0点主義 新しい知的生産の技術57

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062175838

作品紹介・あらすじ

競争なしで一人勝ちできる。人生が逆転する秘密の勉強法。

感想・レビュー・書評

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  • 勉強の理想の流れとは
    1.勉強することがとても楽しく、脳も喜び、幸せになる
    2.幸せを感じたおかげで勉強により得たもの全てが血肉となる
    3.学んだことが身についた実感、勉強の楽しさを感じて、さらに興味を追求してみたくなる

    ・宝探しをするつもりで色々な対象に触れてみる

    ・インプットに関しては、大きな網を広く張るような感じで大雑把にどんどん入れていく感覚が良い。インプットの段階で「整理しながら」と考えていると苦痛になる。アウトプットする機会が出てきたら整理すれば良い

    ・自分の持ち時間に制約をかける

    ・日本画に出てくる魚は水中にいる
    ・西洋絵画に出てくる魚は陸上にいる
    →刺身で食べる習慣があるかどうかの違い
    →西洋には海女がいない、透明な海や川もない

    ・自分を低い評価にとどめると、学べるものが多くなる

    ・短所を克服すると掛け算で伸びる

    ・自分の最強の勉強空間を探す

    ・良い本を第一印象で見抜くコツ
    ①タイトルに惹かれたり、はじめの2~3ページを読む
    ②小難しくなく、読みやすいと感じた本の方が深読みできる
    ④目次を読んで興味を引く項目が多ければ、買って損することはない。

  • 荒俣宏氏の「勉強」に関する考え方が、小気味よく伝わってくる。

    p.30 「どんなにマイナーなことでも、いつかはきっと多くの人が興味をもってくれる。ただ、それまでじっと耐える辛抱が必要なだけだ。」
    p.67 「知識が多く発想が柔軟であるほど、新しい現象にぶつかったときに、それまでに蓄積してきた知識が並列的につながり、そこに有益な発見が現れたりするのである。
    p.111 「人生なんて、死ぬまで恥のかき通し。失敗を気にしていても始まらない。」
    p.149 「新たなアイデアを生み、新たな勉強につながるには、恋心が欠かせない。」
    p.203 「優等生はプラスのイメージをつくりすぎるから、一つのマイナスがすべてをぶちこわしにしてしまうのだ。」
    p.206 「何でもできる人は、できないことにぶつかったとき、一気に無能化する。」

  • さすがアラマタ先生、単なるHow to本じゃない楽しさがにじみ出てます。さらっと読めるのに気になるフレーズが沢山でいつのまにか本は付箋だらけ。再読必至。

  • 0点主義

    おしっこでピンチを乗り切ったパイロット。飛車角落ちの勝負があれば荒場に強くなれる。

    渋滞学。

    40mをキープし続ければ最も渋滞しない。ヤクザに煽られても。

    いい本に出会うコツ。

    タイトル…惹かれればあたりの可能性大

    小難しくない。

    作家名…ユーモアある名前。幻想文学では特に

    目次…興味を惹かれる項目が多ければ間違いない。

  • 同じようにしてきたことも結構ありつつ、とはいえやっぱり自分としては不徹底だったので荒俣さんの話はとても参考になった気がする。

  • 副題に「新しい知的生産の技術57」とありますが、同じ主張の繰り返しのような部分があります。それと、技術というとhow toの具体例を上げているように思いますが、主に自分の好きなこと、ニッチなところを究めるという生き方について書かれています。なのですぐに役立つというたぐいの本ではありませんが、人生には楽しく生きるという選択肢もあるんだなと教えてくれる本です。

  • 知識の悪食の正しさを確認できた。

  • テレビなどでお馴染みなので、著者をご存知の方も多いと思います。
    しかし、何者かと問われて、答えられる方がどれだけいるでしょう
    か。肩書きとしては、翻訳家、小説家、収集家、神秘学者、タレン
    トなどと名乗っているようですが、その信じられないほどの博覧強
    記ぶりと面妖な風貌から、しばしば妖怪に喩えられるほど、人間離
    れ・常識離れした人物です。

    本書は、そんな「妖怪人間」を形作ってきた「アラマタ式0点主義
    の勉強法」を紹介するものなのですが、一体、「0点主義の勉強法」
    とは何でしょう?

    「0点主義」を説明するため、著者は、『荘子』の「櫟社の散木」
    のエピソードをひきます。「櫟社の散木」とは、神木と崇められる
    櫟(くぬぎ)の巨木のお話。櫟は、もともと用材としての価値が低
    い上、その木は曲がっていた(=散木)ため、誰も使おうとしなか
    った。つまり、何の役にも立たない木だったからこそ生き残って巨
    木となり、神木として崇められるようになったというお話です。

    世間的には役に立たないことが、世俗を超えた価値を持ち得る。こ
    こに「0点主義」の本質があります。点数をあげる(=成功する)
    ための努力は、材としての有用性を高めるためのものに過ぎず、そ
    うやって世俗の価値を追い求めている限り、結局は、切り倒され、
    いいように使われるだけ。ならば、世間的には0点でも、無意味で
    無駄に見えることでも、自分が楽しいと思うことを追い求めていた
    ほうが、いつかは世俗を超えた価値を持つ神木=オンリーワンにな
    れる可能性が高い。少なくとも、一生楽しく勉強できて、幸福や豊
    かさを実感できる人生を手に入れることはできる。

    実際、著者は、そのような「0点主義」を貫いてきたのです。いや
    貫かざるを得なかった。何故なら、独特の風貌ゆえ、子どもの頃か
    ら周囲から除け者にされてきたからです(本書では明かしてません
    が、極度に貧しかったために、服も買えず、お風呂にも入れないと
    いう家庭背景もあったようです)。

    普通はいじけた人生を送ってしまいそうな状態ですが、そこからの
    開き直りが凄い。どうせ世間の基準からずれているのであれば、人
    によく思われようと努力してもしょうがない、と世間的な価値に対
    する執着を捨ててしまうのです。多くの人が人生で叶えたいと思っ
    ている、成功したい(名声を得たい)、お金持ちになりたい、異性
    にモテたいという、世俗の欲望を叶えることを、早くも幼児期に諦
    めてしまったのだそうです。

    それを「7歳で心が朽ちた」と表現するのですが、以来、他人の目
    を気にすることなく、好きなことだけやって生きてきた。そしたら、
    いつしか「荒俣宏というユニークな人間がいる」という評判が立っ
    て、自由に仕事ができるようになった。そこに至るまでに、30年
    くらいかかったけれど、今は、「何をやっても、どんな人に会って
    も、何かしら学ぶことができ、何よりもとても楽しい」と思える
    「人生丸儲け」の感覚を味わっているというのです。

    好きなことだけやって生きてきたというとお気楽な人生に思えます
    が、そうではありません。「一つの『好きなこと』を守るには、一
    つの『欲望』をあきらめる」と言うように、ちゃんと自分の中でギ
    ブ・アンド・テイクのバランスをとって生きてきた人です。そして、
    どんな仕事であっても自分の関心のある知的作業につなげることで、
    楽しみを見出そうとしてきた。そうやって自分の世界を広げてきた
    人でもあります。常に世界に開かれている(=オンラインになって
    いる)点が、単なるオタクや「好きなことしかしない」という自意
    識過剰な人と荒俣宏とを分けるものでしょう。

    仕事すること、勉強することの意味について、改めて考えさせてく
    れると共に、人の評価なんて当てにしないで、自分自身の価値に従
    って生きていこうという勇気をくれる一冊です。

    一年の計を立てるこの時期にふさわしい一冊ですので、是非、読ん
    でみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    毎日不安に押しつぶされそうになっている「勝ち組」はいくらでも
    いる。それって、ほんとうに幸せなのだろうか。むしろ、成功した
    かどうか、勝ち組か非勝ち組かに関係なく、知的作業や日々の暮ら
    しのおもしろさに打ちこめた人こそが、一生を満喫した人といえる
    のではないか。

    遊ぶように勉強をし、さらにそれが「何をしてもおもしろい」とい
    う幅広さにつながれば、生きていくうえでこれほど幸せで喜ばしい
    ことはないだろう。

    今の時代、人が勉強という言葉でイメージするのは、「勉強という
    努力を重ねる」→「成功へと導かれる」というものだ。(…)そし
    て、その具体的なゴールは、①社会的な成功を収めること、②お金
    持ちになること、③仕事や業績により社会的な評価を得ること、の
    三つにほぼ収斂される。
    すなわち、現代社会において、勉強とは何よりも世俗的な成功とい
    う目的を達成するための一手段として位置づけられているのだ。
    だが、本来、勉強とは人生を豊かで楽しいものにする血の通った営
    みのはずだ。

    周囲に理解されていないなと感じたときは、逆に「しめた!」と思
    っていい。「何で理解してくれないんだろう…」などと嘆く必要は
    まったくない。あのスティーブ・ジョブズも、「新しいアイデアと
    は、最初はみんなから馬鹿にされるものだ」と言っていたように。

    ガマガエルのごとく、飛んでくるものすべてを飲み込むほど強靭か
    つ大きな胃袋をもつことだ。口に合わなければ、吐き出せばいい。
    そうやって悪食になることで、興味の間口はぐんと広がり、宝を探
    り当てる確率も高くなる。

    要するに、アウトプットは恥をかくほどよいということだ。私たち
    は、何かを表現したり発表したりする場合、完璧な内容であること
    を期する。それは自然な願望なのだけれど、完璧というのは非常に
    難しい。

    私は勉強に取り組む際、「これがすぐに役立つからやる」と考えた
    ことがない。いつも念頭にあるのは、「勉強しておもしろいかどう
    か」だけだ。

    オンリーをみつけるには、まず背伸びをしてみることだ。背伸びを
    すると、現実の自分をそれに近づけようとしていろいろなものを勉
    強していく。

    好きなことを長くつづかせるには、一つの条件がある。これは勉強
    にも当てはまるが、つねに相手方と「ギブ・アンド・テイク」の関
    係がつくれないと実現しない、ということだ。たとえば、自分の趣
    味がどこかで会社にメリットを与えること、好きなことをする代わ
    りに何か一つを犠牲にすること、などなど。

    おもしろくない勉強であっても、自分の関心につながることをどこ
    かにみつければそうでなくなる。遊びのようにすることは可能なの
    である。
    つまり、勉強や仕事と遊びは最終的に区別する必要がない。勉強や
    仕事をやりつつ、遊べばいいのだとわかってからは、「つらい仕事
    に耐えて、定年を迎えてから自分の好きなことをやろう」という発
    想はいっさいなくなった。

    人によくみられたいという気持ちを捨てて、好きなことにのめりこ
    んだわかりやすい例は、『釣りバカ日誌』のハマちゃんだろう。一
    見、ダメ社員のようだが、大好きなことに集中しているおかげで人
    間的に強く、生き生きとしてじつにチャーミング。だから社長をは
    じめ周囲の人を惹きつける。

    まずは人によく思われることを忘れてみたらどうだろう。他人の評
    判が気にならなくなると、自分のやりたいことに純粋に向かってい
    くことができる。その結果、自分の個性や生き方がみつかる可能性
    は、けっして少なくない。

    成功したい。お金持ちになりたい。異性にモテたい。多くの人が人
    生で叶えたいもっとも人気の高いベスト3をあげるとすると、ざっ
    とこんなところだろうか。
    だが、よく考えると、みんなが同じようなことを望んでいるなんて
    ちょっとヘンなのだ。同じ目標に向かい、こぞってエネルギーが投
    入されているわけで、このエネルギーをそれぞれがもっとほかの方
    面へ向ければ、今とは違う楽な社会が出現しているはずである。す
    なわち、もっと別の可能性に溢れた社会ができるのではないだろう
    か。

    私は子どものころからこの外見と体格のおかげで、たびたび友達か
    ら化け物じみたあだ名をつけられた。傷ついたし、いやで仕方なか
    った。
    でも、いやだと思いつづけていては気持ちが暗く、辛くなるだけで
    ある。そのうちに、そうだ、僕は怪人なのだ、と開き直ることに決
    めた。何でも自分で認めてしまったほうが、人間、楽に生きられる。

    誰にも見栄というものがあり、ほとんどの人は他人によく思われた
    いと考えているはずだ。そうやって他人からいつもいい評価を得て
    いれば、精神は安定するのだろう。
    しかし、人生はそううまく運ばない。自尊心と他人の評価とのバラ
    ンスがしょっちゅうズレるからだ。そして、そのズレを修正しよう
    と躍起になることに、人はけっこう馬鹿にならないエネルギーを浪
    費してしまうものだ。

    不本意な状況を与えられてしまったとき、人は自分が世界の底にい
    るような気分を味わう。端からみれば地獄でも何でもなくても、当
    人にとっては地獄なのだ。
    そんな地獄に落ちたと感じたら、投げやりになるのではなく、地獄
    に自ら飛びこんでいくぐらいの気持になったほうがいい。地獄に落
    ちたとしても、自分の興味にひっかかる「何か」は発見できるもの
    だ。そうなればしめたもの。
    「何をやっても勉強になるんだ」という発見と自信から、その後は
    どんな苦手なものでも自分の関心につなげることができるようにな
    る。そうしているうちに、人生丸儲けの状態になってくるのを感じ
    るはずだ。

    私自身、自分はまだまだ未完成だと思っている。60歳を超えると
    なかなか身体がついてこなくなるが、地獄に落ちてなお学ぶ、その
    勇気と気力はいつまでももっていたい。

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    ●[2]編集後記

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    暦の関係でいつもより少し長めだった年末年始のお休み。久しぶり
    にのんびりと家族と過ごすことができました。まだ子どもが小さい
    ので、一緒に過ごすことを素直に喜んでくれますが、あと十年もす
    れば、親よりも友達、家よりも外、ということになるのでしょう。
    上の子は7歳ですから、もうあと5年くらいでしょうか。

    平日は仕事に追われ、休日は家族との時間に費やし、という暮しも
    束の間のこと。子ども達が巣立っていった時に、年末年始のような
    長い休みをどのように過ごしているのだろうかと、ふと思いました。

    現役を引退された方から頂いた年賀状を見ていると、自分の人生の
    テーマに向かってますます充実した日々を送っている方と、静かに
    老いていっている方と、二通りに分かれているようです。

    家族からも働いている組織からも必要とされなくなった時、人は何
    に拠り所を見つけていこうとするのでしょうか。


    今年一年が皆様にとって素晴らしい年であられますように。

  • 参考にならず。

  • 書の構成が簡単でスラスラと読めてしまう一冊。
    学生にはオススメだろう。
    しかし、読んでいる際には「なるほどな!」と思うものの、
    読み終えてみると、そこまで記憶に残っていないレベルだった。

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著者プロフィール

1947年、東京都生まれ。作家、翻訳家、博物学者、幻想文学研究家として、多彩な執筆活動を行う。シリーズで350万部を超える代表作『帝都物語』(角川書店)で日本SF大賞受賞。『世界大博物図鑑』全7巻(平凡社)ではサントリー学芸賞を受賞。おもな監修・著書に『モノのはじまりえほん』(日本図書センター)、『日本まんが』全3巻(東海大学出版部)、『すごい人のすごい話』(イースト・プレス)、『サイエンス異人伝』(講談社)、『江戸の幽明』(朝日新聞出版)など多数。

「2018年 『しらべる・くらべる・おぼえるチカラが身につく! うんこ図鑑』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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