恋する原発

著者 :
  • 講談社
3.24
  • (14)
  • (42)
  • (52)
  • (16)
  • (11)
本棚登録 : 454
レビュー : 76
  • Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062173377

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • ただのエロい、訳のわからない文章の塊なんかじゃない。

    世の中不自然なものだらけ。どうしてみんな東日本大震災の後にはボランティアしよう、寄付しようって動いたの?どうしてハイチの地震や公害の被害者、原爆被害者…のためには手を差し伸べなかったの?

    それは、『なにもやらないと不安で仕方ないからだ。』

    連携がすべて良いわけではない。連携したことで生み出してきた悪もまた、ある。

    何十年も揺れ続けてきた日本の社会。それを見て見ぬふりしてきた私たち。自分たちが生きてる間だけもてばいい、どこかでそう思いながら。

    本当の今の日本をつくってきたのは、歴史の教科書になんて絶対載らないようなことばかり。

    どうして靖国神社には英霊だけが祀られてるの?英雄と呼ばれるにふさわしい人、日本のために犠牲になってきた人はいくらでもいる。

    シンプルにすればいくらでもなるはずの文章だけど、この小説にはエロさが欠かせない。小説ってこうやって書くんだね。

    これが文字の力だと思う。

    『ぼくはこの日をずっと待っていたんだ』、か。

  • はあ・・・。311後の作家の対応に興味あっていくつか読んでみたが、これは最も強烈だった。先生の文芸手腕と思想が、ここで出さねばいつ出すかというように、はちきれんばかりに叩き込まれていて、胸が苦しくなる。とてつもなくくだらないのに強烈。

  • 『我々は、この作品の売り上げをすべて、
    被災者の皆さんに寄付します
    チャリティーAV
    恋する原発』

    『レンタルヴィデオ屋の隔離されたコーナーに
    他人の目を気にしながら入りこみ
    別に盗むわけでもないのに周りの視線を
    気にしていた皆さん
    この作品は堂々と借りてください
    そして堂々とオナニーしてください
    あなたの精液の一滴一滴が貴重な
    義援金になるのです』

    『まあ、そんなことは、どうでもいい。細かいことは、どうでもいい。世の中、たいていのことはどうでもいい。』

    『おれは、ほんの少しの間、考えた。とりあえず、おれの頭は使い物になるかどうかを。
    1+1=2。これなら、なんとか。』

    「これこそ、AV業界を震撼させたシリーズ、
    『恋するために生まれてきたの・大正生まれだけどいいですか?』の第一弾、
    『稲元ヨネさん七十二歳・夫が戦死してから五十年ぶりのセックスなんです、冥土の土産にしたかった』の冒頭シーンなのだった…。」

    『あのセックスはすごかった。二十二歳童貞のカネダと、七十二歳ヨネさんのセックスは。
    あれは、セックスだったんだろうか?』

    「おばちゃん、なにしてたの?」
    「おばあちゃんの七回忌だったの。でも、さおりちゃんは知らないわよね。おばちゃんのおばちゃんが亡くなって六年目のお祝いよ」
    「ええ? お祝い、じゃないでしょ、おばちゃん」
    「いえ、お祝いよ。こんな世界から、とっととおさらばでしてよかったわね、というお祝いなのよ」

    「ヴァイブをヴァギナに突っ込もうとしているの。でも、女の子が望んでいるからじゃないわよ。あの男は、ヴァギナを見ると、そこか、自分が生まれてきたことを思い出して、憎しみで一杯になるのよ! こんな世界に追いやりやがって、って! だから、ヴァギナを見ると、メチャクチャにしてやりたくなるわけ」

    「おとなになったら、あたしのヴァギナにもヴァイブを入れられちゃうの? そんなの、イヤだあ!」
    「だったら、戦うのね。自分のヴァギナは自分で守るしかないんだから」

    『この世の中は、あたしたちのヴァギナとアヌスを狙う男どもで一杯なの。というか、男どもは全員、あたしたち女のヴァギナを狙ってるのよ! ちょっと優しくされて、ニッコリなんかしたら、さあ大変』

    『大丈夫。
    おれはまだ狂っちゃいない。おれの判断では。』

  • こりゃ問題作です。勿論イイ意味で。高橋源一郎さんの破壊力恐るべし。

  • この小説はずいぶんと前から楽しみにしていた。
    楽しみの始まりは次のツイート。
    ---
    源一郎さんの書き下ろし小説楽しみ RT @takagengen: おはようございます。さあ、これから、書き下ろしの小説の続きを少し書くことにしよう。
    (2011年6月3日@sawa_taku)

    @sawa_taku ありがとうございます。書き下ろしの小説のタイトルは「恋する原発」です。いままで書いた中で、いちばんクレージーな小説になると思います。
    (2011年6月3日@takagengen)
    ---

    読んでみると面白かった。アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユーの章なんてリズム感が最高だ。クレージーと言えばクレージーなのだが、メッセージはこれまでのタカハシさんの小説よりも明確であるように感じた。不謹慎さの話とか、「未来の死者」への責任の話とか、新しい「文法」の誕生の話とか、そういう話だ。でもレビューは書きづらいな。

    何といっても「ちんぽ」や「おまんこ」がばんばん出てくる。

    人に読まれることを前提にして上のコトバを書いてみるとあらためてわかるが、とても違和感がある。明らかにそこにあり、それを皆が知っているものなのにどこかしら不安になる。不謹慎さによる抑圧はかくも高いものだ。そういう小説。

    抑圧は字面上のものではなく、現実のものである。自然さを装った不自然さや、隠されているということを明らかにするために小説という形式を取って表現をしているようだ。具体的には、老いや障害やセックスや死を笑いにして隠されていること自体を「見える」ようにする。すぐそこにあるのに。「AV」はそのための仕組みになっている。 もちろん隠されたものはこの国には他にもたくさんある。

    原発やもっと広く技術に対しても、不謹慎や隠されていることにつながるのかもしれない。不自然に置かれた「震災文学論」のパートはタカハシさんの得意な文学批評だ。唐突でもあるが、何かが繋がっている。このパートを全体の中でどう読むのかが鍵であるような気がする。 震災によって、隠されたものが明らかになると同時に、隠されたものは隠されたままでもあった。例えば、遺体とか、だ。震災や原発事故は何かのきっかけになるべきはずであったのに、十分にはそうではなかった、という想いも感じられる。

    「AV」というのはこの小説の中では象徴でもあり、小説を支える象徴以上のものでもあるのだ。そこにはある種の表現の自由がある。逸脱しようとする力がある。新しい「文法」が生まれつつある場と捉えるべきなんだろうか。


    読み終わった後@takagengenのツイートを見返した。
    ---
    実は、「恋する原発」を書き終えてしばらくして、軽い失語症になりました。しゃべれず、書けず、なにも読めずです。ツイッターを眺めることもできませんでした。やっと、少しずつ回復しています。そろそろ、「小説ラジオ」をやりたいんですけれどね。 (2011年11月15日@takagengen)
    ---
    類を見ないタカハシさんにしかできない小説であることは確か。襟を正して読んでもいいのでは。読む人を選ぶような気がするが。

    このブログを読んで、なるほど、と感心した。読み終わった後、このブログを読んだ方がいいかもしれない。読者は存在する。
    http://omoinoha.exblog.jp/16845732/

著者プロフィール

高橋源一郎(たかはし げんいちろう)
1951年、広島県生まれの作家、評論家。明治学院大学国際学部教授。1981年『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞優秀作を受賞しデビュー。『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞、『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整文学賞、『さよならクリストファー・ロビン』で第48回谷崎潤一郎賞を受賞。

高橋源一郎の作品

ツイートする