感染宣告――エイズなんだから、抱かれたい

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 222
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062165303

作品紹介・あらすじ

告知、恋愛、家族、出産…「死の病」ではなくなったのに、増え続ける日本人HIV感染者の性愛と家族の現実。極限の恋愛が織りなす性と死と希望の物語。著者初の国内ルポルタージュ。

感想・レビュー・書評

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  •  世界各国の貧困の現実を精力的にルポしてきた石井光太が、初めて国内を舞台にしたノンフィクション。
     石井にとっては、「海外のディープゾーン取材という得意技を封じても、ノンフィクション作家としてやっていけるか」が問われる、試金石としての意味合いをもつ作品なのだ。

     内容の衝撃度は、海外を舞台にしたこれまでの作品と比べてもまったく遜色なかった。
     エイズという病気が初めて報告されてから30年以上が経ち、私たち一般人もなんとなくエイズについて「わかったつもり」になってしまっている昨今だが、本書に描かれた感染者たちの現実やエイズ治療の最前線は想像を絶するもので、目からウロコが落ちまくった。

     作中、相手の男性がHIV感染者と知りながら結婚し、その後相手が自殺してしまった女性は、次のように言う。
     
    《「エイズは男女にとっていちばん大切なところに忍び込み、彼らを極限の状態にまで追いつめます。弱さや醜さや高慢さといった負の内面をむき出しにし、人間性を試してくるのです」》

     この言葉が象徴するとおり、エイズが基本的に「死なない病気」になったと言われる現在でも、やはり、HIV感染は人生を大きく変えてしまう。本書は、感染によって人生を変えられてしまった人々の軌跡を追ったものなのである。

     エイズが(薬害エイズと母子感染を除けば)セックスを媒介にして感染する以上、本書の内容も必然的に取材対象者の性に立ち入ったものになる。男性同性愛者や性風俗経験者の女性も複数登場する本書は、一昔前なら「HIV感染者への差別を助長する」と批判を浴びたかもしれない。いまだからこそ許される、タブーぎりぎりにまで踏み込んだ内容である。

     タブーといえば、本書でいちばん驚かされたのは、薬害エイズ被害者の男性による述懐。彼によれば、薬害エイズ被害者は、一時期までたいへん女性にモテたのだという。

    《世の中というのは皮肉なもので、国との和解が成立してエイズが死なない病気になると、それまでこの問題に熱心だった人たちは急によそよそしく遠ざかっていくようになった。(中略)
     ボランティアに来ていた若い女性たちも同じだった。それまでは国家の犠牲となって殺されていく薬害エイズの被害者に同情し、最後まで苦しみを分かち合いたいと言ってくれていた。中には交際や結婚を求めてきた子だっていた。だが、裁判に区切りがついて、エイズが死なない病気になったとたんに、僕たちと会話をすることがなくなり、周りからいなくなってしまった。死に際の男には言いようのないロマンがある。だが、新しい治療法が確立したとき、僕たちは、ただの障害者年金暮らしの病弱な男に成り下がった。それに愛想をつかしたということなのだろう。
     実際、HIV感染者の男性から、女性に別れを告げられたという話を頻繁に聞いた。》

     これは相当にきわどい話だが、私にとっては目からウロコで、人の心の不思議さに唸らされた。

     一読の価値はある力作ノンフィクションだが、一点気になったのは、どぎついエピソードばかりをことさら強調するセンセーショナリズムが、随所に感じられるところ。

     たとえば本書は、HIV感染者の男性同性愛者だけが集う乱交パーティーに、著者が潜入取材する衝撃的な場面で幕を開ける。よりによってこのどぎつい場面を冒頭に持ってくるあたり、著者が「よし、これでつかみはオーケー!」とガッツポーズでどや顔しているところが透けて見えるようで、いささかげんなりさせられる。  

     そうしたセンセーショナリズムはこれまでの石井作品にも多少は感じられたが、本書は日本の話であるだけに印象が生々しく、とくに鼻についた。
     HIV感染者を無垢な被害者としてのみ描き出す紋切り型の社会派ルポになっていないあたり、石井光太らしい作品ではあるのだが……。

  • 日本のHIV感染者・エイズ患者を追ったノンフィクション。
    「きれいなひがいしゃ」じゃない感染者像を描こうとしたんだろうけど、どうにもフィクションを読んでいる気分だ。
    小説のようにサクサク読める、という意味ではなく、つくりばなしのような印象。
    インタビューを書き起こしたような書き方の部分も、発言者の言葉そのままなのか著者による再話なのかよくわからない。
    嘘っぽさに耐えきれなくて少し読んでやめた。

    嘘っぽいとは言っても、イデオロギーにもとづいた捏造みたいなのではない。
    ただ、見たもの聞いたものは本当だとしても、見たいものが見られる場所へ行って聞きたいことを聞いただけなんじゃないかと思ってしまう。
    たとえば「(男性)同性愛者はパートナーの数が多くて性的接触も多いからリスクが高い」という話。
    感染者(多分乱交パーティーに来ていた人)に聞いたところによると一対一で付き合う人もいるけれど三桁斬りも珍しくなくて云々と書かれている。

    なんだかインターネット利用率をネット上のアンケートで調べるみたいな話だ。
    使わない人はその場所にいない。
    使う人がいるのは事実でも、使わない人を考慮せずに語るなら、その「事実」は歪んでいる。
    一部の事実だけを見てそれがすべてだと思うのは危険なことだ。
    だからこの本を鵜呑みにすることはできない。

    そもそも同性愛についての記述が、ものすごいヘテロ脳。
    きちんと「同性間の性行為と性的指向はイコールではない」と書いているにもかかわらず、性行為は「同性愛行為」、男同士でセックスしている人たちは「同性愛者たち」と記述される。(この本の世界では同性愛者=ゲイらしい)
    普通に「男同士でセックスして」と書けばいいのに、「同性愛行為に耽溺し」「性愛を交わし」「淫行にふけり」などと表現される。
    これだけ同性愛が同性愛がって書いているのに、男性の感染経路の説明では「膣に挿入すると」と言い切る。
    ハッテン場やら「タチとウケ」(「受け」ってBL用語じゃないのか)やらの理解もなんか変。
    古いイメージに基づいた「ヘテロの考えるホモ」像にひっぱられて、そこにいる人をそのままみるってことができていないように思う。

    こういうのがみんな悪意じゃなくて、著者の頭がどうしてもヘテロの枠組みから出られないだけなんだろうなと思えてしまうのが悲しい。そんなに難しいことなのか。
    ゲイだけじゃなくて、男女間でセックスして感染した女子も薬害エイズ被害者も、みんな偏見を助長するような書き方をされている。
    貶めようとするヘイトスピーチとは違うし、「良い患者」「きれいな被害者」の枠を壊したいのかもしれないけれど、やっぱりこの本だけを読んだ人には悪い印象を持たせてしまいそうだ。


    「かわいそうな薬害エイズ被害者」とやりたがる支えてあげたがる恋愛したがる女の子たちの話は『ニグロと疲れないでセックスする方法』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4894348888の白人女子大生に似ている。
    やってることは同じなんだけど、分析があるから、あっちは嫌な感じを受けずに読めた。

  • 特に女性の話し言葉が読みづらくて
    なかなか入ってこなかったけれど
    非常に面白く読んだ。
    なかなか病気への考えは難しい。
    だけど私は受け入れられる人になりたいなぁ。

  • HIVは感染症のひとつにすぎないのに、日本では同性愛者への偏見もあって、社会的な差別が大きい。自分だっていつHIV感染者になるかわからないのに。日本は異質なものを排除して同質なもので集まりたがる、正常と異常とで白黒つけたがる文化が根強いなあと感じる。
    この本に出てくるHIV感染者たちも、まず感染した自分の体を心配する間もなく、親やパートナーに伝えるか伝えないかを悩まなくてはいけなくなる。がんやほかの感染症とは違う根強い偏見との闘い。
    最初はセックスの話ばかりでちょっとうんざりしたのが正直なところ。性感染症のひとつでもあるから仕方ないけどね。でも読み進めるにつれ、HIVに感染したことで他者との関係や人生にこんなにも影響する現実を知り、思っていた以上の驚きだった。

  • 『絶対貧困』を書いている人。これもかなりおもしろそうだ。

  • 15.nov.14

    HIVウイルスに感染した人々へのインタビューをピリオドごとに分けて掲載している。

    予防的措置でHIVウイルスの広がりを防ごうという運動については知っているつもりであったが、
    今はHIVウイルスが体内にあっても、適切な治療を受けていればエイズ発症の確率はかなり下がっているというのは知らなかった。

    HIVウイルス感染は同性愛差別と根深い関係を持っているのだと痛感した。
    同性愛カップルが法的・社会的にきちんと認められていれば、不特定多数の相手と身体の関係を持ちHIV感染リスクを増やしてしまった人も減るのではないだろうか。

    HIV感染はまた、同性愛差別を恐れ、社会的な目を気にし異性婚を行った男性の相手の女性にも深い傷を負わせる。

    しかし一方でお互いが感染しながら妊娠し、勇気をもって出産し前へと進んでいくような夫婦のエピソードもあった。

    悲劇だけではない。でも、知識不足や差別からおこる悲劇はなくしたいと思った。

  • ノンフィクションの重たい話だが、いくつかの話を小分けにして切り替えながら進めることで感情移入し過ぎずに読み進めることが出来た。

    死ぬ病気と思われていたエイズも、医療的には今や糖尿病と同程度の認識だというのには驚いた。
    ではなにが問題なのか。
    ウィルスへの恐怖ではなく、愛する人を失う恐怖、偏見による差別。
    偏見の問題は難しいが、啓蒙していくことで確実に減っていくものでもあるのではないかと思う。
    エイズには知るワクチン のキャッチフレーズは、状況が変わった今、違う意味で活きている。

  • 相変わらず、世界を広げてくれるという意味ではすごい著者だなと感じます。
    エイズは薬では抑えられるとは聞いていたけど、その人間模様もそれぞれなんだなと改めて。
    一番驚いたのは、医療関係者の間ではエイズと糖尿病が同じレベルで語られているということ。世間とのギャップはまだまだ・・・

  • エイズに関わらず性感染症は、誰かと性的な関係を持つことによって誰にでもなる可能性があるもの。
    みんな頭では理解できているつもりでも、実際にその場面にあたったときに危険な行為をしてしまうのでしょう。
    HIVに関して、ニュースやネットで得る知識程度しかしらなかったので、この本を読んで勉強になった。

    もっと怖くなった。

    だって、あるとき血液検査が陰性が出たとして、その後同じパートナーと性交をし続けていたからといって(相手が危険行為をしていない前提)安心ではないから。
    たまたま相手のウイルス数が抑えられていたときだったから。とか、たまたま感染しなかったという”たまたま運が良かった”というのがありえるから。

    そうはいっても、きっとこういうことを考えているのは生活する中でほんの少しであり、恋人とセックスしないということもないと思う。
    本当に人間は矛盾しているよな都合が良いよな。

    薬害エイズの被害者、同性愛者、自分のせいで感染した人、恋人のせいで感染した人、自分は感染していないが夫が感染していてそれを支える人…
    いろんな立場の人の話が読めていろんな問題が明るみになり、いたたまれない気持ちになった。
    人の心をも襲ってしまうエイズについてもっと理解が深まればいいと思う。

    ただ、この本、同性愛者の話が多かった気がする。
    もっとなんというか浅はかな行動で…みたいな話も知りたかった。

  • HIVに感染した方々を追ったノンフィクション。
    作中にもあるが、感染すると「人間性がむき出しになる」という。
    読み進むにつれていくつもの事例が描かれ、「むき出し」がどういう事なのか極めて厳しい現実を見せられる。 
    主な感染経路が性的接触とされているが故、どうしてもオープンにし辛い病。でもこの社会にこの病気と向き合って、一生懸命に生きている方々がいるという現実を無視するわけにはいかないだろう。 そういう現実を知るきっかけになった。
    読んでいる間、ノンフィクションであることを忘れてしまいそうになった。 それくらいに衝撃的だった。

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著者プロフィール

作家。
1977年東京都生まれ。大学卒業後にアジアの貧しい国々をめぐり、ドキュメンタリー『物乞う仏陀』(文春文庫)でデビュー。その後、海外の貧困から国内の災害や事件まで幅広い執筆活動を続けている。NHK「クローズアップ現代+」などにも出演。
著書に、児童書に『ぼくたちはなぜ、学校に行くのか。』『きみが世界を変えるなら』(共にポプラ社)、『みんなのチャンス』『幸せとまずしさの教室』(共に少年写真新聞社)、『おかえり、またあえたね』(東京書籍)がある。一般書として、「新潮文庫の100冊 2015」に選ばれた『絶対貧困』『遺体』(共に新潮文庫)、『原爆』(集英社)、『43回の殺意』(双葉社)など多数。

「2020年 『地球村の子どもたち 途上国から見たSDGs ③平和』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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