奇蹟の画家

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (282ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062159500

作品紹介・あらすじ

絵を見て泣いたことがありますか?病室で死を見つめた一枚の絵、亡き子を思い出させる女神像、神戸の被災者を勇気づけた彩り、清貧の画家・石井一男に救われた人びと。

感想・レビュー・書評

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  • 僕らの町には「海文堂」がある その「書店文化」の中から こんな すてきな絵描きが発掘されたんだ  10.4.7

  • 石井一男さんのことは「情熱大陸」で知り、そのシンプルで清らかな生き方に多くを考えさせられました。「風の谷のナウシカ」を最初に観た時の様に。人にはそれぞれの生き方や最高のタイミングというものがあるということ、日々の積み重ねが未来を作るということ。必要なもの以外の一切を望まない潔い姿勢。地位や名声、財産を手に入れたことで傲り高ぶっている人たちとは真逆の姿。石井さんの生き方は美しいです。

  • こころを動かされる作品に出会うたびに思うことは、「なぜこの作品にはこころが動くのか」「こころを動かす要素は何なのか」を知りたい、ということ。

    石井一男という人の作品とそのエピソードについては新聞でも読み、この人の作品集を以前の仕事で手に取りもしたのだが、写真からはその作品が人のこころを打つ「魔力」が何なのかはわからなかった。

    作品というものは現物に逢わなければならない、が真実なのだろう。
    一度その作品に逢って洗礼を受けてしまえば、写真でも代用可なのかもしれない。(作品を購入できなくて写真を大切にしていたというエピソードもある)

    死に臨んでいる人がその絵にすがりつくようにして病と闘い、心穏やかに彼岸へ旅立っていくというエピソードの数々。話だけを聞くとつい「眉唾」と疑ってしまうが、後藤氏の文章を読むとそういうこともあるのかもしれない、とも思えてくる。
    作品を見出し世に出した画商と作品を購入して大切にしている人々と作家との交流は、そこに”魂”と”愛”が介在していることを感じさせてくれて、人間というものを信じることが出来るこころもちになれる。

    そして、ちょっとした恐れを伴って心に浮かんでくる思いがある。自分がこの作品の写真から何も感じ取れないのは、自分はそれにふさわしくない存在だからなのかもしれない、と。この作品から何事も受け取れない自分は、こころが捻じ曲がり乾ききった、天国に行く資格のない存在なのかもしれないと。

    本物の作品に逢いたいとは思うのだが、それで「何も感じなかったら」どうしよう、と奥深い恐怖を感じる。

    石井氏の生活を「清貧」とメディアも紹介しているが、私には「普通の生活」に思えた。
    作品が売れるようになり、マンションでも一戸建てでも引っ越せそうな状況になっても長屋に住み続けるのは、そこが作品を生み出す場となっていて、暮らしそのものが作品の一部となっているからなのだろう。作品を生み出すことが生きることと一致しているのだからあたりまえのことだ。

    年をとって階段を上るのが大変になったときには同じような平屋の家に住むのもいいかもしれない、という考え方も、便利なマンションや豪華な一戸建てという空間では自分が快適でいられなくなるということをよく判っておられるからなのだろう。
    「清貧」とメディアから持ち上げられるのも(真実は”見下げて”いるのかもしれないけど)ご自身にとっては居心地の悪いことなのではなかろうか。

    前述のとおり、作品の写真からは私は何も感じることが出来なかったけれど、作品にまつわるエピソードの数々を読み、その作品が人のこころを動かすものは何なのかをより知りたいし、出来るならこころを動かされたいと強く思う。
    そのためには、私の内側にある恐怖を克服して実物の作品に逢わなければならない。
    作品をに逢った後の自分がどうなるか、恐ろしいような楽しみなような複雑な思いだ。

  • 年老いた母親しか身寄りがなく、内気な性格で、親しい友人もいない。ずっとアルバイトで生計をたてながら、独学で絵を描いてこられた石井一男さんが、本格的に絵に取り組まれたのは、40代も半ばを過ぎてからでした。売れる絵を描きたいとも、世間に認められたいとも思わず、その必然と衝動によって、無私、無欲でただひたすら描き続けてきたのです。ちょっと浮世離れした暮らしぶりは、まさに〝清貧〟と呼ぶに相応しく思われます。
    正規の絵画教育を授けたこともない画家が、世にその名を知られるようになったのは49歳のとき。神戸でギャラリーを営む島田誠氏との出会いがきっかけでした。
    本の帯に〝清貧の画家石井一男に救われた人びと〟とあるように、このルポは画家本人やその作品ばかりを追ったものではありません。どちらかというと、画家に関った人々、画家の作品に魅せられた市井の人々を訪ね歩いて、その話をまとめたもので、そこから画家本人の人となりと、作品の質が浮かび上がってくるような構成になっています。
    なぜ絵を描くのか?どうして絵に心惹かれるのか?生きていくために、ほんとうに必要な糧とは、いったい何なのか?そんなことを、深く考えさせられる一冊でした。

  • 石井さんが自らの作品を語るとき、「うーん」と何度も言いながら、曖昧な感じで語られるようですが、きっと言葉で表現できない思いが作品に込められているのではないかと思いました。

    私がこの本に出会ったきっかけは、テレビの「情熱大陸」で、たまたま石井さんの特集を観たことでした。特に、女神像が何とも言えず慈愛に満ちていて印象的でした。そして、そんな作品を生み出す石井さんのさっぱりとした生き方も記憶に残りました。それで、石井さんに関する書物は出ていないかと調べ、この本に辿り着きました。

    いつか実物の作品を観てみたいと改めて思いました。

  • おとといは、朝からずーーーーっとパソコンがついていて、夜の10時をすぎてようやく消した。入稿前にイソガシイのはフェミックスに入る前、『We』の校正を手伝っていた頃から同じといえば同じだが、校正をずっとやってると頭がつまったみたいになってくる。

    こういうときは、チラっと本でも読んで、頭の風通しをよくしておかないと、調子がわるくなる…という経験則があるので、チラっとだけ、、と、年明けから4ヶ月待って、順番がまわってきたこの本を少し読む。
    ・・・・・・・・・・
    結局、しまいまで読んでしまい、寝たのは夜中の1時すぎ(アホ)。

    石井一男の絵は、天音堂での個展を見にいったことがある。そのとき石井さんも静かに会場におられた。その風景をおもいだす本だった。

    独身で、棟割り住宅の二階に暮らし、その部屋は絵のほかにはほとんど何もない質素なもの。定職についたことはなく、生活はアルバイトで支えてきた。紹介されるときには「清貧」という形容が使われる。20代の後半に絵を描いた時期があったが、その後、40代後半になって「自分にはやはり絵しかない」と再び描きはじめるまでは、長い年月がある。

    その年月のことを、神戸新聞の文化部記者だった山本忠勝がこう書いている。
    ▼…この人にとっては、実は生きること自体が、既に〈カンバスなき絵画〉だったのかもしれない。深層でイメージが独自の成熟を遂げていたのだ。一気に描かれるべき女たちがあふれ出した。
     すべて二号から四号の小品だが、それら小窓の中に結晶した女たちは、現世的なあらゆる要素、すなわち欲望や生活感、意思といったものからほぼ完全に抜け出して、このうえなく純粋な存在へと〈羽化〉している。隠者のような沈黙の裏で、画家がひそかに彫琢してきた、おそらくは〈第四の性〉。…(pp.185-186、原文は神戸新聞1992年10月7日)

    「絵を描くこと」について、後藤は、石井のこんな話を書きとめている。
    ▼「ほとんど我流でやってきたわけでして…設計図があって描く画家もおられるんでしょうが、私の場合は行き当たりばったりといいますか…下塗りの段階では人物になるのかそれ以外のものかということもわからないんです…塗っていくうちになにかこう天井のシミのようなものがぽっと現れて、それに引っ張られてといいますか、なにか内側から呼んでくれるものを待っているといいますか…この絵の場合でいえば、黒地の中から白っぽい顔のようなものが浮かんできて…それをなぞっているうちに表情になってきて…」
     内側から呼んでくれるもの。表現行為のすべてにわたって普遍的な核[コア]を形成するものであろう。説明不能のあるなにか─。
     呼ばれるときがすぐに訪れるときがある。訪れぬときもある。絵筆を置いて、そのときを待つ。翌日に、あるいは数日後にやってくるときもある。訪れぬまま、下塗りのままに仕舞われていく絵もある。(p.148)

    ギャラリー島田の島田誠との出会いが、画家・石井一男をうんだともいえる。初めて石井の絵を見たときのことをふりかえって、島田は、「これだけの作品を描ける人が四十九歳まで、どこにも作品を発表せず、完全に無名で、かつ展覧会を何度も開けるくらいの高い作品を描き続けていたとは、信じられない」(『無愛想な蝙蝠』)と書く。

    島田誠、そして石井の絵と出会い、石井の作品を求め、石井の作品をまた見たいと足を運ぶ人たちを取材して、この本は石井一男という人を書いている。

    天音堂でもまた見たいと思うけれど、ギャラリー島田での石井一男展にも行ってみたいなーと思う。

  • いかにもな美術批評が似つかわしくない絵だけに、偶像崇拝の起こりに立ち会っているような臨場感ある文章が、かえって良かった。I氏、多謝。

  • 「情熱大陸」で出会った画家、石井一男氏と彼をめぐる人々の話です。清貧の画家の描く絵画がほしくなります。

  • 「情熱大陸」を見て石井一男という画家の持つ力に興味を持ちました。「清貧」まさにその通りだと思いました。

  • 49歳で神戸のギャラリー島田(島田誠)氏に見出された独学の画家・石井一男。

    石井の絵をめぐる様々な人々のありようを描く。

    祈りのような女神像は観る人々を素直にする。今まで絵を買ったことなどない人々が手を差し伸べてしまうほどの不思議な魅力を持った絵画。

    絵は描く人だけのものではない。そして本物の輝きは多くの人々の視線によっても磨かれて行く存在なのだ。


    今日午後から、「石井一男」展開催中のギャラリーに出かける。

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著者プロフィール

後藤 正治(ゴトウ マサハル)
1946年、京都市に生まれる。1972年、京都大学農学部を卒業。
ノンフィクション作家となり、医学、スポーツ、人物評伝などの分野で執筆を重ねる。
『空白の軌跡』(講談社文庫)で第四回潮ノンフィクション賞、『遠いリング』(岩波現代文庫)で第十二回講談社ノンフィクション賞、『リターンマッチ』(文春文庫)で第二十六回大宅壮一ノンフィクション賞、『清冽』(中央公論新社)で第十四回桑原武夫学芸賞、を受賞。
2016年、書き手として出発して以降、2010年までに刊行された主要作品のほとんどが収録されている「後藤正治ノンフィクション集(全10巻)」の刊行が完結。
他の著者に、『関西の新実力者たち』(ブレーンセンター.1990)、『刻まれたシーン』(ブレーンセンター.1995)、『秋の季節に』(ブレーンセンター.2003)、『節義のために』(ブレーンセンター.2012)、『探訪 名ノンフィクション』(中央公論新社.2013)、『天人 深代惇郎と新聞の時代』(講談社.2014)などがある。

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