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Amazon.co.jp ・本 (294ページ) / ISBN・EAN: 9784062125369
作品紹介・あらすじ
真夜中から空が白むまでのあいだ、どこかでひっそりと深淵が口を開ける。
「風の歌を聴け」から25年、さらに新しい小説世界に向かう村上春樹書下ろし長編小説
マリはカウンターに置いてあった店の紙マッチを手に取り、ジャンパーのポケットに入れる。そしてスツールから降りる。溝をトレースするレコード針。気怠く、官能的なエリントンの音楽。真夜中の音楽だ。――(本文より)
みんなの感想まとめ
深夜の街を舞台に、さまざまな人々の孤独やつながりを描く物語は、観念的な視点から深い洞察を与えてくれます。語り手はあくまで観察者として存在し、登場人物たちの生き様をカメラのように切り取ります。都会の夜に...
感想・レビュー・書評
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深夜のファミレスから始まる劇的アイロニー小説。
語り手は「視点」としてしか存在していない。しかしそこには登場人物達への明確な感情が存在する。
都会の病が生む不思議な真夜中の一幕。観念的な描写が多く、目に見えない闇を覗き見ているようだった。
語り手が見せたカメラのような視点切り替えを現実の私達は行うことができないけれど、その代わりに交流で誰かの人生を垣間見ることができる。
都会の夜に憧れを抱く人に読んで欲しい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
様々な理由で「深夜」の時間に拠り所を求める人々について、それを俯瞰(鳥瞰)する鳥の視点で描く物語。
まず、私たち読者が鳥(カメラ)の視点で世界を観ていくことになる点が非常に面白かった。
深夜は寝ている時間だが、家出した者、バンド練習を夜通しする者、ラブホの夜勤など一見世間離れした生活を送っている人の有り様がまざまざと描かれている。
貧乏もやり方次第で優雅になれる、という一節が本筋とは関係ないものの印象に残った。 -
深夜での出来事を細い糸で繋がれた関連性。結末も読者に委ねる無責任な内容で中国人女性にホテルで暴行しお金も払わず逃げた家庭のある男性。中国人女性のカバンの中の携帯をコンビニの陳列棚に置き後は足がバレないように捨ててしまう。
陳列棚に置かれた携帯の着信に気づいて通話する客に脅し文句を言う中国人マフィア。
繋がりはないが中国人女性に暴行を加えていたホテルの従業員と知り合いだったという細い繋がり。
そういう細い繋がりがこの深夜で繋がれていってそして1日で切れてしまう。意味がないようなあるような。でもそういう1日とか一瞬の繋がりは日常にあるしそれが太くなるか切れるかはわからない。また何年か後に繋がるのかも。そんな事を思いながら読了。 -
面白かった。ひきこまれるなんてことはなかったけども。
村上春樹の小説はキムタクのドラマみたいなもんなんじゃないかと思った。
一番印象に残ったのは、「普通の人は考えない。でも、僕は考える」ていうシーン。誰でもこういうことはあるでしょう。みんながみんなの特別な思考を繰り広げているけど、圧倒的な「普通」が存在する世の中。普通ってなんだろなー。単純な平均というわけでもない気がするけど。 -
街が寝静まったあとの話。
鳥視点。 -
まず読み終わって思うのは、面白かった。
私は好きだった。
語り手が主人公の「ぼく」や「わたし」ではなく、多分文学でいう「神の視点」という、天上から俯瞰する視点で語られるんだけど、分かるはずのない自分以外の人の内面や登場人物の行く末まで見通せたりする“神のよう”ではなく、語り手も予測するしかないことが沢山ある。
いわゆる何でも知ってる作者視点ではないし、何と言ってもその「神の視点」の一人称が「私たち」で、とても不思議で面白い読書体験になった。
他の読者と一緒に、この物語を追っているような気分。
もちろん作者が読者の視点を誘導しるんだけど、自分で選んで、見たい登場人物を好きなように観察してる感覚があった。
本にある「私たち」の説明は「肉体を離れ、実体をあとに残し、質量を持たない観念的な視点」となっていて、物語の場面を捉えることは出来るけど、介入することは許されない中立的な存在。そんな「私たち」が、話を変えることはできないけど、自由に登場人物を観察できる感じ。
マリ、高橋、カオルやコオロギのとても読みやすいシーン、エリや顔が見えない男のかなり概念的で、理解が難しくなるシーンなどがあって、村上春樹がとても上手く抽象と具象を使い分け、書きたい世界を表現しているのだと思う。
この本は、とある真夜中〜夜明けまでだけの間の話で、自分がそういう短い時間のみに繰り広げられる物語の本が意外と好きだということに気がついた。
「キャッチー・イン・ザ・ライ」もそうだったけど。
目まぐるしく話が切り替わって、どんどんテンポ良く話が進んでいく物語は、時として浅く感じるときがある。
そして、これで村上春樹の作品は3作目(まだたったの)になるけど、やっぱり共通して出てくるモチーフや、テーマ、言葉があり、小津安二郎の言葉を思い出した。
「ぼくはトウフ屋だからトウフしか作らない。たまにガンモと油揚げも作る。トンカツやシチューを作れと言っても無理。」
みたいな言葉。
村上春樹もそうなのかなと思った。
(とても良い意味で) -
2015/05/29【読了】村上春樹/アフターダーク
こんなに意味がなさそうに見えて、難解なほどに意味がある小説もまぁないのではないかというくらい。
相変わらず村上さん天然(に見せかけた養殖なのかもしれない)どS…。全部回収しきれたのか謎だけど、なるほど面白かったです。
村上作品はなぜかあまり読んでいなくて、長編小説よりもエッセイや短編が好きなのですがこれは比較的読みやすかったかな。
とはいえ読みやすい分、ボーッとしてたら「…?!」ってなって終わってしまう可能性が高そう(笑) -
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驚くべきは実際に読んでいる時間、つまりページ配分がリアルタイムに近かったこと。いや6時間はかかっていなかったが、章ごとに休憩などいれたら結果そうなった。さらには同じ時間で追っていくこともできたと思い悔やんだ。
春樹作品としては異色といえる。どう考えても新宿だし、デニーズもならば初台店だ。香川県だの作中に示されてもどこか別世界のそれとし読ませられてきたのだが、今作は実にリアル。分かり易いヴィランも設定して、いつもと違う感が大きかった。でもやはりその軽さの中にも読後感の充実ははずさない。 -
「人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。」
夜の闇の更に深い場所で、会ったばかりの、名前も知らないような人だから、話せることもあるだろう──。
ファミレスでひとり夜を明かそうとする少女マリ、眠り続ける美貌の姉エリ、姉の同級生・バンドマン高橋、ラブホマネージャーのカオル、従業員のコムギとコオロギ、デリヘルの中国人女性、彼女を送迎するバイクの男、コンピュータソフト会社に勤める白川。
pm23:56からam6:52までの6時間。昼間とは変容した真夜中の街、夜の一番暗い時間を越えた『アフターダーク』に生き、出会い、すれ違ってゆく人々を描く。 -
村上春樹は本当に大好きな作家さんですが、この作品が中でもとりわけ好きです。
一夜の出来事を、まるでフィルム映画で観ているような感覚です。カッコつけすぎているとか、理解不能という人もいるようですが、そういうところも含めて大好きなんですよね。
出版されてから今まで何回読み返していることか・・・。
なんだかな~、というやるせない気分の時に何故か必ず手に取ります。 -
時計のイラストがはいっているのがとても可愛い印象です。
作品は非常にシリアスです。
マリという19歳の少女の24時間を描いた小説なのですが、主人公を軸に、美しい姉、姉の同級生、中国人の女、元プロレスラー、エリートサラリーマンなど様々な人物がからみあって展開していきます。
主人公はマリと書きましたが、正確には主人公マリと高橋の2人が
主人公になるでしょうか。
24時間という時間の中でファミレスからラブホ、ビジネスビル、
生活空間と舞台がコロコロと変わっていきます。登場人物は連日TVで放送されている現代をそのまま切り取ったような人達。
妙な現実感がありますが、こうして小説として読んでいると、
取材されている「彼ら」の実在が懐疑的な影を帯びていきます。
この物語は、どこで進行しているのだろうかというような。
そんなあやふやで不可思議な印象、でもそれがすごくリアルなんです。
マリとエリの2人の見えない視線の絡み合いも、作品に緊張感を
与えている気がします。高橋が2人の関係の解決者というか、仲介者のような役目を果たして、2人の個性がはっきりと浮かび上がってきます。美しい2人なだけに非常に迫力があって、みどころになっていると思います。
個人的にはマリに感情移入してしまうのですが、
マリもエリも、どちらも好きになりました。
でも私もマリほど優秀じゃないですが…。
男性が非常に怖い存在に映ります。
曲折を経て、マリと美しい姉、エリが迎えるラストシーンが印象的でした -
精神分析小説という村上ワールド。真夜中から明け方までの都市の一部という凝縮された時空間のなかに現代風俗を放り込み、村上的人間たちが浮遊する。朝日がさしても何も解決はしない。まるでユングの夢のように。
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さらっとは読めたけど、読み終わった後、心に何かが届いたわけじゃなかった。
これより、『ノルウェイの森』や『国境の南、太陽の西』のほうが俺は好き。 -
街は夜も眠らない、と知ったのはいつ頃だろう‥この作品を読んでふと思った。村上春樹の円熟した筆致が、都会の夜のダークな部分を静かに呼吸するように伝えている。空を飛ぶ鳥の目を通して。
実体をあとに残し、質量をもたない観念的な視点となって、鏡やTV画面を通り抜け、登場人物を、あちら側とこちら側の世界に自在に行き来させながら、サラサラと小説は進んでいきます。
副音声的な描写が、読み手の感情移入をあえてかわすよう施されています。宇宙船の内部を見ているような錯覚にとらわれる不思議な作品。不可解さといくつかの暗示の中で、作中に出てくる映画『ある愛の詩』を「ハッピーエンド」としていることが、春樹さん独特の伏線なのだろか?
数ある村上春樹作品の中でも、個人的にはとても落ち着いて読めた作品。作家としての熟成を感じます。 -
この作品において「私たち」という主語の導入は確実に有効だったと思う。ある意味で小説世界に存在しない視点ではあるが、読書体験においてはいかなる場合にも存在する視点である。これを明示し、かつ劇中の人物と対比させる(ように感じる)ことで、読者は自らに隣接する世界の認識の限界と可能性を容易に感じることができる。単に「物語」を追うよりも、受容される量はずっと大きくなる。
そして単純に、おもしろかった。事件は起こらないのだけれどそれがまたいい。 -
恐ろしく難しかった笑
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