偏愛文学館  

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  • 講談社
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062129503

感想・レビュー・書評

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  • 急逝した作家、倉橋由美子が残した至高の言葉。
    創作、その根源をたどり、著者が愛した作品だけを集めた、37篇、39冊の偏愛書評集。
    夏目漱石、吉田健一、宮部みゆき、ジュリアン・グラック、ラヴゼイ……。古今東西39冊の「本」を取り上げた、倉橋由美子の手による私的書評集。最高のブックガイドとしてだけでなく、著者の作品世界、その背景までをも垣間見ることのできる究極の読書案内。(帯)

  • 初読みが書評集というのもどうかと思うが読メからのピックアップで倉橋さんに触れてみた。
    この世代の女流にありがちな敷居の高さはまるでなく例えれば小料理屋の女将的な親しみ易さがある。しかしそれとは裏腹にこれだけの素材を卓越したリーダビリティでさらりと盛り付けられる腕には凄味さえ感じさせられた。
    そしてもうひとつの魅力は甘美なまでの毒であって文壇や文豪をここまでバッサバサと斬り捨てる痛快さは「言える人」だけに与えられた天賦の才なのだろう。
    それ故に割と身近なオカン世代の人であったにもかかわらず既に鬼籍に入られているという事実は全くもって残念と言うしかない

  • 倉橋由美子らしい。

  •  この作家の作品は一冊も読んでいない。と言って嫌いかというとそんなことも無いが、まぁ無関心だったということだろう。
    偶々図書館の書棚で見つけ手を伸ばしたのは、こういう書評の類が好きだからと言うだけ。

    パラパラとページを繰ってみると、なるほど「偏愛」というタイトル通りに、著者のわがまま勝手がまことに面白い。勿論こういう書評はズバリ著者の体臭を感じる方が興趣あるものだ。
    前回この欄に書いた桑原武夫の『文学入門』は、これに比べるとお行儀良く如何にも高校生向きに選書され、間違いなく入門だという感じがする。
    (と言って内容が低いということは全くない。異文化である外国の小説を読むことで、狭隘な文学(世界)観から解放されることには間違いない)。

     さて『偏愛文学館』で取り上げている本は、以下のとおりで、これらは雑誌「楽」96年7月号より99年2月号までの『偏愛図書館』と、文芸誌「群像」04年7月号より05年1月号までの『偏愛文学館』に連載されたそうだ。それぞれの書評のはじめに、著者の要約した内容あるいは感想のような一言がついていたので、それも拾ってみた。ただ少しバラツキがあるが。

    1・『夢十夜』 夏目漱石(岩波文庫)
    宇宙人の卵のような不思議な光を放つ小品。
    2・『灰燼/かのように』森鴎外(ちくま文庫)
    「かのように」にこめられた恐ろしい思想。
    3・『半七捕物帖』 岡本綺堂(光文社時代小説文庫)
    江戸の空気を伝える端正で懐かしい小説。
    4・『鍵・瘋癲老人日記』 谷崎潤一郎(新潮文庫)
    互いに利用し合うことこそ、愛の理想。
    5・『冥途・旅順入城式』 内田百間(岩波文庫)
    あの世を見せてくれる夢魔の小説。
    6・『雨月物語・春雨物語』上田秋成(日本古典文学大系56)
    鬼神も妖怪も棲む文芸の怪しい楽しみ。
    7・『山月記・李陵』中島敦(岩波文庫)
    格調高い古典的な文体で奏でられる近代人の内面の音楽。
    8・『火車』宮部みゆき(新潮文庫)
    他人になって生きようとした女性の悲劇。
    9・『百物語』杉浦日向子(新潮文庫)
    不思議に懐かしい怪奇な小宇宙。

    10・『聊斎志異 上・下』蒲 松齢 立間祥介編訳(岩波文庫)
    怪奇小説の材料が並ぶ恐怖の市場の魅力。
    11・『蘇東坡詩選』蘇東坡 小川環樹・山本和義選訳(岩波文庫)
    脳細胞を溌剌とさせる緑茶のような詩。
    12・『魔の山 上・下』トーマス・マン 高橋義孝訳(新潮文庫)
    「魔の山」という天界と神々の楽しいパロディ。
    13・『カフカ短編集』フランツ・カフカ 池内紀編訳(岩波文庫)
    他人の精神に悪魔的世界を彫りこむ装置としてのカフカ文学。
    14・『アルゴールの城にて』ジュリアン・グラック安藤元雄訳
    (白水Uブックス)
    ふと目にしたその一文に酔いしれる、小説表現の究極。
    15・『シルトの岸辺』ジュリアン・グラック安藤元雄訳(ちくま文庫)
    流砂の海岸シルト、二十世紀の生み出した神話。
    16・『異邦人』カミュ 窪田啓作訳 (新潮文庫)
    地中海の太陽とともに不滅の英雄ムルソー。
    17・『恐るべき子供たち』ジャン・コクトー 鈴木力衛訳(岩波文庫)
    大人になることを拒否した発育不全の神々のゲーム。
    18・『アドリエンヌ・ムジュラ』ジュリアン・グリーン 新庄嘉章訳(ジュリアン・グリーン全集1/人文書院)
    新しい人間、つまりは怪物。
    19・『架空の伝記』マルセル・シュオブ 大濱甫訳(南柯書局)
    20・『名士小伝』ジョン・オーブリー橋口稔・小池●訳(富山房百科文庫)
    想像力によって作られたいくつかの伝記。
    21・『コスモポリタンズ』サマセット・モーム龍口直太郎訳(ちくま文庫)
    プロの書いた 短編はできのいい一品料理。
    22・『偽のデュー警部』ラヴゼイ中村保男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
    イギリス人にしか書けないコミカルな推理小説の傑作。
    23・『高慢と偏見 上・下』ジェーン・オースティン冨田彬訳(岩波文庫)結婚をめぐる喜劇模様を皮肉の針で編み上げた不朽の傑作。
    24・『サキ傑作集』サキ 河田智雄訳(岩波文庫)
    常識的な思考を翻弄する乗り物をそろえた悪意と恐怖の遊園地。
    25・『太陽がいっぱい』パトリシア・ハイスミス 佐宗鈴夫訳(河出文庫)
    超辛辣な女性の目で描いた犯罪者の内面世界。
    26・『ピンフォールドの試練』イーヴリン・ウォー 吉田健一訳(集英社)
    誰も入りこむことのできない禁断の柵中に存在する作家。
    27・『めざせダウニング街10番地』ジェフリー・アーチャー永井淳訳(新潮文庫)
    元政治家の才人が描く首相レースの面白さ。
    28・『リオノーラの肖像』ロバート・ゴダード 加地美知子訳(文春文庫)
    迷路の先に浮かび上がる過去の人生の絵。
    29・『ブライズヘッドふたたび』イーヴリン・ウォー吉田健一訳(ちくま文庫)
    水彩画のような恋愛小説。

    30・『二十四の瞳』壺井栄 (新潮文庫)
    瀬戸内の海と光の中に描かれた純度の高い「哀しみ」の物語。
    31・『山の音』川端康成 (新潮文庫)
    家庭生活の美しい絵巻物に見せかけた老いと愛の恐ろしい世界。
    32・『ヴィヨンの妻』太宰治 (新潮文庫)
    明るくてもの悲しいピエロの演技。
    33・『怪奇な話』吉田健一 (中公文庫)
    お化けと楽しくつきあう小説。
    34・『海市』福永武彦 (新潮文庫)
    言葉の海の上に蜃気楼のように浮かび上がる愛と死の物語。
    35・『真夏の死』三島由紀夫 (新潮文庫)
    輝かしい悪と死の饗宴の短編集。
    36・『楡家の人びと 上・下』北杜夫 (新潮文庫)
    本物の人間のいる贅沢なご馳走としての小説。
    37・『高丘親王航海記』渋沢龍彦 (文春文庫)
    死の予感と悦楽にみちた架空の旅。
    38・『金沢』吉田健一 (講談社文藝文庫)
    日本語表現を知り尽くした先に書かれる文章。

        *******************
     以上の「偏愛」した諸作品のうちいくつかについて、著者の言葉を聞くと次の通りだ。

     先ず<鬼神も妖怪も棲む文芸の怪しい楽しみ>というフレーズのついた6の上田秋成「雨月・春雨物語」の一章の終わりに、著者はこう書いている。
     メ秋成自身は怪異の存在を信じていたといわれますが、それはどうでもいいことで、私などは怪異の存在を信じないで怪異の世界を好んで取り上げています。鬼神も妖怪も文芸の世界に棲んでいる。だからそれを偏愛し、自分もそれをつくって楽しむ。上田秋成は一貫してこの態度で生きた人です。

     江戸時代に文芸といえるものの代表はまず漢詩、そしてその漢詩を使って遊んだ蕪村の俳句、和歌のパロディをつくって遊んだ太田南畝(四方赤良・蜀山人)らの狂歌、ということになります。いずれも秋成と付き合いがあり、互いに知る人、認める人同士です。秋成の同類と見てよろしいでしょう。
    私が偏愛するものもこの人たちの書いたものの中にあります。モと言う。

     更に14・『アルゴールの城にて』には、<ふと目にしたその一文に酔いしれる、小説表現の究極>というフレーズが振られています。著者はこの小説について、モ黙っていられないほど偏愛するものを挙げるとすれば、真っ先に頭に浮かぶのがモこの作品だという。モこれはこのタイトルからして大脳が歓喜で発熱するほどすばらしい、どのページを開いても並んでいる活字にしびれてしまう。そこで思わず、こんなものを自分でも書いてみたいという妄執にとりつかれたモとして、著者は作家として自分が『巨刹』という一編を書いたことを語っている。
     付け加えてモ小説はすべて『アルゴールの城にて』のようなものでなければならないとは思いませんが、今の若者たちのしゃべり方でしゃべり、メールの文章と同じ調子で文章を書くような人物が登場するような小説は読みたくもないし、勿論自分で書くことなど思いもよりません。これはどうやら私自身が『アルゴールの城にて』のような世界、早く言えばあの世のような世界の住人になりつつあるということだろうモと言っている。

     もうここまででも、著者の文学と人生に対する姿勢は十分解るが、更に24・『サキ傑作集』についてこう語っている。まずこれについてのフレーズは<常識的な思考を翻弄する乗り物をそろえた悪意と恐怖の遊園地>とある。
    そしてメ作家という人種には二通りのタイプがあります。一つは、人間は善良で賢明ですばらしいもの、信頼すべきもの、という思い入れをもっているタイプ、もう一つは人間をありのままに見るタイプです。(中略)賢愚といっても本当は五十歩百歩で、人間のやっていることは所詮愚行のからみあいにすぎないと見るのが第二のタイプの作家で、サキもその一人です。
     このタイプの作家の中にこそ読むに足りる人がいて、しかも多くは短編の名手です。モームしかり、モーパッサンしかりで、このサキも、さまざまな愚行から材料を切り取り、残酷、恐怖、皮肉で味つけして一品料理に仕立てることにかけては第一級の料理人です。モ

     このように各章に書いて来た著者は、これが最後という感じで、38・『金沢』について書く。その扉のフレーズは<日本語表現を知り尽くした先に書かれる文章>とある。モ明治以後の日本の文人で、この人のものさえ読めばあとはなかったことにしてもよいと思える人の筆頭は吉田健一です。モ
    そしてモ吉田健一は自分の書架には本が五百冊もあれば十分だと言ったそうですが、繰り返し読むに足る本が五百冊もあるとは驚くべきことです。それらの本は実は吉田健一の頭の中に入っていて、とくにお気に入りの詩などはいつでも暗誦できたそうです。

    私の頭の中の偏愛文学館はまことに貧寒としたもので、五百冊もの本を並べることはとても無理です。その書架の一角を吉田健一の全著作が占めるのは間違いないとして、明治以後の日本の文学にはほかに入れるべきものがあまりに少ないということがありますモ

     こう書いて、倉橋由美子はこの『偏愛文学館』を締めくくる。
     以上の著者の思い入れにとやかく言う気は毛頭無いが、そうかといって引用したそれぞれについて必ずしも全てに同意し賛成している訳ではない。
     しかし何よりも、<偏愛>と始めにフッテこれはわたしの好みの問題、余計なことを言わないで頂戴、と言わんばかりの迫力は流石である。念のため、「偏愛」とは何か『廣漢和辞典 上』によると、(1)かたよった愛。えこひいき。(2)ひたすら愛する。−とある。うーん、これでは、言うこと無しか。

     なお、この著者は05年6月10日に69歳で永眠したため、『偏愛文学館』の続編は(もし著者が書こうと思っていたとしても)もう永久に読めなくなったのはちょっぴり残念なことだ。

  • 夢十夜—夏目漱石
    灰燼・かのように—森鴎外
    半七捕物帳—岡本綺堂
    鍵・瘋癲老人日記—谷崎潤一郎
    冥途・旅順入城式—内田百〓(けん)
    雨月物語・春雨物語—上田秋成
    山月記・李陵—中島敦
    火車—宮部みゆき
    百物語—杉浦日向子
    聊斎志異—蒲松齢
    蘇東坡詩選—蘇東坡
    魔の山—トーマス・マン
    カフカ短篇集—フランツ・カフカ
    アルゴールの城にて−ジュリアン・グラック
    シルトの岸辺−ジュリアン・グラック
    異邦人−カミュ
    恐るべき子供たち−ジャン・コクトー
    アドリエンヌ・ムジュラ−ジュリアン・グリーン
    架空の伝記−マルセル・シュオブ
    名士小伝−ジョン・オーブリー
    コスモポリタンズ−サマセット・モーム
    偽のデュー警部−ラヴゼイ
    高慢と偏見−ジェーン・オースティン
    サキ短編集−サキ
    太陽がいっぱい−パトリシア・ハイスミス
    ピンフォールドの試練−イーヴリン・ウォー
    めざせダウニング街10番地−ジェフリー・アーチャー
    リオノーラの肖像−ロバード・ゴダード
    ブライヅヘッドふたたび−イーヴリン・ウォー
    二十四の瞳−壷井栄
    山の音−川端康成
    ヴィヨンの妻−太宰治
    怪奇な話−吉田健一
    海市−福永武彦
    真夏の死−三島由紀夫
    楡家の人びと−北杜夫
    高丘親王航海記−澁澤龍彦
    金沢−吉田健一


    ■講談社 2005.7.7
     装幀 坂川栄治+田中久子(坂川事務所)
     オビコピー「急逝した作家、倉橋由美子が残した至高の言葉。創作、その根源をたどり、著者が愛した作品だけを集めた、37篇、39冊の偏愛書評集。」「夏目漱石、吉田健一、宮部みゆき、ジュリアン・グラック、ラヴゼイ……。古今東西39冊の「本」を取り上げた、倉橋由美子の手による私的書評集。最高のブックガイドとしてだけでなく、著者の作品世界、その背景までをも垣間見ることのできる究極の読書案内。」
    ■講談社文庫 2008.7.15

  •  2005年6月に急逝した作家倉橋由美子の、最後の作品になるのでしょうか。この「偏愛図書館」で紹介されているのは、どれも倉橋由美子が偏愛する本ばかり。どの作品も倉橋さんが“再読に耐えうる作品”と太鼓判を押した作品ばかりなのです。 歯切れよく明晰な文章は、読んでいるうちに背筋がぴんと伸びてくるよう。偏愛する作品の佇まいを、紅茶や酒の味わいを例えに出して語っているのですが、とても倉橋さんらしく、そしてその例えがとてもしっくりくるのに驚かされます。 驚かされるのはそれだけじゃなく、「ここまで云っちゃっていいの!(苦笑)」あえて誰も云わなかったことを、ずばずば指摘してしまう毒舌の具合!辛味がぴりりと効いていて、とってもスパイシー(笑)。ただ、後味の悪い辛味ではなく、とても爽やかな辛味ですけど。 それにしても古今東西さまざまな作品が“偏愛”の名の元に、よくもまあこれだけ集ったものだなあと、しみじみと感じ入ってしまいます。 このうち、私が読んでいる作品のなんと少ないことか!(涙) 倉橋さんによって紹介されると、紹介されている作品のいずれもがスポットライトを浴びたかのように光り輝き、魅力的に見えてくるから不思議です。その素晴らしい作品らを読まずに今まで生きてきたのねえ。ひたすら反省する私です。「そうか!そう読むべきだったかっ!」思わず目ウロコするような作品解釈もあって、とても新鮮かつ有意義な読書でした。 「よし!後で絶対に読もう!」と誓った作品に付箋を貼りながら読んでたのですが、なんてこったい!ほぼ全部の作品に付箋を貼る羽目に。嬉し泣き。 特に読む読む度が高かったのは、内田百ケン、中島敦、ハイスミスにグラック、サキにイーヴリン・ウォーかしら?ハイスミスの『太陽がいっぱい』、映画と原作ではラストが違うなんて!初耳!イーヴリン・ウォーの「ラヴデイ氏の遠足」のオチがものすごく知りたい! 私にとって極上のブックガイドになったようです。嬉し泣き。 さりげなくご自身の創作の裏話までこぼされていたりして、「ああ。これらが創作の源になったのかっ!(感涙)」そういう意味でも興味深く、倉橋由美子ファンなら必読の書でしょうね。それなのに、もう、倉橋さんがこの世にはいらっしゃらないなんて、、、(涙)。ご冥福をお祈りします。

  • 夏目漱石、吉田健一、宮部みゆき、ジュリアン・グラック、ラヴゼイ…。古今東西39冊の「本」を取り上げた、倉橋由美子の手による私的書評集。最高のブックガイドとしてだけでなく、著者の作品世界、その背景までをも垣間見ることのできる究極の読書案内。<br>夢十夜―夏目漱石<br>灰燼・かのように―森鴎外<br>半七捕物帳―岡本綺堂<br>鍵・瘋癲老人日記―谷崎潤一郎<br>冥途・旅順入城式―内田百〓(けん)<br>雨月物語・春雨物語―上田秋成<br>山月記・李陵―中島敦<br>火車―宮部みゆき<br>百物語―杉浦日向子<br>聊斎志異―蒲松齢<br>蘇東坡詩選―蘇東坡<br>魔の山―トーマス・マン<br>カフカ短篇集―フランツ・カフカ[ほか]

  • 最期まで高潔だった倉橋由美子さん。私は大ファンです。幻想絵画館もいいよ。

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