死ねばいいのに

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 4282
レビュー : 767
  • Amazon.co.jp ・本 (402ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062161725

感想・レビュー・書評

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  • 1人1話短編のよう。
    亡くなったアサミに生前関係が深い人達を
    ケンヤが訪ねてまわる。
    …が最後怖かった〜完全にサイコパスじゃん。
    何となく途中でラスト予想ついて楽しめなかった。

  • タイトルから連想したのは暗く希望のない恨みや憎しみに満ちた印象でしたが全く違いました。
    ケンヤは死んだアサミのことを聞くために色々な人に会いに行き、アサミのことを尋ねるが誰もアサミの話をしない。するのは自分の話ばかりである。最後は、まさかの展開でこれも全く予想外でした。

  • 最初の数ページで、「こいつ、なんだ?」と普通じゃなさにザワザワする。不思議な存在感のケンヤくん。
    私、ケンヤ側かケンヤに質問された側かというと、たぶんケンヤ側。死にたい環境にずっといるのが苦手。でも、仕事がはちゃめちゃに忙しくなったときには、質問された側の思考になった。愚痴ばっかり、全部他人のせいで、自分から行動は起こさない。そんな人生は何一つ楽しくないし、何一つうまくいかなかった。それなのに、そういうときに死ねばいいのに、ともし言われても、「なんで私が死ななきゃいけないんだ」って思ってしまうんだよなー。被害者意識ってまじめんどくさい。
    一方で、「死ねばいいのに」って言われて「そっか。死ねばいいのか」と思うことは幸せかというと、それはそれで違うと思う。執着できるものがないからしんでもいいということは、心のなかになにもないということ。それは幸せなことじゃない。不幸が絡み合ってしまった事件。
    ケンヤの「死ねばいいのに」カウンセリングとかあったら、すごく繁盛しそう。

    ミステリーはあとで思い出しやすいように、今まで読んだ◯◯系統、とメモがわりに書いているんだけど今回はネタバレに直結してしまうのでやめとく。

  • 己に思うところ(疚しさ)がある故に、いつの間にかそれが炙り出されてしまう・・・
    上手いなぁと思ったが、読んでいて気持ちの良いのものではないのは、思い当たるところがあるから?

  • 殺害されたアサミの関係者達を、ケンヤというプータローがアサミのことを聞いてまわるという構成。

    ケンヤはアサミのことを知りたいのに、関係者は自分のおかれてる境遇、不合理なことなど、愚痴ばかり。

    そんな関係者達にケンヤは、独自の価値観で切り捨てていく。

    人はどうして価値観を押しつけようとするのか?
    人はどうしてわがままなのか?
    人はどうして枠に嵌めたがるのか?
    常識、非常識。
    真実はなにか?

    不条理な世の中で生きる現代人の中で、ケンヤのような生き方はある意味羨ましくもあるが、肯定もできない。

    しかし、いろいろ考えさせられる事が多かった。

  • 鹿島亜佐美が死んだ。もとい、殺された。ワタライケンヤは亜佐美の関係者のもとへ出向き、亜佐美の話を聞いていく。派遣先の上司、マンションの隣人、母親、彼氏……。ところが誰もが亜佐美のことを語ろうとして、自分のことを語りだす。
    「死ねばいいのに」そうケンヤに言われた人々は何を思い、どういった行動に出るのか。

  • これもまたカテゴリ分けに悩んだ作品。正直、誰が亜佐美を殺したのかは、ちょっと読みなれた人ならば見当がついてしまうので、これはミステリとは言えないのかな…でもホラーというほどゾッとしなかったし(ウンザリはしたけど)。

    著者の『厭な小説』と似ている感じ。亜佐美がどういう人だったか聞いて回る渡来健也という若者。しかし、どの相手も話すのは結局自分のことばかり。家族とうまくいってない中年男性、派遣切りに遭った女性、組織の末端で鬱屈しているチンピラ、一番悲しんでいるはずの亜佐美の母親、情報提供者として健也と対峙する警官…それぞれが本当に自分のことばかり考えている。亜佐美のことを考えはじめても、結局は自分の不遇さに突き当り、不満をぶちまける。

    そんな彼らに健也は言う「死ねばいいのに」と。

    なんというか…誰もが壁に突き当り、悩み、周りのせいにしがちな心境を目の前に突きつけてくるので、嫌なんですね。読後もなんか周りが薄暗く感じるような怖さはあるかな。

  • 京極堂は「この世に面白くない本などない」と言い、弔堂は「書物はすべて墓標である」と云う。

    この本は誰のための墓標なのだろう。
    私にとってこの本は、「京極夏彦が書いた本」だ。脳裏で指貫グローブをはめた御大が、彼の妖怪と書物に埋め尽くされた部屋で、綴る物語。
    伝えたいこと、落とされる憑物、まだ見ぬ誰かの中に立ち上るもの。
    私が断言できるのは、「京極初心者にこの本を勧めることはお薦めできない」
    西尾維新のニンギョウがニンギョウ、伊坂幸太郎のあるキングのように、作家を含めて完成する作品というものもあるのだろう。

  • なんか自分勝手な、渡会に言わせると死ねばいいのに的な人達が次々出てきて、精神的に疲れた。ので途中、ほかの本を読んでしまった私。
    結局最後のこの終わり方はなんかスッキリしないというか、よくわからなかった。

  • まるで知的好奇心を揺さぶられる論文のようだった(この表現が伝わる人は多くなさそうだけど、わかる人にはわかる気がする)。高校生や大学生の頃に読んでいたら、きっと興奮してまわりに話していただろうな、と思う。

著者プロフィール

京極 夏彦(きょうごく なつひこ)
1963年、北海道小樽市生まれ。小説家としてだけでなく、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)など妖怪研究家であり、他にも装幀家、アートディレクター、俳優など様々な顔を持つ。
広告代理店を経てデザイン会社を設立。1994年、そこで暇つぶしに書いた『姑獲鳥の夏』を講談社に送ったところ極めて評価を受け、同年、即出版・デビューに至る。瞬く間に執筆依頼が殺到する人気作家に上り詰めた。
1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞、2002年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞、2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞など、数多くの受賞歴がある。
代表作に「百鬼夜行シリーズ」「巷説百物語シリーズ」「豆腐小僧シリーズ」など。

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