歌舞伎町のこころちゃん

制作 : 権 徹 
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (96ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062151474

感想・レビュー・書評

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  • 最初に見たこころちゃんの写真は衝撃でした。
    本当に小さな
    赤ちゃんの顔をした女の子。

    しかし写真に映るこころちゃんは本当に幸せそう。
    厳しい現実、どうしようもない大人達、寂しい風の吹く眠らない街にともる灯のような笑顔をもって

    たくましく生きます。
    強い姿で。

    こころちゃんが今もこの笑顔を絶やさず生きている事を願ってやみません。

  • 帯の煽り文が的を得ていた。
    こころちゃんは確かに、歌舞伎町で生きていた。

    ぼろぼろの歯と、キラキラの笑顔が、かあわいいんだ。
    それがたとえ彼女の為にならないことだとしても。
    彼女はただ楽しく生きるということをしていた。

  • これは新宿コマ劇場が‥前記の名で開業中だった頃のドキュメンタリーフォトでした。のですが、全国にもこう言う事態が拡散しつつ遭(あ)る状態だけに…一刻の猶予も与え無い程に救済を…。

  • こころちゃんは本当に良い笑顔をしてた。
    この本が出版されたのは2008年なので、今から約7年前。
    当時4歳だったこころちゃんが、どんな少女になっているのか気になる。

    「子どもにこんな生活をさせるべきではない」と考えている権さんと、
    「本人たちが幸せだと思っていれば別に良いじゃない(言い分はうろ覚えです)」と考えているこころちゃんのお父さん。
    言いづらいですが、私は正直、読んでいくうちにどちらの言い分が正しいのか分からなくなってきてしまいました。でも読んでよかったなと思います。

  • つまりはこういうことである。

    ニュースに映らないこと。
    日本にだって、こんな現状にある

    わざわざ海を渡ってボランティアしにいく人たちは
    なぜこの子より遠いあの子を助けたのか

    答えられるなら答えて欲しい。
    一番近い問題から眼を背ける奴など、何も救えはしない

    そもそも何を、救いとするのか。

  • 歌舞伎町の路上で父親と生きていたこころちゃん、4歳。
    そのこころちゃんと歌舞伎町の様子が写された写真集。
    こころちゃんの笑顔に心が痛みます。
    このような生活を我が子にさせる親を責めるのは簡単。厚労省の労働政策審議委員会を務めた奥谷禮子が、「格差論は甘え、過労死は自己責任」などと発言していますが、「どうしようもない」背景というものがあるのです。
    そんなことを、写真集を見ながら考えさせられました。

  • 筆者のいうとおり、これはお涙頂戴ではない。
    けど。
    お年頃になったこころちゃんの前歯が虫歯をなくしてピカピカになってますように、と願う。

  • こころちゃん、幸せですか? 元気ですか?あなたの口から直接現在(いま)を知りたいです。

    言葉を失ってしまった。日本一の繁華街歌舞伎町。これが経済大国日本の実態。格差社会の縮図。

    路上生活、写真はリアルだ。
    怖いくらいに、凝視できない。
    でも、こころちゃんは現実に生きている。
    どうして4歳の女の子が。
    答えられない自分は大人失格だ。

  • 歌舞伎町の路上で生活する、こころちゃん。4才。たったの。
    無職のお父さんと、たまに帰ってくるお母さんと、路上暮らし。

    私の胸に響いたのは、作者のあとがき。

    ただ、可哀想。お涙頂戴は、もういらない。

    そこから一歩踏み出して。

    問題の根底、どうしてお父さんは仕事をしないのか?または出来ないのか?
    どうして、路上で生活しているのか。
    心理状況などを深く理解し、自分が取るべき立場、カメラマンとして、一人の大人として、、で葛藤する作者の心理を分かって欲しい。

    ちなみに今は、こころちゃん、施設で暮らしています。

  • 多分、私は彼女と一回会っていると思う。当時、私がずっと歌舞伎町に入り浸りになっていたころと、彼女が路上にいたころが重なるからだ。彼女の幸せを陰ながら祈っています。

    朱門には酒肉臭きに

    路には凍死の骨あり
                      杜甫

    多分私は、彼女にすれ違っている。新宿、歌舞伎町。この写真が撮影されたであろう時期に私は足繁くこの街に通いつめていた。だから多分、私は気づかなくても、そんな確信がある。通っていた理由はたぶん、この町が持つ魔力に魅入られていたからかもしれない。実に、よくこの町を歩いた。おかげで、ここが舞台の小説を読んでいると、入り組んだ裏道まで鮮明に頭に浮かぶようになった。ページを読み進めていくと案の定、
    「あぁ、この辺で撮影したんだな」
    というのが手に取るようにわかる。

    こころちゃんが父親とカレーを食べていたあの食堂は自分も何回か利用したことがあった。こころちゃんが座っている場所は、「都会の聖者」たちが大勢たむろしているところで、その横をブランド品を身にまとったいかにも水商売風の男女が嬌声をあげて通り過ぎていく、というのはもうここでは日常茶飯事で誰も気に止めない。非日常が日常の世界。こころちゃんは父親とともにこの町に流れてきたそうだ。

    いま、彼女は父親と別れ、施設に入っているのだそうだ。私もささやかながら、彼女の幸せを祈っている。

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