袋小路の男

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (170ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062126182

作品紹介・あらすじ

指一本触れないまま、「あなた」を想い続けた12年間。"現代の純愛小説"と絶讃された表題作、「アーリオ オーリオ」他一篇収録。注目の新鋭が贈る傑作短篇集。第30回川端康成文学賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 指一本触れたことがない男に18年間の片思い。
    純愛物?いえいえ、そんなきれいなもんじゃない。

    「袋小路の男」は自己憐憫に満ちた女の一人語りで、
    都合良くロマンティックに仕立てられた12年が綴られる。
    「小田切孝の言い分」は三人称語りで、
    18年間の男と女それぞれの本当の気持ちがあらわにされる。

    男は女に興味はないが、自分を特別扱いしてくれる
    その恋心を手放すのが惜しくて、中途半端に女の気を惹く。
    仕事も何もかも宙ぶらりんの男のプライドを保つのは、この女の存在だけである。
    女は完全に男の術中にはまり、新しい恋愛に踏み込めない体であるが、
    実のところ、終焉のない、このぬるま湯の関係が心地よいのだろう。

    ラストで、あぁ完全にドツボに嵌ったなと思った。
    仕掛けられた罠が、カチッと音をたてて獲物を捕らえた音が聞こえた。
    体を弄ぶよりより、心を弄ぶ方が罪深いのかもしれない。

  • 表題作と「小田切孝の言い分」は合わせ鏡である。

    一人称で淡々と描かれる「袋小路の男」
    男が自分勝手にふるまう理由なんてわからない。
    自分に興味がないのかと思えば、彼が出来た時だけは頻繁に電話をよこす。
    待ち合わせても平気ですっぽかす。
    男の気持はわからない。
    でも、私は男を追い詰めないように距離を取りながら、少しずつ居場所を作っていく。

    それに対して「小田切孝の言い分」とくれば、男の側からの一人称かと思いきや、交互に語られる同じ時間。
    小田切孝は決して大谷日向子の心をもてあそんでいるわけではないのである。
    決して恋愛感情があるわけではないけれど、それなりに気を使って大切にもしている。
    ただ、束縛されたくはない。

    そういう気持ちはわかる。
    けど、30過ぎても就職もしないで作家になる夢を追い、アルバイトをしながら袋小路にある家に母親と住む男。
    そんな男のことを、普通女性の方から見切りをつけるのではないだろうか。

    しかし彼女は、熱く男を求めない代わりに長く思い続けるのである。
    熱く求めなかったからこそ、長く思い続けていられたともいえる。
    それはある意味確信的に選択された行為であり、臆病であるとも強かであるともいえる。
    けれども文体はあくまでも穏やかで、少しだけ温かな気持ちで二人のこれからを思うことができる。

    それとは違い「アーリオ オーリオ」は、中学生の姪と独身の叔父の交流を書いたもの。
    一緒にプラネタリウムに行ったことから、叔父に心を開き、将来の夢などを手紙で綴る姪。
    それに対して人付き合いの苦手な叔父は、星のことしか返事に書かない。
    それでもつながるふたりの心。

    親ではない大人に、自分を認めてもらう誇らしさ、喜び。
    姪の気持になってそんなものを感じながら読んでいたら、突然下ろされる幕。
    娘の受験の邪魔はしないでくれという父の言葉によって。

    叔父と姪のあいだにだけ存在していた星。アーリオ オーリオ。
    恋愛じゃないんだけど、喪失の切なさが心にしみた一編。
    これ、好きだわ。

  • 『袋小路の男』と『小田切孝の言い分』は高校のイケてる先輩に恋した女の十数年間の話。
    大学に進学して普通に就職した地味な女と小説家になろうともがきながらバイトする男。ふたりは付き合っていないし、セックスもしない。男が入院したときは毎週末、女は東京まで通う。

    『アーリオ オーリオ』は清掃工場の制御室で働くおじさんが兄の娘の女子中学生と文通する話。
    女子中学生は未来を思う。男は過去の恋愛を思い、遥か彼方にある星々を思い、存在しない星を思う。

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    『袋小路の男』と『小田切孝の言い分』で描かれる男女関係では、必修科目みたいにセックスする必要はないのだと教えてくれる。
    『アーリオ オーリオ』では自分を好きになってくれた女性を、開いた窓から飛び込んできた蝶と表現する。そして、ふたりの関係が終わったあとは、開いたままの窓から出て行ってしまった蝶が戻ることは二度とない、と表す。

    間違ってるかもしれないけど、誰かの価値観ではなくて自分の価値観にしがみつこうとする感覚がすごくいいと思った。やるせない感じがたまらない。

  • 日向子が袋小路の男にずっと惹かれ続け、叶いもしない気持ちをずっと持ち続け、誰かと付き合うことを浮気と呼ぶ。袋小路の男・小田切はそんな日向子に触れもしない。最後はきっと男女の関係になるのだろうと思って期待する気持ちは見事に裏切られた。もどかしい。
    アーリオオーリオは綺麗なお話だった。中学生と手紙の交換…無邪気で危なっかしい感じが伝わってくるし、可愛いと思った。

  • 純文学というのは正直体質に合わないのですが、たまに妙に心地よく読めてしまう人がいます。最近発見したのですが絲山秋子さんはその一人です。そもそも芥川賞取っているので発見もへったくれもないのですが、僕的には発見。
    本作は、一人の男と18年身体的接触が無いまま執着ともいえる関係を続ける女と、プライドを保つために、自分に執着する女を縛り付けておくために、細い希望をちらちらと見せる作家志望の男。
    表題作は女が出会いから10数年執着し続ける姿を描き、2話目は男と女がどう思いながら18年を過ごしていたかの対比です。こういうの結構イライラする性格なのですが、すっと水を飲むかのように受け入れられました。なんでだかは難しいので分かりません。性的な接触が無くてもつながっていられるという所が受け入れられたのかも。
    3作目のアーリオオーリオが一番好きでした。世間的にはうだつが上がらない叔父と、叔父を慕う姪との手紙のやり取りが可愛い話です。姪のほんのりとした恋心を感じてしまうのは僕だけでしょうか?

  • こういう付かず離れずな男女の関係って、あるんだろうな。うーん、羨ましいような、羨ましくないような。

    自立した女性が、歳を重ねても心のどこかに引っかかってしまう自称作家の男。
    そんな二人の奇妙な関係を、女目線・男目線からを描いた中編2編と、叔父と姪のファンタジックな手紙のやり取りを描いた1編が収められています。

    男と女が仲良くなって、突き詰めれば恋人になってやがて夫婦になるっていうのが一つの定形だと思うんですが、それ以外でずっと続く男女の関係って、何て呼ぶんでしょうね?
    単純に仲がいいとかじゃなく、セクシャルな予感もはらんでて、でも付き合ってるわけじゃない、お遊びってほど軽くもない関係性って、うーん、私にはわかんないなー。

    “大事な気持ちがいつも、二人の間で子供のように遊んでいる。ぴったりくっついて窒息させてはいけない。”

    このセンテンスがめちゃくちゃ印象に残りました。
    子供のように気持ちを遊ばせるって、なんか奔放な表現でいいなあ。
    自分にはできない生き方や感性を表現した文って、すごく心惹かれます。

  • くっつくようでくっつかない二人の関係。作品の中の言葉を借りるなら、「…角砂糖が紅茶に溶けるようにほろほろと崩れて、甘い気持ちになる」ように、読んだ後の甘さと、不思議な爽快感でいっぱいになる。だけど、ずっと同じ人を好きでいる、続けること…少し考える。この本に出会ったとき、ページをめくって一番最初に眼に入って来る言葉が「あなたは、袋小路に住んでいる。」というのが何ともしあわせ。

  • それでも、どうせ俺には判ってしまうんだが。


    恋愛に発展しない関係が、もしかしたら一番続くのかもしれない。

    でも、いつだって消滅の可能性があるから特別なんだとも思う。

    すきなひとと、なんにもないままで18年間。
    その覚悟が、私にはあるだろうか。

  • この作家さんの本ははじめてよんだ。
    主人公の視点で語られる表題作と、その相手の袋小路の男の視点から語られる『小田切孝のいいわけ』が入っている。
    そっけないフリをしたり、いっさい肉体関係に持ち込まなかったり、だけど、主人公が離れていかない程度につなぎとめようとする。この袋小路の男はなんてひどい男なんだ。そう思って次の話を読むと、この二人の関係がまったくちがって見えてくる。あんなに自分に自身がありなんでもできるように見えた男がこんなに人間くさい、情けない普通の男に見えてくる。しかし、そんな小田切孝がいとおしく思えてくるわたしも、どちらかというと袋小路の男を好きになってしまうたちなんだろう。

  • 「沖で待つ」もそうだが、絲山さんの書くたんたんとしていても絆の深い男女間がとても好きです。日向子ちゃんも小田切さんもそれなりにずるくて、テレながらもそれなりにお互いを大切にしてて。そのズルかわいさに読んでいてにやにやさせられる。

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著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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