ファミリーポートレイト

  • 講談社 (2008年11月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062151320

感想・レビュー・書評

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  • 前半の母娘の逃避行は、あんまり好きな感じではなかったけど、なかなかおもしろかった。
    後半のセルフポートレイトは、なかなかおもしろい話だったけど、読んでいてとても疲れた。

    母親が絶対的存在で世界の全てだった幼い頃のコマコ。
    何かに取りつかれたような歪んだ母親といい、滞在する地の雰囲気といい、そこで出会う人々も起こる出来事も恐ろしい。
    これはホラーか。ぞっとする。

    母がいなくなった世界で現実を知っても、母に束縛されたまま生きるコマコ。
    廃人のように日々を過ごしてるなか、物語ることで呼吸をはじめるのだけど、コマコも彼女の語る話も痛々しく凄まじい。
    ラストまで読んでもやっぱり重くて苦しいのだけど、荒野に咲いた一輪の花のごとくコマコはやっと自分の人生を歩き出した感じ。
    コマコ、幸せになって。

  • 家族、それは呪いだ。呪いからは離れられない。

    「読書は喜びではなく、一人遊びではなく、魂を震わせるような轟音でもなく、恐ろしい現実からの全力の逃避となった。」これは普遍的な現象なのだろうか、半分そうで半分そうでない。内向的な子供は読書をし、内面に幻想の世界を作る。おそらくそれは世界への一種の拒絶であり、一種の逃避だ。ただ程度に差はあり、読書がすきで幻想が好きな子供でも、そこに物語的な楽しさを純粋に見出している子と、そこ以外まったく逃げ場がない子がいる。

    アマゾンのレビューなどを見ると本書はなかなか評価が低く、そしてその評価を低くたらしめているコメントの大半が後半がつまらない、後半で成長した主人公が依然ぼんやりとすごしているを理由にあげている。
    ふざけるんじゃない。
    14歳まで自分を世界と遮断していた子供にいかに立ち直れというのか。なにが成長というのか。生き抜くだけでなぜ褒めてあげられない。生き抜くことこそ、もっともつらく困難なことなのに。主人公が愛を見つけてまとめに成長すればよかったのか。
    まったくもってふざけるんじゃない。
    傷口はそんなに簡単に埋まらないし、人の心を侵食してしまった自尊心のなさや悲しみと破滅衝動も、そんなにたやすく消えるものでない。

    ねぇ、どうすればよかったの?
    子供としてはただ単に不条理の前で、問い続けるしかない。自分を殺したいほどの痛みの前で、全てを壊したいのに全てを飲み込み、じっとそれを閉じ込める。それ以外どうすればいいのかわからない。あがいたら、止まるの?止まらないことだってあるよね?

    「ぼくはぼくのあらゆる不幸を大切に磨いては、心の中で飽きるまで転がしているんだ。君みたいな若い子に簡単にかわいそうって言われることじゃない。」
    自虐的だけれどもそうなんだ。消化するために何度も何度も磨いて、言葉の渦に何回も何回も引きずり出し、他人に簡単な一言で片付けてなんてほしくもないし、勝手な解釈をつけられるなんてごめんだの。

    「きみをはやくみつけてあげるべきだったな」
    この一言に、私は号泣する。悲しみに気づいてほしかったから。でも、手遅れなこともこの世の中にはあると思う。もうこうなっちゃったんだもん、仕方ないじゃない。もうなっちゃったんだよ、だから後は生き抜く方法やモチベーションを一つずつ見つけていくしかないの。責めないでよ、悲しげに見つめないでよ。

    濃密すぎる時間をすごした後は、自分をもてあます。
    自分の人生の最後の最後まで、一寸も残さずに燃焼して、リベンジを図るべきなのだろうか。神、それが存在するのならば、それに反抗し続け産まれてきたことに抗い続けるべきだろう。それとも年月がゆるやかに自分をぼんやりとした存在にするにまかせ、ゆるやかな幸せに身を任せるべきなのか。日常、を教えてもらうべきなのか。
    その中間はないのか。

  • 「人はなぜ、物語を必要とするのか?」
    これへの桜庭一樹の回答の一冊。

    <生きる痛みが、物語を必要とする人間、、つまりは作家と読者を生むのだ。>

    これは、物語をうむことで、他人とつながっていく少女の物語だ。

  • 大好きな桜庭一樹さんの本、またまた読み切った。

    怖い表紙にびびっていたけど、やっぱり期待通り怖くてエロくて切ないお話だった。

    主人公は眞子の娘である駒子。マコとコマコ。
    物語の前半は二人の逃亡劇。各地を転々としてる。
    追手から逃れるように。
    後半は眞子に先立たれた(逃げられた?)駒子の半生。

    一番びびびときたのは、駒子の恋人になる真田先生の一言。

    あなたは母親との幸福な日々を乗り越えなければいけない、

    的なことば。

    駒子ははためから見れば、眞子にいわゆるDV的なことをされたり
    ネグレクト的なことをされたりしてて、不幸せに見えるけれど

    当人たち(少なくとも駒子にとっては)はお互いを必要としていて
    神のように崇拝していて、すごく幸福感を感じていた。

    それって、すごくゆがんだ幸福のカタチ。

    そうかぁ、駒子は本当にお母さんが好きで、幸せだったんだなぁーと
    せつなくなる。

    それが人生で一番の幸福感だったとしたら、
    それ以外のことは全部それ以下になるだろうなぁって思うと
    駒子がかわいそうだなとも感じてしまった。

    だけど物語の中で、駒子は駒子らしく、前に前に進み続ける。
    立ち止まることもあるけれど、進み続けてた。
    なんだか最後のほう、その姿に泣けてきた。

    いつもこうやって桜庭一樹さんの書いたお話を読んでいると
    身を切られるような痛みと、心の安らぎを覚える。
    嬉しいような、悲しいような。。。。

    最高っす!

  • 初読。

    一部はマコとコマコの逃避行。
    二部は駒子の余生。

    私は断然一部が好き。
    過疎地の病院、海辺の置屋、豚の国、動物園と洋館の町、隠遁者
    それぞれが一つの物語のようで、で確実に時間は流れていく。
    旅と本は似てるよね。

    重くて苦くてわりと苦手な感じなんだけど
    ギリギリで嫌にはならない。

    駒子の父の言う
    「本当に取り返しのつかない事なんてあるんだろうか?」

    人生を、生まれを、子供という存在について考える時に
    これに似たような事を私もいつも思う。
    コマコが、豚の国で誇りを奪われた時に苦しかった。
    でもコマコは本、物語に出会っていたから。
    それに触れて心を動かされるというのは何者にも侵す事の出来ないその人だけの領土だから。

  • やっぱり桜庭先生の作品はすごく好き。
    すごく世界観が好きだ。最初のマコとコマコの話は読むのが止まらないくらい雰囲気がすごい。
    マコがいなくなってからも、コマコはマコから離れられてない感じがしてすごく引き込まれた。

  • 【あらすじ】
    若くて美しい母親と喋ることのできない小さな娘。たった二人の逃避行。
    あたしはママを守り、ママはあたしを支配する。

    最初の記憶は五歳のとき。公営住宅の庭を眺めていたあたしにママが言った。「逃げるわよ」。母の名前はマコ、娘の名前はコマコ。老人ばかりが暮らす城塞都市や奇妙な風習の残る温泉街。逃亡生活の中でコマコは言葉を覚え、物語を知った。そして二人はいつまでも一緒だと信じていた。母娘の逃避行、その結末は。

    【感想】

  • 家族という呪い、親子、母娘という呪いについては近頃も注目される話であるが、これはまさにその呪いを凝縮したものである。しかしなによりもこれは彼女が生き抜けたことがあ素晴らしい。

    彼女は凄惨を極める過去の呪いを受けながら死にはせずに強く生きる。自分ではどうしょうもないような荒波の中、助けを求める方法を知らないままに。

    人はなにかほんとうに突然のことがなければ死にはしないのだ。人は死ぬ時大抵理由もなく原因もなく簡単に死ぬ。
    そうでなかった幸運な(ある意味で大変に不幸な)彼女は荒波に揉まれながらそれに殺されない。死んでしまえない。
    そうして呪いの範囲からとりあえず抜けた時、後遺症やその痣を隠しながらも生きていくことになるのである。

    彼女はその地獄を抜けだした時、
    きちんとそれを武器にする。蓄えた悲劇と想いをきちんと形にする。それは彼女自身の叫びとかではなくただ単に主観的な自分語りとして不幸や悲しみだけでない話になる。
    他人から見た悲劇や不幸は事実自分の中で納得がいってしまえば対して自分にとって不幸足り得ない。
    それを彼女は体現した。


    正直言って、私は前半の地獄のような話はすごく心が痛みながら読んでいた。そして後半は、このハッピーエンドになりきらない(客観的に)形にもやもやしていた。
    でもそれが彼女の人生であり、築き上げていったものなんだと最後の法で納得できた。
    自分の過去は常に付きまとう。
    それを影とするか養分とするかは自分次第なのだ。
    (それが他者との関係性の中で起きたことの場合、その相手が昇華できていなければ引きづられることになる場合もあるが)


    前半は好きだが後半は少し読みにくかった私はまだまだ母と娘の呪縛から抜け出していないし
    そこから離れてみることが出来ないのかもしれない。
    いつかまた独り立ちしなければいけない時に読みたいと思った。


    ファミリー・ポートレイトときいて最初に思いだしたのはコーネルの『女たちの絆』である。これはフェミニズム系でよく分析される、女流家系の三代記であるが、彼女たちには立ち向かう社会や構造があった。
    でもこの作品の彼女たちには逆らう社会や構造がない。逆らえるほど彼女たちは強くないし、その中の弱者のコミュニティのさらに弱者になり身を潜めるしか無いのだと思った。

  • 最後感動した。 本当に、映画見てるみたいだった。 テレビに映るお母さんのおなかに自分がいたんだという所でやっと光が開けた感じがしました。 お母さんがいなくなるところで、読んでて支えがなくなった感じがした気がして、なかなか光が見えなくて、途中で苦しくなったりもしました。
    だから余計に あの最後でよかったなぁとほっとした。
    桜庭さんの作品は、親子にスポットをあてるものが多いように感じます・・* あーもう一回読みたい!

  •  
     主人公コマコは母親への歪な愛に苦しみながら生きてきた。それはとても凄絶で正に呪いのようだけれど、それでも母親を愛することが出来たコマコはその一点では幸福なのかもしれない。

     母親を愛せない子供よりは。

  • 最初に感じたのは雨の日のような空虚さとけだるさ。
    でも「ばらばら死体の夜」のようなどん詰まりの絶望感はなく、すんなり読み進めていけた。
    コマコが受賞してから空虚さがじわじわなくなり、サボテンの花が咲くようにゆっくりじんわりと幸福の気配が満ちていくのがすごくいい。
    コマコ、コマコ、コマコは幸せにおなり。

  • 母娘ものには滅法弱い。マコとコマコの絶望的な愛。前半は、母親の穢れと少女の無垢さが完美に描写されている。後半は、母親を喪った少女が生き抜く姿。これは、比喩的自叙伝なのかなと思わせられる部分もあり、桜庭一樹さんがなぜ男性名のようなペンネームを語っているのか解ったような気がした。眞子は母親なりに、娘の駒子を愛していたし、自分の人生を犠牲にしてまで守りたいものだった。彼女の描くテイスト、かなり私好みであるのは確か。

  • どこを開いても「桜庭一樹の本」という感じ。
    第一部は読むのに気分が滅入っていき、「私の男」ほどではないけれど、不愉快な気分にされつつ、読み耽ってしまうような。
    桜庭一樹の描く「家庭」や「家族」は、現実の「家族」の普段日に当たらない部分を生々しく表しているように思う。
    第二部から、展開はとっちらかっていき、結局どこに辿り着くのかと思ったら、予想を遥かに裏切るような清々しい終わり方で安心した。
    物語終盤の数ページはまるで違う本みたいな展開だった。
    なんだかんだで、桜庭一樹作品は読んだ後に後悔することがない。

  • マコとコマコの愛の話。
    前半の奇妙な場所での生活、後半のコマコが無気力にそれでも生きていくとこが好き。
    コマコの書く小説も読んでみたいなぁ。
    今まで読んだ桜庭さんの作品の中で上位に食い込むぐらい好きな話。

  • あたしゃこの人の作品がホント好きだわー

  • 話がどこへ行くのか、コマコがどうなるのか、全く最後まで読めなかった。
    これ、すごい小説だと思う。
    最後の章がとてもいい。
    桜庭さんの本はいつもぶっ飛んでて悲しいけど、このパワーはほんとにすごい。
    私の男より、受賞するならこれだろー

    コマコのポートレイト

  • 暗すぎて読んでて気持ちが滅入ってくるんだけど、大人になった駒子ががむしゃらに生き抜こうとしていくところに光が見えた。ラストまで読んで良かった。「私の男」は好きになれなかったけど、こっちは救いがあるだけ良かった。

  • 桜庭一樹は拡張する。
    「どうしようもない愛の物語」を書く人だと思っていたけれど、
    これは人間の存在理由、人生の意味のようなものまで
    しっかり言及している作品だと思います。

    桜庭さんの中に積み上がってる
    いろんな文学たちがかいま見えそう。元ネタが分かる云々ではなく、作品世界の厚さに圧倒された。これを理解するために本をたくさん読もうと思った。

    「どんなに長くても余生だ」という言葉に戦慄しました。

  • 直木賞受賞後第一作だそうで、確かになんとなく、
    「私の男」と印象が似てるところがあったような。
    筋立ては遠いんだけど、なんとなく息の詰まる感じが。

    第一部と第二部は、雰囲気が全然違う。
    第一部は、美しいけどしょうもないママと、
    言葉の出ない幼ない主人公の、ふたり逃避行の話。
    老人ばかりの「城砦都市」や、海の近くの温泉地、
    屠殺場を中心にした人工的な街、金持ちの庭のオブジェ。
    彼女達は何かに追われて、民話みたいな幻想のような、
    ありそうでいてどこかおかしい、不気味な場所を転々とする。
    滑稽で残酷で、悪趣味な銀河鉄道みたいだと思った。
    嫌いな人は全然だめだろうけど、桜庭ファンであれば、
    この第一部は普通に味が濃く、面白く感じるのではないでしょうか。

    第二部は、崇拝するママを喪った主人公の、成長物語。
    これはもしや自伝かと、「嘘しか言っちゃダメなゲーム」の中の一話かと、
    そう思われるように生々しい、あるエキセントリックな作家の誕生の過程と、
    美しくはない、ダラダラしたその後。
    第一部とは別の意味で、万人向けじゃないと思う。
    冗長、冗漫。退屈。主張が痛い。恥ずかしい。押しつけがましい。
    そう感じる人も、絶対いるだろうと思った。

    でも、私は捉われました。
    この超音波的な何かが、個人的なアンテナにかかる人がいると思う。
    序盤の学生時代、デビュー前の文壇バーは少々退屈。
    でも、弟との確執から出奔、「ポルノスター」の章は、出色。
    その後の筋立ては、小説的にはグダグダかもしれないけど、
    私は、ラストで涙が出た。いろいろ間違っているとしても、
    この恋人が、離れないでいてくれて。
    評判は良くなさそうだなぁと思うけれど、いろいろ欠点も目立つけど、
    私は好きです。
    それはわりと、しょうがないことです。

  • 母と娘の物語。
    「私の男」が父と娘の物語だったので、娘と親子関係を描いた作品を立て続けに読んだことになる。
    歪んだ親子関係で育った者が自ら親から逃れるのが「私の男」なら、親が逃げていったのが「ファミリーポートレート」なのかも。
    「私の男」では逃れるまでを描いていたが、今作では親と別れて(逃げられて)後まで描かれる。
    前半は現実と幻想の入り交じった世界で、娘コマコの紡ぐイメージの奔流に圧倒される。
    素晴らしい。
    後半は物語る人となったコマコの文学、創作に対する話。
    作者自身の創作への決意表明とも受け止められる。

    この作品自体が「嘘しか言ってはダメ」のゲームで「何故作家になったの?」と質問され、作者が語った答えなのかもしれない、と思った。

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著者プロフィール

桜庭 一樹(さくらば・かずき):1971年鳥取県出身、小説家。1999年、「夜空に、満天の星」で第1回ファミ通エンタテインメント大賞小説部門佳作を受賞し、翌年デビュー。『GOSICK』シリーズが注目され、さらに04年発表の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。07年に『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞を、翌08年に『私の男』で第138回直木賞を受賞。おもな著書に『少女を埋める』『紅だ!』『彼女が言わなかったすべてのこと』『名探偵の有害性』など、またエッセイ集に〈桜庭一樹読書日記〉シリーズや『東京ディストピア日記』などがある。

「2025年 『読まれる覚悟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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