかい!と突っ込みたくなるようなものなのだが、ある意味必然ちゃあ必然の結論。とても大事なことである。
     勇気や希望、愛や目的。壮大な物語だがつまり書かれているテーマはシンプルなもの。それこそが作者の思いなのだろう。

  • これもまた「問題作」と言いたくなってしまうような、芝田勝茂さんの作品。でもこのひとの場合、「問題児」や「異端児」なんていうことばは、褒めことばな気がけっこうする。もう大学に入ったあとで、ふと目を向けた先に見つけてしまって読んだもの。
    読み終わった直後は、また芝田さんはこんなものを書いて...と思い、「夜の子どもたち」ほどは強くなかったものの、やはりそこそこのもやもやは抱えるはめになってしまって、でもまあこんな時代だし、こういうものが出るのもわからなくはないなぁ、などと少々高みから見たようなことを思っていたのだけど。後日たまたまネット上で、この本の初版が出たのは実はこれより7年前だということを知って、衝撃。7年も前に、こんなものを出していたのか。当時はどうも大人向けに書いていたようなのだけど、いや、それにしても。芝田さんへの評価を改め、「夜の子どもたち」への考えも改めることとなった。ううん、すごい。
    と評価してしまう分、最後にやり直しがあるのがちょっとな、と思ってしまう。なければないで非常に後味が悪くて文句を言っていそうだけれど、どうにもとってつけた感があって、気持ちが醒めてしまった。そうやって冷静にさせて現実へ戻そうとしているんだろうか。

  • 2006年9月読了。

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著者プロフィール

石川県出身。著書に『真実の種、うその種』(小峰書店)など。編訳に『10歳までに読みたい世界名作10巻 西遊記』、『10歳までに読みたい日本名作1巻 銀河鉄道の夜』(学研)などがある。

「2021年 『三国志』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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