尼僧とキューピッドの弓 (100周年書き下ろし)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 200
レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (242ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062163286

作品紹介・あらすじ

官能の矢に射られたわたしは修道女。熟年の女が第二の人生を送る修道院を訪れた作家。かしましい尼僧たちが噂するのは、弓道が引き起こした"駆け落ち"だった。時と国境を超えて女性の生と性が立ちのぼる、書き下ろし長篇小説。

感想・レビュー・書評

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  • 松永美穂さんの『誤解でございます』の中に、多和田さんの『尼僧とキューピッドの弓』のモチーフになっている修道院についての記述があると教えていただき、読むのを楽しみにしていた本。

    多和田さんの小説の語り手はいつもどこか道に迷っているような感じがある。しかし、迷っていることに対する不安感のようなものはそこにはないと思う。迷っている、という言い方がそぐわないのかもしれない。見も知らぬ街に放り出された人が、注意深く見るべきものを鋭く見て、感じて、自分なりの地図を作り上げていく、そのプロセスが描かれるのが多和田さんの小説の特徴の一つではないかと思う。だから、多和田さんの小説を読んでいる時は、一緒に冒険しているような気分になるのだ。言葉を使って未知の世界を切り開いていくような冒険。

    今回、主人公が放り投げられた未知の街は、修道院の周辺である。「尼僧」という言葉がタイトルにあるのを見て、どこか多和田さんらしいなと思った。多和田さんに『聖女伝説』というタイトルの小説があって、その本に関するインタビューで多和田さんは「『聖女』という場所から見えてくるものを書いてみたい」というような意味のことをおっしゃっていたと思う。『聖女伝説』は「聖女」という言葉が喚起するイメージを丹念に追いながらストーリーが進んでいくうちに、「聖女」というイメージが通常持っているものからは微妙にずれていくような小説である。「聖女」というのは「聖女」である前に「女」なのであるから、という含みが『尼僧とキューピッドの弓』にもあって、「修道女」はそもそも「女」なのであるから、という縛りというかルールというかが、未知の世界に放り出されたまっさらな登場人物に課せられる。そういうルールをかぶせられているのにも関わらず、多和田さんの小説を読んでいるといつも「自由だなあ」と思ってしまう。日常のありふれたルールとは違う、言葉を突き詰めて考えだされた別の魅力的なルール(そしてそれは優れた作家にしか発見できないのではないか、と個人的に思っているのだけれど)へ飛び込んでいく果敢な雰囲気がそう思わせるのだろうか。

    主人公が、修道女に会うたびに名前をつけていくところも面白い。「透明美」とか「火瀬」のように。『飛魂』もこういう雰囲気がある。漢字が誘発するイメージを巧みに使う多和田節も好きである。そこそこ物語性があるので多和田さんのものの中では読みやすい部類に入るのではないだろうか。『球形時間』とかのようなとっつきやすさを感じる。でも十分に、日常でぼんやりと運用していると狭くなりがちな日本語(日本語が狭いと言っているわけではないです、母語、とでもいうか)の枠から外へ出よう、という運動は感じられる。

    多和田さんの未読は『雲をつかむ話』のみに。さてどうしようかな。

  • 修道院で老後を過ごすっていいなあ。日本では、寺とか神社に老人ホームが付いてるといいかもしれない。

  • ★文章だけじゃない構想力★著者の本を初めて読んだ。文章がうまいなあと思う。淡々と書いているようで、どこに向かうのかも分からないまま、日本人になじみのない文化に置かれた人間模様がしっとりと伝わってくる。

    後半でもうひとつ短編が入っているのかと思ったら、ぐるっと回って前半につながってくる。もちろんなくても前半は成立するが、弓を巡る身体性を後半できちんと書き込むから前半の見え方が変わっている。後半を読むのをやめなくてよかった。やられた。

  • 第一部はつるつると、登場人物がわからなくなっても、ただただ読んでゆく。第二部に入って、俄然おもしろくなる。「宗教」について、「聖書」について、「うち」について、それぞれ合点のゆく表現があるので書き写す。多和田さんの例えの表現も好き。ヘリゲルの書を読んでみたい。装幀は、クラフト・エヴィング商会。

  • ドイツの尼僧院を訪ねる日本人作家。自分を招いてくれた筈の尼僧院長は辞めてしまっており、釈然としない心持ちながら尼僧院に滞在する。
    尼僧院という信仰心で結び付いて共同生活を営む女性達の相関が、ビジターそして東洋人という二重の部外者である語り手により、アイロニーとユーモアがちりばめられ軽妙さと鋭さを併せ持った多和田さんならでは、比類ない筆致で語られる。
    第二部で男性との恋愛で尼僧院を辞めたとされる女性による半生と尼僧院を辞めた顛末が明かされている。第二部を読み終え、ガラリと変わった印象と共に、何とも言えない寄る辺なさを味わう。結局の所、真相なんて誰にも分からないのかも知れない。どうしてそうなってしまったのか、当の本人にだって分かりはしないのかも知れず。

  • うーん久々に宗教観。いや、だいぶゆる~~く書かれてますが。
    ドイツ人女性の名前をはなっから和名でつづっていこうとする姿勢が斬新だな~と。

  • 9月18日の週刊ブックレビューで作家の栗田有起さんが薦めていました。

    二部構成になっていて、前は多和田さんが修道院で取材してきたものを元に作ったらしい。

    後はそれの英語訳をアメリカで読んだ尼僧院長の手記といったものです。

    厚くないし読みやすいのですが、読みながら登場人物を前に戻って確認することが多かったし、最後まで読んでもう一度最初から復習せずにはいられませんでした。

    前のほうは修道院というより、ドイツの女性の考え方を知るのが楽しかったです。

    後のほうはひとつ印象的だったもの
    といっても多和田さんがある風刺作家の文章から引用したらしいのですが「女性と宗教は堕胎の経験によってしか結びつかない」これは本当かしら。

    そして「最後に振り返った尼僧が誰だったのか」疑問のまま終わりました。
    他のかたのレビューで探してみます。

  • 面白い!
    本来は私も宗教者とか信仰者とか言うだけで逃げ出しくなるタチですが、逆に修道女の毎日などと言う部分には覗きたくなるような下世話な気持ちもあったりする。そういう多少後ろめたいゴシップ根性を満たしてくれるだけでなく、今まで考え及んだことのなかった信仰と実務の兼ね合いやらプロテスタントならではの特徴やら、随分はっとさせられるところもありました(多くは”透明美さん”の言葉)。
    尼僧一人一人の個性がふとした瞬間にむき出しになる部分が非常にユーモラスで、この中の誰一人も物語に欠かせないと思わせられます。会議中に著者が突然「ここにいる皆を愛していますね」と指摘される場面で私も狼狽してしまったということは、いつしか私も同じように全員に親愛の情を抱き、隠れ修行尼僧になっていたということでしょうか。
    多和田葉子さんの他の著書のように、しばらく本を置いてその言葉についてぼーっと考える部分は今回少なく、物語に引き込まれてあっという間に読了でした。

  • 今日的かつインターナショナルな小説だ。この作品がドイツの尼僧院を舞台にしているからというだけが理由ではない。この小説が英語で書かれていても、あるいはドイツ語で書かれていてもよかったと思うのだ。そこにどれほどの違いがあっただろう。そして、まさにその点にこそこの小説のこれまでにはない斬新さがある。もっとも、だからといって作品が日本語の固有性を失っているというのではない。素材の上からは「弓」に象徴される諸々が西欧的なものと対置されている。テーマもまた、「還るべき場所」をめぐってある種の普遍性の中に置かれていた。

  • 芥川賞ほか文学賞各賞をほぼ総なめにしている感のある多和田葉子氏であるのだが、残念ながら一作も読んだ事がなかったのでこの作品を買ってみた。読んでみるとさすがに文学賞を総なめにするだけあってお話の構築の技はたいしたものです。さてお話の面白さはというとぐっと引き込まれるというお話にはなっていないのだが、ドイツに旅した修道院を研究する日本人女性が観察する彼女が出会ったユニークな修道女たちとの日々、そのなかで知った官能の矢にいられ職をなげうった修道院長。
    そして後半はその修道院長が日本人女性が綴った修道院研究の本を見つけるところから始まる回想。この作品もまた男女の関係構築の難しさを語って入るが、語りの方法が軽やかなので痛い気持ちにはならないところが救いか。純文学好きな人にはおすすめです。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ ようこ)
1960年、東京都生まれの小説家、詩人。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社。ハンブルク大学大学院修士課程修了。長年ドイツに暮らし日本語・ドイツ語で執筆する。著作は各国で翻訳されており、世界的に評価が高い。
’91年「かかとを失くして」で第’34回群像新人文学賞。’93年「犬婿入り」で芥川賞受賞。’96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。’11年、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年、『雲をつかむ話』で読売文学賞と、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
世界的な賞も数々獲得している。2016年ドイツの文学賞「クライスト賞」を日本人として初めて受賞。そして2018年『献灯使』がアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」翻訳文学部門を受賞している。

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