別冊「本」ラチオ SPECIAL ISSUE 思想としての音楽

制作 : 片山 杜秀 
  • 講談社
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本棚登録 : 69
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (388ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062164931

感想・レビュー・書評

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  • こんな雑誌があることをいままで知らなかった。目次を眺めたら魅力的な表題が並んでいるが執筆陣で知っているのは菊地さんだけだった。その菊地さん、編者との巻頭対談でやはりいつもながらのトーンで気張っている。演奏家や音楽ライターをマゾヒスト型、リテラシー型、無邪気型に分けて見せるあたりとか、今後の批評の可能性は「ポップ・アナーリゼ」にあるとする提言は大賛成である。もちろんクラッシックのような難しい樂理にはかないようもないが、簡単なコード・プログレッションが、例えばオリジネーターからその弟子、模倣者等によってどのように違うかなど。今まで聴き続けてきたおなじみの曲が改めて別の視点からとられたらこれは快感であるに違いない。
    他にも「ポピュラー音楽の黒さの解明」とか「音楽システム論」「即興」「狂気や神と音楽」「レコード」「日本歌謡曲史」など読み応えある論文が満載。
    しかし一番の収穫は大里俊晴という(故人だが)オモシロイ男の存在を知ったことかもしれない。

  •  巻頭の片山杜秀vs菊地成孔の対談で、音楽家を3タイプに分けている。 ①退屈さを乗り越え理解にいたるマゾヒスト ②勉強や経験を経て頭を良くしてきた人 ③幼稚園児の頃から無調やトーンクラスターが大好きだった人 興味深い。
     本文中にもあるように前述の三要素は独立したものではない。絡み合っていることだと思う。斯く言う僕も、単なるリスナーにとっても当てはまる。 日曜学校や礼拝で賛美歌を通じて③を体感する。ドラ声のガキどものクワイアだ。決してマヘリア・ジャクソンに感動して…みたいな高尚なものではない。
     ではJAZZはどうだろう。 叔父が休日に大音量で掛けるHard Bopに惹かれていたが、パーカーからは感じず、ひたすら①を過ごす。 たまたま聴いたアイラーやシェップ、コルトレーンに③を感じたので、パーカー、ガレスピーを②を通して知る…という感じがする。
     では、この10年程、はまっているSoulはどうだろうか。②と③の毎日ですね。
     巷に流れる音は②のように聴こえる。勉強が悪いとは思わないが、僕はこんなに知っている、と知識量をひけらかしているようにしか感じないものが多い。音に悦びがない。勉強は楽しいよ、ということは伝わるが、山手線の駅や百人一首を全て言える幼稚園児みたいで苦手かも知れない。
     勉強が気楽で楽しいことは僕も知っている。だが、その楽しさは独我論に陥っているからだと思うのだ。

  • 特集:思想としての音楽

    とはいえ、そんなにむつかしいことは書いてありません。でも、みんなが好きな、「わかりやすく」はないです。わけわからんとこもあります。え、なにそれ、と思うところもあります。それでも面白いです。そういうのって、良い雑誌だ、ってことなのだと考えます。

    個人的には「近代西洋世界の外側」の国々の伝統的な音楽を演奏する日本人の演奏家のひとたちの紙上シンポジウムが興味深かったです。

    むかしぼくのタイコの師匠だった(こちらが一方的にそう思っていただけだったのかも)民族楽器屋のアフリカの人はいつも口唱歌でリズムを教えてくれて、ぼくはそれを忠実に再現したつもりなのにむげに「全然違う」と言われ、わけもわからず何度も練習させられたのを思い出しました。いま思うとあの口唱歌じたいがもうすでに音そのものだったってことで、それをいちど頭の中でオタマジャクシに変換してしまっていた(無意識のうちに、かもしれないけど)ぼくとはまったく感覚が違っていた、ってことなんでしょうね。たぶん。

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